番外編 ゴブリンレース開幕!ラストスパート
レース場はオーナー専用席と、一般のお客さんが座る席に分かれている。オーナー専用席はもちろん最前列だ。しかし、一度レース場に上がったゴブリンたちに触れることは許されない。俺たちにできることは、一緒に頑張ってきた相棒を信じることだけだ。
オーナー席に座って辺りを見回す。レース場は発展途上ではあるものの活気が出始めていた。宣伝の効果があったのか、初日のレースにも関わらず物好きたちが集まり、席は半分ほど埋まっていた。売り子のような人が飲み物や食べ物を売って回っていて、それぞれ思い思いの時間を過ごしているのが分かる。現時点でこれなんだ。実況が入り、設備が整えばもっと客入りは増えそうな気がする。
(客は10名集まれば良い方だと思っていたが、これは、俺が考えている以上に人が集まりそうだな…)
この町の連中は皆新しいものが大好きだ。カジノの時もそうだったが、嗅覚が鋭い奴たちがレースを見に来ている。シールドウェストの領主が来るって話もすぐに広まることだろう。
しばらくフランクと席で雑談していると軽快な音が会場に響き渡る
パー パー パパパパー♪
「なんだ!?吟遊詩人か!?魔物の叫び声か!?」
フランクは武器を抜いて席を立ったので、俺はこいつの肩を掴んで強引に着席させる。
「落ち着けよ、フランク。この音は酒場で聞き覚えがあるんだ。最近この辺りで出回り始めた楽器らしい。開始の合図か何かだろう、見てみろ、俺たちのゴブリンがゲートに入っていくぞ!」
音楽が鳴り終わると、俺たちのゴブリンが次々とレースの開始地点と思われるゲートへ入っていく
数匹のゴブリンはゲートに入るのを嫌がったり、そもそもレースに乗り気じゃなかったり。ここが生き物である所以というか、レースの難しいところになるだろう。その時の気分や体調も大きく関わってきそうだ。
(俺のゴブリワンは…当然やる気満々だな)
ゴブリワンを見ていると目線を感じ取ったのか、ゲートインの前で俺に向かって手を振ってきやがった。これから走って競うということが分かるのだろう。だから見ててねって言いたいのか?本当に賢いやつだ。
そんな様子に少しだけ、ほんの少しだけだが、可愛い奴めと思ってしまった。思ってしまったのだ。
(ゴブリンに愛嬌を感じてしまうなんてな……俺は、とうとう寺院に行って頭の中でもヒールしてもらわなきゃいけなくなっちまったかな)
そんなことを考えていると、ゴブリンたちの入ったゲートが同時に開かれた!新しいもの好きの客たちがザワザワと喚きだした
「いけー!1番!ボクチンは一番に賭けたぞー!」「俺は3番だ!」「勘で6番!」「行けえええ!」「ウヒョヒョヒョ…2番に3ヶ月分の給料を賭けましたぞ!」「何!聞いていないぞ!私の飯分はどうなるんだ!」
ワーーーー!!
会場は半分しか埋まっていないのにも関わらず盛り上がりがすごい。フランクの奴が横で何かを言っているがもう聞き取れないほどだ
実況が無いから俺たちの目で戦況を見極める必要がある。俺のゴブリンは2番のゼッケン、ライバルのフランクのゴブリンは1番だ
俺は支給された遠視の魔道具を覗いた。これがあれば遠くを見ることができる。
18匹全員がスタートしたわけではないようで、1匹はスタート地点で寝ている。もう一匹は走り始めたようだが、逆走し、更に別の一匹は鼻をほじっている。俺のゴブリワンはキチンとスタートを切れたようだ…!
