領主編 88話
カルミアがフォノスの所へ到着する頃には既にカタはついていた。問題の兵は倒れ、荷運びをしていた捕虜や奴隷たちは目配せをし、状況を掴みかねている。フォノスに倒された兵を一瞥し、カルミアは刀をおさめた。
「この兵、息をしていない…殺したのね」
カルミアの接近を見向きもせず察するフォノスは、倒れた兵へ目を向けたまま眉をひそめる。
「お姉さん、遅かったね。何をしていたのさ。……結果的には、この兵は死んだ。痛みに耐えかねたんだ。自分が与えてきた痛みにね。僕の活人剣は痛みを増幅する代わりに外傷はつかない。痛みに耐えきれば生きられる。少なくともチャンスは与えてあげたよ」
「…全身に打ち込みの痕跡があるのに、チャンスとはよく言ったものね。…遅かった理由は、貴方が勝手に突撃するから、私が哨戒や周りの敵を全て『無力化』することになった」
「『無力化』……ね。ちゃんと息の根を止めたの?」
フォノスは無力化という部分に引っかかっているようだ。
「サトルの指示はあくまでも無力化だから。それに派手にやれば増援だってやってくる。今はまだ大丈夫だけど、倒れた兵はそのままにしてあるから、見つかるのも時間の問題。ここは敵地」
「…それなら、みんな倒せば―」
フォノスの目の色が変わり、動き出そうとするがカルミアが止めた。
「…貴方の気持ちは分かる。だけど、これ以上時間を無駄にできない。それに、今はそんな悪人たちのことよりも優先すべきことがある」
カルミアが横に目をやると、捕虜たちが団子になってこちらの様子を伺っている様子だった。どうやらカルミアとフォノスの会話が終わるのを待っているようだ
フォノスは大きく深呼吸して、一旦の落ち着きを取り戻す
「ふぅ~~~………はぁ。わかったよ、まずはこの人たちの安全を確保する。そしてお兄さんの言いつけを遂行する。それでいい?」
カルミアは頷くと捕虜たちに安全を確保した旨を伝える
「…あなた方を、サトルの名の元、スターリム国のソード・ノヴァエラが保護します」
その言葉を聞いた途端、奴隷たちの緊張していた雰囲気が和らいだ。中には崩れ落ちる者や、良かったと抱き合う者、涙する者も…
そんな中、真っ先に鞭で打たれた子がフォノスの元へ走ってきた。母も後ろから遠慮がちにフォノスの元へ
「おにいちゃん!助けてくれて、ありがとう!」「この子を助けて下さり、ありがとうございました。本当になんとお礼を申し上げて良いか…」
フォノスの目に宿っていた憎しみ深い炎は嘘のように消え去り、満面の笑みで感謝を受け止めた。
「その言葉だけで、十分だよ」
フォノスは人懐っこく寄り付く子の頭をわしゃわしゃとなでる。先ほどまで悪魔のような戦いを見せた者と同一人物とは到底思えないほどの、天使のような笑みで。
「ねぇねぇ、つよいおにいちゃん!おねがい!あたしのおとーとも助けて!」
「…弟?」
母は慌ててフォノスから子を引き剝がすと、声を抑えて叱る
「こら、我儘言わないの…助けて下さっただけでも感謝なさい…。このお方たちのお仕事の邪魔をしてはいけませんよ」
「で、でも…ひっぐ…おとーとが…わるいひとたちに…連れていかれて…ううぅ」
小さな両手で握りこぶしをつくり、目元に涙をためて母の前で足元を踏みならす。そんな姿に耐えかねたのか、フォノスは
「助けるよ、僕が助けてみせる。だから、涙をふいて。君は強い。だから、もう少しだけ待てるかな?」
そう言って子の背中を優しくさすってあげた。子は鼻水を勢いよくすすって、大きな声で返事をした
「う、うん…!!まってる!ありがと!おにいちゃん!」
「本当に感謝しています…」
母も頭を下げ、フォノスにお礼を伝えた。フォノスはひとつ頷いてから、カルミアに伝える
「ということだよ。捕虜と奴隷たちの保護と、正門の解放は任せても良いかな。僕は先行して『偵察』する。これはお兄さんの言いつけにも適っているはずだ。カルミアお姉さん、文句はないよね?」
「モノは言いようね…」
カルミアお姉さんは面倒見が良いので頷いてあげた。そして、フォノスへ忠告する
「…気をつけて。この場所は何か妙。これだけ暴れても、建物から兵が一人も出てこない。気配もない。兵がいたのは外側だけ」
捕虜となっていた一人がカルミアの言葉に続く
「俺たちも、この基地の一番大きな建物には入る許可をもらえなかったんだ。いつもそこから兵たちが荷物を出してきて、運ばされていたんだ…」
フォノスは首をかしげる
