領主編 91話
カルミアが足を踏み込むと、瞬間移動したように隊長たちの背後まで距離を詰めた。バラバラに位置していれば、増援を呼べる隙があったかもしれない。しかし隊長の身を案じた部下たちは、考えなしにほぼ全員がそこへ集まってしまっている。まんまと首尾よくサトルの計略にハマってしまったのだ。
「お、お前たち!後ろ―」
隊長が驚き、カルミアの方を指で示すが、もう遅い。その時には既に彼女の攻撃準備は整っている。あとは、カルミアが一網打尽にするだけ。
「…みねうちだから、安心していい」
「く…くそ…お前ら…逃げ」
カルミアが刀を抜いて、鞘に納めるとバタバタと兵が倒れていく。目視で動きを捉えるのは難しいが、逆刃で気絶を狙ったのだろう。次から次へと兵が倒れるのを見て、隊長はいよいよ痛みと絶望の淵に、意識を手放した。
全員の気絶を確認すると、手を挙げて俺に合図する。俺はカルミアの合図を確認してから、イミスとサリーを連れて物陰から出て合流し、二人を労う。
カルミアとイミスは仲良くハイタッチした
「…終わったわよ」「さっすが♪」
「カルミアさん、イミスさん、二人ともお疲れ様。…残っている兵は?」
『いないよ。今のところはこれで全部』
イミスのガントレットが返事をする。全員の目がそこへ向いた
(イミスの新兵器だろうか…敵の位置や状況まで判断できるなんて)
「それが、イミスさんの新兵器だよね。凄いじゃないか。いったいどんなからくりが仕込まれているんだ?喋るガントレットなんて」
急にガントレットから音声が鳴ったと思ったら、敵隊長の足が吹き飛んだ。イミスが射出したビーコンのようなものが仕掛けになっているのだろうか。
イミスはくすくす笑って言った
「うふふ…やっぱりそう見えるよね!実はこれ、ただの通信兼、射出機なの」
なんと…喋るガントレットは通信機とビーコンのようなものを発射する射出機の役割を果たしていたようだ。これ自体に意思があるわけじゃないらしい
(じゃあどうやって隊長を遠距離から攻撃したんだ!?)
困惑する俺の顔を堪能したイミスは、俺の疑問点を悟ったようにネタばらしをする
「えっと…実際に見てもらったほうがいいかな…おいで!マイシスター!ウチの新しい『相棒』!」
『イミスの相棒、只今見参!』
イミスの呼びかけに呼応すると、上空から紅い機体が!?
姿形は懐かしのスカーレットを彷彿させる。スマートな全身メタリック構造に、紅いボディに紅い二つの瞳の魔石。女性型アンドロイドと称する姿が最もしっくりくる、次世代のゴーレム。背中には空中浮遊を可能にするためのホバー装置がランドセルのように装備されていた。その姿に、俺は自然と言葉が零れ落ちる
「スカー…レット…?なのか…?」
『いいえ、サトル様。私はスカーレットではありません。しいて言えば、彼女の二代目と言えるべき存在でしょうか。二代目スカーレット、イミスの新しい相棒です』
「そう…だよね…ごめん」
『なぜ謝罪するのですか。サトル様は悪いことは何もしていませんのに』
「…」
二代目スカーレットは、ホバー装置を切って、ゆっくりと地面へ着地した。俺の顔を覗き込むように表情を伺う仕草には、機械とは思えないほど明確な『知性』を感じ取れる。こんなところまで、スカーレットそっくりだった。
暗い雰囲気になりそうなところ、イミスが両手を叩いた
「ねぇ!サトルくん。この子はね、まだちゃんとした名前がないの!もしよかったら、ウチの新しい相棒に名前、つけてあげてくれないかな?」
「名前…?俺が、俺でいいのか…?」
『はい、それは良い考えです。マイシスターにしてはナイスアイディアですね!』
「生まれたばかりのくせに!生意気ね!そうだ、サトル君!この子はポチでいいわ!ポチにしましょう!」
『そんな犬みたいな名前をつけるような頭なら、この魔弓で打ち抜いたほうが後世のためね!マイシスター!いえ、貴方こそポチよ!』
二代目スカーレットは魔弓と呼ばれる武器を掲げると弦をはじくような仕草をみせる。
(そうか…それで長距離から敵を狙撃したんだな。それに上空からであれば、敵の位置は手に取るように分かるということか……)
念のため本人から聞き出すつもりだが、隊長の足が吹っ飛んだ理由が垣間見えた気がした。
「なにそれ!意味不明よ!ウチは貴方の親のようなものなのよ!?」
「ぐぬぬぬ!」『ぐぬうぬぬう!』
二代目スカーレットとイミスは取っ組み合いをし出した。どうやらスカーレットのような物静かで真面目なタイプとは異なる性格のようだ。
「ちょ、ちょっと、ケンカはやめなって」
『む、なら私の名前、つけてくれますよね??それまでマイシスターとのケンカは継続いたします!へい、マイシスター!ポチ!ポチ!鈍足!メイン盾!』
「ななな…こんのおおおお!」
イミスはムキになって顔を赤くした。さらに取っ組み合いが激しくなる
(彼女の相棒は、生意気に加えて策士なのかもしれない…このままだと、収まりがつかないな。隊長を調べて早くフォノスの元に戻らないといけない。場を鎮めることを優先しよう)
「わかった!わかった!俺が…俺がつけてあげることを、天国へ旅立ったスカーレットが許してくれるかは分からない。でも、それでも、それが君の望みならば…」
『私の初代…つまり、姉さまはきっと喜んでくださっています。ですから名前を下さい』
「そうだな…」
上空から現れた彼女は天の暖かで希望溢れる黄金の光に照らされた希望の赤。それはイミスの心を支え、そして戦力としても彼女の相棒たる存在になるだろう。その願いを込めて…
「えっと……『ヴァーミリオン』なんて、どうかな…?」
『ヴァーミリオン、ヴァーミリオン……はい!とても気に入りました。今日から私はヴァーミリオンです!候補にあがったポチは記憶から抹消いたします』
ヴァーミリオンは喜びを表すかのように、くるくるとダンスを披露して見せた。
(うん…何処から見ても、ゴーレムとは思えない。賢さも、スタイリッシュな見た目も、次世代のアンドロイドと言われたほうが納得できる)
イミスが口をへの字にしている
「ポチでいいのに……かわいいし」
『このヴァーミリオン、誠心誠意をもって、サトル様をお守りしますね。つたないイミス共々、よろしくお願い申し上げますね』
「あ!こら!今なんかウチをひどい扱いしたよね!」
イミスの新たな相棒、二代目スカーレットもとい、ヴァーミリオンが仲間に加わった!