(これで3匹脱落で15匹スタートか)
ゴブリワン含む、残りの15匹は順調な走り出しで第三コーナーと書かれたポイントに差し掛かった
先頭は、やはり予想通りゴブリキャップだ。続いて俺のゴブリワン、差は頭一つ分程度でほぼ拮抗状態で二匹の独走先頭争い
少し離れて後ろにつけているのは説明会の時にいた獣人のゴブリンだろう。一際体が大きいのが特徴だな。残りは獣人のゴブリンの後方で団子になって追いかけている形だ
(想定していた通り、ほぼ同期の奴らだと言うだけあって、皆仕上げてきているな…)
第四コーナーと書かれたポイントを回って、正面スタンドを横切るような形でゴブリンたちが疾走する
ゴブリキャップとゴブリワンが競るように追い抜き、追い抜かれを繰り返しデッドヒート
ライバル視しているのかお互いの走りをかなり気にしているようだ
(ゴブリワンはゴブリンにしては速度は常識離れして速いが、他のゴブリンも相当に早く、漏れなく馬のようなスピードだな。レース前に少しでも余裕なんじゃないかと思った自分を殴りたい!!)
ゴブリワンの足がもつれて一歩遅れてしまう
俺は咄嗟に『声』ではなく『意思』を伝えていた
『ゴブリワン…!ファースト・ストライクでぶち抜け!』
『ゴブ…!』
ゴブリワンは、もつれた足を強く踏み込むと、あの日見せてくれた赤いオーラを纏ってゴブリキャップをぶち抜くような弾丸となった
やっと見せてくれた!!
俺は思わず立ち上がり、全力で叫ぶ
「うおおおおおお!!!そうだ!そうだ!ゴブリワン!!お前なら勝てるぞおおお!!」
一気に数十メートルの差がついたフランクは落ち着いた素振りで立ち上がる
煩い会場で、彼の言葉だけが不気味にもハッキリと聞き取れた気がした
「その技、お前だけができると思ったのかい?切り札は最後まで取っておくものさ!!…刮目せよ!」
そういうと、彼は念じるように目を閉じて叫ぶ
「ゴブリキャップ!必殺『シングルアクセル』!発動だ!」
後方にいたゴブリキャップは、突然一段階速度を引き上げたようにペースが上がった!蒼きオーラを宿し、閃光のようにグングンぐいぐいと先にいたゴブリワンに追いついてきたのだ!
(なんだと!?…こいつらも『技』を!?)
最後のコーナーを赤と青のオーラを持つゴブリンが回り一騎討ちとなる
残り800メートルで最後の追い上げにかかるゴブリキャップ
まだ前方だがもう余裕がないゴブリワンだが持ち前の負けん気で粘る
会場の声が次第に大きくなる
もうゴールの前だ
首位を称えるかの如く、賭けに使ったチケットが紙吹雪となって空を満たす
勝つのはどっちだ
ゴブリワンとゴブリキャップが完全に並んだ
足のリーチ差を使ってゴブリキャップがゴール前で一歩大きく踏み出す!
ゴールを切るが1位がどちらかは分からない!本当に僅差だ!
ゴブリキャップもゴブリワンもゴールを切って勢いのまま地面に突っ込む。限界まで走っていたんだ…!
