表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/478

34話


 お昼頃。陽光が暖かく町を包み込む中、俺たちはギルド長の執務室に改めてお邪魔していた。プライベートなおっさんモードではなく、威厳があるギルド長モードだ。すっかり調子も戻っているようで、ようやく仕事の話ができそうである。ギルド長の部屋は自宅とは違っていて小綺麗で、壁には見たことがない魚型の魔物の骨が飾られていた。受付のお姉さんも一緒に見守る中、ギルド長のおっさんが口を開く。


「まずは、この町の産業を救って頂いたことについてお礼を申し上げる。ランスフィッシュのヌシが現れる頻度は数十年に一度程度だが、このまま放置していれば被害は無視できないほど大きかったと言える。もう知っているとは思うが、ワシらのギルドにはそこまで戦闘力に長けた者はいない…万一いたとしても、犠牲者無しでは討伐は不可能だっただろう。ありがとう」


ギルド長は深く礼をして感謝の気持ちを伝える。


「実は、シールドウェストの領主から蛮族王討伐遠征に合格したというパーティーが、護衛任務でこの町へ来ると一足先に手紙を貰っていてな。少しズルいかとも思ったのだが、ランスフィッシュのヌシが出てくるタイミングと天気が噛み合ったこともあって、君たちを試させてもらったのだ。」


「でも、ヌシが出てこない可能性もあったはずですよね?」


「もちろんそうだ。その場合は通常通り漁を行い、ヌシが現れるまで別の任務をあてがう予定だった。その為にシールドウェストのギルドへ相当な金を積んだのだ。しかし…本当に幸運だった。このような強者達がワシらの町に来てくれたのだから」


この町へ来た時点で、俺たちの動きは既に筒抜けだったということか。そして、漁では戦闘には加わらず、こちらの戦闘力を判断していたというのか。そうだったとしたらこのおっさん…只者ではない。


「ちなみにワシはもう冒険者を引退していてな。ヌシが現れた時は本当に怖くて泣いた」


前言撤回。やっぱりただのおっさんだった。


「俺たちは、元々ランスフィッシュを食べたかったのもあったので、問題ありませんよ」


「そう言ってくれると助かる。それでは…ランスフィッシュ漁の報酬として、金貨三枚。ヌシの討伐報酬として金貨三百枚だ。受け取ってほしい」


「わぁオ!」「…すごい」


ギルド長の机にドサっと置かれた金貨の山にカルミアもサリーも驚いた。これは一度に使い切る方が難しいくらいの高額報酬だ。


「おう、まだあるぞ。うちのギルド『海竜のアギト亭』からCランク冒険者への推薦状を出そう。あと一枚の推薦状があればCランク確定、それまでは仮でCランクを名乗ることを許される。Cランクからは専属の鍛冶職人を指名することも可能になるから、気に入った職人がいれば声をかけるといい。それから、大型魔物を討伐したバッジを会員証に付与しておく」


仮ではあるが、Cランクか…カルミアとサリーのおかげかもしれないが、予想以上の進捗で俺たちのパーティーが与える影響力は高まってきていると思う。


「こちらとしても、それは嬉しい限りですが、こんなに報酬を頂いても良いのでしょうか?」


「町の危機を救ってくれたのだ。これくらいは受け取ってほしい…ヌシの頭も、良い武器の素材となるはずだ。一緒に持っていってくれ。それと…まだ町には滞在してくれるのかね?」


本音では、もう暫くこの海が綺麗な町でランスフィッシュを頂きながら、優雅に過ごしたい所ではあるが、護衛依頼の報告を含めて新しいクエストを受けに戻ろうと思っている。この町では漁が盛んではあるが、討伐系や護衛依頼が少なく、修行には向いていないのだ。