「…うん、変だね。補給基地とはいえ、一拠点に備蓄できる量は限られている。兵が出てこないのも気になる。まぁ、これは今から調べるから大丈夫さ。それじゃ、そっちは頼んだよ。正門が開いたタイミングでこっちは『偵察』に入るから」
自身を納得させるように言葉を完結させると、それだけ言い残して姿を消した
・・
カルミアはフォノスを見送ると、捕虜たちを集め、周囲を警戒しつつサトルとの合流を果たすため、正門へやってきた。捕らえた者を逃がさないようにするためか、門は過剰なまでに補強されていることが分かる。
捕虜の一人が門を見て絶望した
「くそ…!ダメだ!門が閉じられている。この門はミスリルで補強されているんだ…開くためには、フォマティクスの上級兵士の鍵を二つも使わないといけないって聞いたことがある。半分になった鍵を一つに戻して使うってやつだ…外部から開けるときは、荷物を出し入れするときくらいだ…」
カルミアは何でもないかのように相槌した
「そう…」
「あぁ、そうなんだ。それが無いと開かない…。それに…門は俺たちの石が使われているから、並みの力じゃビクともしないほど頑丈だ……」
「…貴方たちの石って?」
捕虜は目を丸くする。まるで常識を尋ねられたかのような態度だ
「石は…石だよ。ほら…」
「…!」
そう言うと手の甲を見せた。甲には『石』が埋め込まれている。血のように赤黒く染まった『見覚えがある石』だ
「貴方たち…それは……」
捕虜は腕の甲をポリポリ掻いて、それが安易に取り出せないことをアピールしてみせた
「フォマティクスの連中に捕まって、すぐに埋め込まれたんだよ。とは言っても…気絶させられていたから、これが何なのか、どうやって埋め込まれたか、よく分からないが……敵に捕まって起きたら、もう手にはこれが埋まっていた。ここの連中は皆、この石が埋め込まれている。きれいな嬢ちゃん、驚いているようだが、これが何か知っているのか?」
カルミアは少し黙り込むが、首をふって回答を控えた。
「……今は、貴方たちの安全を確保するのが先決。貴方たちの『石』については、サトルと合流したときに、改めて。じゃ、行くわよ」
「お、おう……でも、行くって…門は閉じているぞ。どうするんだよ」
「…こうする」
カルミアは門と向かい合うと抜刀の姿勢から集中した
捕虜たちは顔を見合わせる。普通に考えれば、細い剣一本で巨獣を止めるような門を斬れるはずがないからだ。
「おいおい…嬢ちゃん、無理するなよ……気持ちだけは、十分伝わった。ありがたいが、別の方法を考えよう……って…え?」
カルミアから闘気が溢れ、やがてそれは雷のようにバチバチと体を廻る
雷鳴は続き、気の高まりと共に頻度を増す。周囲のざわめきをかき消すほど鳴り響くと、カルミアは深く息をはいて、そのエネルギーを全て鞘の中へ込める
「ふぅ………」
雷鳴は突如、静まり返るとカルミアの声に続き、その一撃に全てを体現する
「[雷閃一文字]……!!」
捕虜たちの耳をぶち壊すほどの大きな雷鳴が突如響き、目の前が真っ白になるほどのフラッシュが起こった
「うわあああああ!?」「なんだあ!?」「きゃああああ!」
あまりの衝撃でプチパニックを起こす捕虜たちだが、やがて音とフラッシュが落ち着き、砂煙がはれると状況を理解した。
「嘘だろう……」
一閃された門が、横たわっているのだ。まるで、最初からそうであったかのように、門の向こう側の景色を明らかにしていたのだ。
カルミアはゆっくりと刀をおさめ、呼吸を整えると、何事も無かったかのように淡々と言った
「…これで出来た」
* * *
Tips:カルマ
TRPGで作成したキャラクターにはカルマという信条を決めることができます。
細かく分けると何タイプにも派生しますが、大別すると(『秩序』と『混沌』)+(『善』と『悪』)です。これらの値を組み合わせ、信条が決められます。ゲームのルールによっては、カルマが相反する者とはパーティが組めない仕様やルールが存在するものもあります。
例えば、『秩序にして善』は『混沌にして悪』とは相反するため、仲間にはなり得ません。
フォノスは『混沌』の属性を持ちますが、同時に『善』も兼ね備えています。『混沌にして善』というグループは、ルールや制約、秩序を嫌いますが、根本的には『善』なので、困っている人は助けようと行動するわけです。しかし、その助け方は『秩序』とは程遠いものになりがちです。
※ちなみに『善にして悪』というようなカッコ内の同グループの設定はできません
※どの項目にも属さない『ニュートラル(中立)』という性格もありますが『ほぼ』存在しないとされています。