俺とフランクは柵を超えてゴブリンの元へ走った。後方から警備の任に就いてた冒険者が追いかけて『危ないぞ!戻りなさい!』と警告するが関係ねぇ
「ゴブリワン…!ゴブリワン!大丈夫か!?……」
「ゴ、ゴブ……」
地に倒れ伏したゴブリワンを優しく抱き起して容体を確認する。ゴブリワンは、やりきった顔で笑ったような表情を見せてくれた
「よ、良かった……」
フランクの方も問題なかったようで、ゴブリキャップを抱きかかえている
すぐに俺たちはゴブリンと一緒にコース端に引きずり出された。ゴブリンはヒーラーが詰めている救護室に運ばれ、俺とフランクは警備の冒険者にしこたま怒られた。
(仕方ねえじゃねぇか……心配でどうしようもなかったんだ…)
・・
しばらくして、魔力を込めた大きな掲示板に順位が表示される時間になった
ゴブリワンもゴブリキャップも救護室から自力で出てくるまでに回復しており、丁度二匹のゴブリンの目に掲示板の結果が映し出されたところだった
会場の全員がその板に穴が開くほど凝視する
結果は……
「嘘だろう……」
俺の口から漏れた言葉だった
『一着:ゴブリキャップ 二着:ゴブリワン 三着:―――』
フランクは両手を突き上げ、ゴブリキャップと抱き合う
俺は咄嗟にゴブリワンを見るが…
「ゴ、ゴブリワン……」
「…」
ゴブリワンは何も言わず俯き、そのままレース場から出て、厩舎に向かって歩いていった
・・・
嫌なほど憂鬱な雨だ…
あれから一日経った
目の前が真っ暗になって、そのまま帰ってきたのだ
レース後は統括から直接お褒めの言葉をいただいた気がする。素晴らしい走りだったとか、そんな感じだったと思う。今朝、俺はオーナー続行が正式に決まり、レースにならなかったゴブリンを育てた3名のオーナーはクビになったという手紙が届いていた。だが、そんなことはどうでもいいんだ。本当にどうでもいい。
「ゴブリワン、飯、作ったぞ……」
俺は昨日の夜と同じように、ゴブリワンの厩舎の前で食事を置いた
昨日の夜の食事には一切手をつけられていないのが分かる
俺は、ため息をついて厩舎の扉の前であぐらをかいた
「ゴブリワン…7日後、本番のレースだな。お隣の町の領主様もくるらしい。ここの領主様もだ。みんながお前と、…お前のライバルの走りを期待している。見たがっている」
返事は無い。だが別にいい。期待しているわけじゃない。伝えたいだけだ
「だがな…そんなことはどうでもいいんだ。……俺は、この8日間、お前と過ごせた日々が、人生で一番心が動いた日だった。お前が俺の戦いだけの人生に、色をくれたんだ。トレーニングの日々は簡単じゃなかった。最初は、お前のことも興味は無かったし、金のことしか考えていなかった。だがな…たった8日だが、一緒に過ごすうちに、俺はお前が何よりも大切だと思うようになってしまったんだよ。だから…だから、お前が辛ければ、もう走りを強要したりなんかしない。俺にとって勝つことよりも、負けることよりも、冒険ができなくなることよりも、周りから何か言われることよりも、オーナーでなくなることよりも、お前がそうして辛そうにしているのが、一番つらいんだ。」
厩舎の扉がゆっくりと空いた
ゴブリワンだ。俯いたままだが、俺に意思を伝えてくれているようだ
「ゴブ、ゴブゴブゴ……ゴブゴブ」
今の俺なら、なんて言いたいのかは明確にわかる。なんの力が働いているのかは知らんが、気持ちが分かるようになったのだ。多分こいつは…
「嬉しい……気持ちに応えたい……走りたいが……勇気が出ない…?力がでない…?そう言いたいのか?」
「ゴブ」
ゴブリワンはゆっくり頷いた
俺は考える。ゴブリワンは正真正銘、全力を振り絞って戦いに挑んだ。負けず嫌いが故に、体がぶっ壊れても良い覚悟で走り続けた。でも勝てなかった。ショックだっただろうし、これから先、どうやってあの化け物じみたゴブリンに勝てるかのイメージがつかなくなってしまうだろう。
ゴブリワンにそんな気持ちにさせてしまった俺の力不足も良いところだ。なんでもできる器用なフランクなら、そんな問題も軽々しくこなしてしまうだろう。やる気を引き出すだろう。バカな俺とは違って
「俺は…俺は…」
どうすればゴブリワンに勇気を持ってもらえるだろう。また走りたいと思ってもらえるだろうか?