「そうですね…一度シールドウェストに戻ろうと思っています。まだまだ修行をしなくては蛮族王の討伐など出来ないでしょうし…武器の加工も向こうでお願いするつもりです」


「そうか…残念だが、分かった。だが、また来てくれ…今度は純粋に釣りを楽しもう」


「はい。落ち着いたらまた顔を出すので、その時にまた」


「ギルド長…ランスフィッシュまた料理してほしい」


「うんうん!またいっぱい食べようネ~!」


こうして俺たちは、海の恵み溢れた町、ランスフィッシャーで大きな仕事を無事終えたのであった。初めての護衛、初めての大型モンスター討伐と初めての連続であったが、得るものはとても大きかった。時間は無駄に出来ないので、シールドウェストに戻る合間、街道に出現するモンスターの討伐も行っていく予定を立てている。この先も順調であれば良いのだが…。



* * *



所変わってシールドウェストの邸宅。そこでは女領主のアイリス・ジャーマンがサトル達の活躍を耳に入れていた。


「何…?サトル達がランスフィッシュのヌシを犠牲無しで討伐しただと?」


ニヤリと凶暴な笑みを浮かべた領主のアイリス。机の上に足を乗せ組み、手にはエールを持っている姿は野性的で、報告をしているタルッコは猛禽類に狙われた獲物のように縮こまっている。


「ヒョ、ウヒョヒョ…さようでございます。わたくしめが集めた情報によると、港町のギルド長と協力して倒したのだとか」


タルッコは、サトル達パーティーの手柄になるのが悔しかったのか、いつも通り脚色して領主へ報告する。


「ふん、奴は既に引退しているハズさ…なるほど、当たりを引いたと思ったら竜の原石だった訳か。私が直接手をつけておいても良いかもしれないな。蛮族王の討伐遠征メンバーという接点だけでは惜しい気がしてきたぞ」


領主のアイリスは部屋にある大きな鏡の前まで移動して、エールを片手に自慢の金髪を手で持ち上げたり手ぐしで整えたりして話す。その様子は恋を憂う乙女というよりは獲物を前にどう喰らってやろうかと悩む肉食動物の様だった。剥き出しの刃物のような存在感があり、迂闊に近づけない雰囲気を醸し出している。タルッコは領主が大好きで仕方がないのでサトルとの接触を必死で止めに入る。


「いえいえいえいえ!お待ち下さいませ、我が領主様。まだ偶然の可能性がございます。そうです!偶然です!わたくしめが確かめてきましょう。サトルが、奴が持っている本に秘密があるという所までは発覚しています。それを確かめてからでも遅くはありませんとも。ウヒョヒョ」


「やけに必死だな。まぁ、良い…そうだな。スキルではなく魔道具という可能性も捨てきれない。では引き続き情報収集を任せる。必要に応じて追加資金の援助とコンタクトも取ってこい…それと、他の遠征メンバーはどうなった?」


タルッコはほっと一息入れて、無駄に洗練された前宙を披露し話を続ける。


「えぇ!それが良いでしょうとも。必ず奪っ…ウヒョヒョ。必ずコンタクトしてきますとも。あぁ!他のメンバーでしたね?ドワーフとリザードマンを含む混合パーティーは、修行という名目で北の町まで護衛の任務に行っております。武器と宿を含む資金のバックアップも万全なので、そろそろ帰ってくる頃合いでしょう」


「あぁ、金も時間も相当投資しているから…結果を出してもらえなければ困るがなぁ、ククク…」


アイリスは椅子に戻って上機嫌にエールを飲み干す。


「ウヒョヒョ!全くその通りです。最後の一組ですが…こちらは誠に残念ながら、南方にいる獣の中型モンスター討伐依頼で全滅したようです」


「…分かった。良い報告ばかりとはいかないか。タルッコ、早速行動を開始してくれ」


アイリスは、もう話は無いと言わんばかりに椅子を反転させて考えに耽ってしまった。


「ウヒョヒョ!おまかせ下さい…必ずやアイリス様の軍を増強させる吉報を持ち帰りましょう」


タルッコは恭しい礼を行い、不気味に笑うと領主の執務室から出ていく。シールドウェストの空には、闇を纏った曇天が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