(バカが考えても良い案は浮かばないな…俺は、結局がむしゃらにやる方法しか知らん)
「出会った初日みたいに、一緒に走ろう。俺は、もうお前に追いつけないかもしれないが、お前の勇気になるのなら、いくらでも走ってやるさ!」
「ゴブ……」
「気が乗らないって…?大丈夫!その内走りたくなるさ!見てな」
俺は雨の中、厩舎の中から眺めるゴブリワンを背に走り出す
数歩走るだけで膝に矢を受けた箇所が疼く
「う…くそ……」
「ゴブ!」
ゴブリンは厩舎から出てきて俺を支えてくれる。なんて優しい奴なんだ
だからこそ…だからこそ絶対に……
「だ、大丈夫だ。俺は走って見せる。もしこんな俺でも一周走れたら、お前にも、また一緒に走ってもらう。いいな?約束だ」
「…」
返事は待たずに走る。
こんなことに何の意味があるのか
独りよがりで身勝手な押し付けじゃないのか
ゴブリワンはこんなこと望んでいないんじゃないのか
頭の中に渦巻く感情を振り払う
「いいや……あいつは走りたいって言った。それなら勇気を与えるのが、俺の役目だ」
・・
永遠とも思えるほど広いトラックを走ってまだ5分程度だがもう足が、膝が悲鳴を上げている
あまりの痛みに叫びたくなるが、我慢して立ち止まる
「っく……こんな痛み、あいつの感じたものに比べたら安いもんだ」
自身を鼓舞し走り続ける
だがやがて気力ではどうにもならない、体の限界が訪れた
トラックの半分に差し掛かったとき、足の感覚が消えたように動かくなる。そして俺は勢い余って前に転んだ
「ぐは……」
冷たい雨が背を打ち付ける
泥となった地面が容赦なく俺が立ち上がるのを拒む
体が重い……
「くそが……!!負けねぇ…俺は…、いや、ゴブリワンは、もっと辛かったんだ!甘えんじゃねぇ!俺の体!勇気を与えるって言ってんだろう!」
腕と胴体の力だけでほふく前進をする
もう走ってすらいない。俺も大概に意固地である。それでも…
ゴブリワンはずっと俺を観察していたが、俺が倒れたのをきっかけに『走った』
「ゴブー!!」
「ゴブリワンか…情けないところを…見せちまっているな」
「ゴブ!ゴブ!」
「もうやめろってか?…はは、絶対に嫌だね。俺は約束は守る男なんだよ」
「ゴブ!!」
「止めたって無駄だ。似た者同士だから分かるだろう。……いいか、よく聞け。努力なんてものが報われることは殆どない。努力自体は裏切らないが、それが望んだ形になること自体が稀なんだ。お前は俺よりも賢い。俺を見てればわかるだろう。……だけどな、俺は、お前の努力が無駄だったなんて思ってほしくないんだよ、勇気まで無くさないでほしいんだ。お前と俺はたしかに負けたよ。でもな、それでも俺はお前と一緒に過ごした日が楽しかった。それを続けたいって思ったんだ。また負けるかもしれない、また傷つくかもしれない。でも、それでもお前となら前に進める気がして……それに、お前が頑張ってきたという事実全てが間違っていたなんて思わない。それが、たとえ世間一般でいう『間違い』だったとしてもだ。俺はバカだから、こんなことしか言えねぇ」
「…」
「俺が今努力している理由はただ一つだ、お前の楽しそうな姿を見て、明日も一緒に走りたいだけなんだ。身勝手だろう?だが俺はオーナーだからな。言うことは聞いてもらうぞ」
ゴブリワンの手を借りて、もう一度立ち上がる
(そう、俺はこいつの手があれば、もう一度、立ち上がれる。だからお前も)
「ゴブリワン、俺と一緒に、ずっと走ってくれないか」
「ゴ…ゴブ…」
ゴブリワンが大きく頷くと、こいつと俺の体に淡い光が漂った。ゴブリワンは一際大きく光が纏わるが自然と嫌な感じはしない。むしろ心地良い暖かな光
「な、なんだ…それにお前…なんだか…」
やがて光は消え去ると、ゴブリワンの様子が変わっていた
無尽蔵に沸き上がるような紅きオーラを宿すゴブリワン
それだけじゃない、まるでゴブリキャップのように一回り大きく成長していたのだ!
「お前、もしかして、進化したのか…?ゴブリキャップのように…?」
「ゴブ!」
自慢げにガッツポーズをしてみせるゴブリワン。
どうやら、もう表情に迷いは無さそうだ
・・
外は雨だが、能力を確かめたいらしく、ゴブリワンは今からトレーニングをするらしい。俺も付き添いを申し出たが、断固拒否されてしまった。仕方がないので、肩を担がれて執務室まで戻る
ここで休んでいろとジェスチャーされ、ゴブリワンは走りに行ってしまった
「まったく強情な奴だ。誰に似たんだか」
ふと視界にステータス表が目に入った
***
名前:ゴブリワン(進化:パワー特化タイプ)
パワー:120
スピード:60
かしこさ:30
ねばりつよさ:100
特徴:力が強い。気も強い。
技:ファースト・ストライク
技2:セカンドストライク(new)
***
「な…な…なんだと!?」
(ステータスがとんでもなく伸びてやがる!?それに…)
技の項目には新しく『セカンドストライク』の文字。フランクでさえ、練習試合ではひとつの技が限界だったはずだ。これは奴を倒す道筋が見えてきたか!?
俺はいてもたってもいられず、すぐにゴブリワンの元に向かう
「おい!ゴブリワン!お前新しく技閃いてたぞ!!『セカンドストライク』だ!やってみろ!『セカンドストライク』!」
外で雨に打たれながら重りを引いていたゴブリワンは迷惑そうに俺を見る
「ゴブ…?」
とぼけた表情を見せて、トレーニングに戻ってしまった
「お前!!絶対分かってとぼけてんだろう!ふざけんな!おいまて!」
進化しても相変わらずだった
・・・
オーナー生活、14日目
記念すべきゴブリンレース第一回の公式レースだ
天気は曇り、それなのにも関わらず、レース場は人でごった返している
7日目に行った練習試合とは違い、飾りつけから音楽から賑やかしに余念がなく、全く別のお祭りだと言われても違和感がない会場に仕上がっていた。至る所に吟遊詩人がおり、売り子と警備の冒険者は倍に増えているが、対応が追い付いていないほどの来客数。ボロイ倉と広い空き地の面影はすでに微塵もなく、あるのは欲望と熱気にあふれた会場だった。
所狭しと売店が並び、すれ違う度に
「あー名物ーゴブリキャップ焼きはどうですかー!」「ゴブリキャップ印の剣はいかがー!格好いいよー!武具屋ミラージュとのコラボ作品だよー!」「ゴブリキャップの幸運ジュース!今朝採ったばかりの果物を絞っているよー!」
売り子が販売しているものは殆どが『ゴブリキャップ』に関するグッズだ。練習試合はすごく盛り上がったから仕方がないがなんだか悔しい。しかも結構なペースで売りさばかれていて、余計悔しい。大方、新しい物好きの輩が噂を広めたんだろう
「ゴブリワン、今日からあのグッズはお前の名前で塗り替えられるはずだ。きっとこいつらはお前を応援しなかったことを後悔する。そんな試合にしてやろうぜ」
「ゴブ!」
ゴブリワンとパドックと呼ばれる場所で別れて、俺は一足先に会場入りする。ゴブリワンはこれから、パドックと呼ばれる下見場をゆっくり周回し、賭けに入るお客さんへ体調や様子をアピールする時間に入る。
お客さんはパドックを回るゴブリンの状況を見て、今日は誰に賭けるかを総合的に判断するのだ。その後、ゴブリンたちは調整室に入ってレースの準備を整える。これは全てスタッフがやるため、ゴブリンと再会するのはレース後になる。
「さて、フランクの奴はいるかな」
オーナー席では、既にフランクの奴が偉そうに座ってやがった
「お、いたいた。フランクよぉ、この間の返礼に来たぜ」
「おや、ゴドルか。今日も負けに来たのかい?泣くハメになるぞ?」
「斬新な自己紹介ありがとよ」
フランクの奴が挑発するが、気にせず隣に腰かけて奴が食いかけていた『ゴブリキャップ焼き』とやらを奪って頬張る。
「うん、旨いじゃないか。今日で発売が最後になる食べ物なだけに残念だ」
フランクは苛立っているが、余裕の笑みを隠さない
「それはよかった。十分に味わってくれ。『ゴブリキャップ焼き』はこの先も販売されるだろうからな」
俺たちの罵り合いを仲裁するように、ファンファーレが鳴り響く
7日前とは違って、この奇妙な音に驚く人は少なく、ファンファーレに合わせて拍手が送られていた
場内に聞き取りやすい女性のアナウンスが入る
(そういや今日から実況も入るんだったか)
「さぁ始まりました。第一回ゴブリンレース『アイリス杯』。実況は私、しがない吟遊詩人がお送りさせていただきます。さて、カジノに続き、ソード・ノヴァエラの新たなる娯楽イベントとして大注目されています。本日のイベントの提供はシールドウェストの領主として知られるアイリス様自ら行われました。それを記念し『アイリス杯』としています。とのサトル様からのお言葉。それでは、レース前に一言いただきたく、解説席にはアイリス様をお迎えしております。アイリス様、本日は本当にありがとうございます」
「紹介ありがとう。アイリスだ。サトル殿がまた面白いことを考えたと聞いて、居ても立っても居られずに来てしまったよ。私の名前にかけて戦ってくれること、光栄に思う。今日のレースとやらは、とても楽しみだ…ククク」
ここでゴブリンたちがレース会場に次々と現れる。アナウンスの吟遊詩人がすかさず拾っていく
「ご覧ください。続々とゴブリンたちが姿を現しました。あのゴブリンたちが人間の友であるということがまだ信じられません。ですが、目の前のゴブリンたちは紛れもない本物です。一匹一匹がオーナーとトレーニングを繰り返し、この場に立っています」
まずはゴブリキャップがゲートに入っていく。それに続いて俺のゴブリワンも真剣な面持ちでゲートへ
「一番人気のゴブリキャップが1番ゲートに入りました。続いて2番人気のゴブリワンも2番ゲートに入り。この二匹は前回の練習試合で1着と2着でゴールしたゴブリンです。賭けもこの二匹に集中しており、各所ではゴブリキャップが蒼い流星、ゴブリワンが紅い隕石などと言われています。その名に恥じない走りを見せてくれるのでしょうか」
「戦士の顔だ。私には分かる」
「会場の熱気も高まってきています。解説席まで声が響いております!」
全てのゴブリンがゲートインした
そして、ゲートが開かれる…!
「今、15匹一斉にスタートしました!頂点への道が開かれます。恐ろしい速度、まるで馬のようにゴブリンたちが走っています。さて全員がキレイなスタートを切りまして、これから第三コーナーに向かいます。現在の並びは先頭から1番人気、ゴブリキャップ、二番手は二番人気のゴブリワン、三番手はゴブリクロス、4番手はゴーブリンシップ、おっと少し走り方がヘンです。5番手はタンスイカブツシャワー、少し離れてスーパーミドーリ、ウリキレチケット、8番はズットハチバン、ハギトリキング、少し調子が悪そうだ。続いてゴブリンノポケット。追いかけてアサカラステーキ、後方は固まっています。後方先頭12番はゼンゼンマッテナイヨーソイヤ!おっとサイレントゴブチャンに故障発生か早々ステージから外れてしまう!あぁっと!!その隙にクイコンドルヤガナーが食い込んできたぁ!!最後にソノヘンノカフェが追いかける形になりました!」
「14匹の命がけの走りになったか」
「この先だれが上がってくるのか、まだまだ分かりません!しかしちょっとペースが速いようです!レースは第四コーナーを回って正面に入ります」
(祈るしかないことが本当にもどかしい、俺がゴブリワンにしてやれること。最後まで信じることだ)
「さぁ誰がここから仕掛けてくるか。ゴブリキャップは相変わらずの一番手、しかしすぐ後ろにライバルのゴブリワンがついている。おっとゴブリキャップが後ろを気にしています!どうしたゴブリキャップ」
フランクが叫んだ
「大丈夫だ!お前の走りをしろおおおお!『シングルアクセル』ぅうううう!」
「第一コーナー差し掛かるところ、おっとゴブリキャップの体が蒼く輝いている!これが噂に聞く、蒼い流星か!ゴブリンがスキルを使うなど聞いたことがありません。しかし、現実です!今面の前で蒼きゴブリンがゴブリワンからグングンと距離を離していく!」
(大丈夫だ…ゴブリワン、お前の努力は必ず実る『ファースト・ストライク…!』)
「おっと負けじとゴブリワンが紅く輝いた!瞬きの合間で圧倒的に突き放していたゴブリキャップに一瞬で追いついた!?これは一体ぜんたい何なのだ~!?会場の興奮もMAXだー!」
ゴブリキャップとゴブリワンのまたもや一騎打ち
風を切って走る二匹は他を圧倒している
「第一コーナーをあっという間に突き抜けましたゴブリキャップとゴブリワン。ほぼ同じペースで一進一退の攻防を繰り広げています!これは熱い!なんという速度!なんという練度!ここまで鍛え上げるのにどれほどの努力を積み重ねたのでしょうか!これほどの走りを実現するのにどれほど苦労したというのでしょうか!」
ここで、俺とフランクは全く同じタイミングで同じ考えに行きつき、同じ言葉を発した
「この勝負、先に仕掛けた方が勝つ!」
「この勝負、先に仕掛けた方が勝つ!」
(いけええええええ!!!ゴブリキャップ!第二スキル『ダブルアクセル』!!)
(うおおおおおおお!!!ゴブリワン!第二スキル『セカンドストライク』!!)
「まだ上げる!まだまだ速度を上げてくる!どういうことか光に包まれたゴブリンが更に濃いオーラを纏って走っている!まさに蒼き流星と赤き隕石!青と赤!赤と青!一進一退!ゴブリキャップとゴブリワンの一騎討ち!場内が騒然として参りました!」
(分かっていたさ、フランク。お前がいつも一歩前にいる。だからこれくらいはやってくるだろうって、でもな…もう負けられないんだ。もう、ゴブリワンの悲しい顔は見たくないんだ!)
「いよいよ第二コーナーを回って最後の直進!!観客の声がさらに強くなってまいりました、少しだけゴブリキャップがリードしているか、頭一つ分リードしているか、届くかゴブリキャップ、追い抜けるかゴブリワン、一番星になれるのはどっちだ!頂点への道を駆け上がるゴブリキャップ、夢に手が届くかゴブリワン!『アイリス杯』の初優勝はどちらだああああ!」
わあああああああ!!
・・
ゴブリワンは最後のスパートで生まれてから今までの景色がフラッシュバックする
(ゴ…ゴブ…)
ゴブリキャップが速くて追いつくのがやっとだ。もうダメかもしれない。そう思ったとき、最後に出てきた光景は大好きなゴドルの笑顔とその言葉
『ゴブリワン、俺と一緒に、ずっと走ってくれないか』
(ゴブ…!!)
不思議と足への踏み込みが強くなる
『お前が頑張ってきたという事実全てが間違っていたなんて思わない。それが、たとえ世間一般でいう『間違い』だったとしてもだ』
(ゴブ……!!)
もう一歩強く踏み出す
『だ、大丈夫だ。俺は走って見せる。もしこんな俺でも一周走れたら、お前にも、また一緒に走ってもらう。いいな?約束だ』
「ゴ、ゴブウウウウウウウオオオオオオオ!!!!」
ゴドルとゴブリワンの脳内に強いインスピレーションが、パスが、ゴブリワンの想いがつながる
・・
「ゴブリワン飛び出した!この速度は一体なんなんだ!紅きオーラが限界突破して言葉通りの隕石のようだーーー!!!」
俺はゴブリワンからのパスを、想いを受け取った
(そうか…お前はどこまでも、駆け上がるんだな……今ならわかるよ。新しいスキル、そして、正真正銘、お前にとって最後のスキル『ラスト・ストライク』の存在を!)
俺が念じたとき、遠くからでも分かるほどの力がゴブリワンに迸る
(これが、ゴブリワンの本当の力だ!!俺の信じた、ゴブリワンの努力の結晶だ!!星となれ!!最後まで俺はお前を信じぬく!いけええええええええええええええ!!!)
(ゴブウウウウウウウウウーーー!!!)
「残り100メートル!!ご覧ください!ゴブリワンが瞬間移動したかのように、まるで隕石のように真っ赤に染まったオーラを纏って、今、ゴブリキャップを抜いた!あまりにも爆発的な力だ!ゴブリキャップを抜いた!ゴブリワンが1番だ!最後の最後で逆転をした!このまま走りきれるか!紅い隕石が全てをぶち壊して今、今――――ゴオオオオオオオオオル!!!」
会場が紙吹雪で包まれる。賭けに負けた人が賭けチケットをばら撒くのだ。
俺はただ茫然と、そして自然と涙が零れ落ちる。ただこの涙の意味は敗北ではない
「ゴブリワンが、ゴブリワンが文句なしの一着ぶち抜き大逆転勝利ぃいいいいいー!!!」
ゴブリワンが満面の笑みで手を振ってくれた
俺は、警備の冒険者に怒られる覚悟でまた柵を飛び超えるのであった
* * *
「あれから、もう一月経つのか」
俺は執務室に飾られた金に輝くトロフィーを手に取る。杯には輝かしく『第一回:アイリス杯』と書かれていた
そこには、ゴブリワンを背負って大喜びする俺の写真が添えられている。こっぱずかしいからやめてほしいのだが、これを撤去したらゴブリワンが悲しむのだ
あれから俺とゴブリワンはアイリス様自らによるお褒めの言葉を賜り、今後もオーナーの代表として頑張ってほしいと激励をいただいた。
歓声がまだ耳に残っているような、つい昨日の出来事のような不思議な気分だ。
ゴブリンレースは熱い戦いが噂になってか、毎週とんでもない客入りで、この厩舎にも人だかりができるようになった。統括はすぐに護衛の冒険者を雇ってくれたので、俺とゴブリワンは前と同じような暮らしを維持できている。
そして今日、とうとう俺もオーナーとして部下を持つこととなった
将来的にはシールドウェストでもゴブリンレースを開催することが決定し、そのオーナーを育てるという大役を仰せつかったのだ。今のところ、この仕事をもらっているのは俺とフランクの奴だけだ。
執務室がノックされる
トロフィーを落とさないようにゆっくりショーケースに戻した
「はい、どうぞ」
扉が開かれると、10代くらいの女性が立っていた
席に座らせて話をする
「この度は内定いただき、ありがとうございます。ゴドルオーナー長」
「いやいや、堅苦しいのは苦手なんだ。今日から仲間としてよろしく頼むよ」
「は、はい!よろしくお願いいたします!!」
挨拶が終わったら、サリー統括に新しいゴブリンを預かる予定だ。ピチピチの新人と生まれたてのゴブリンだ。なんだかゴブリワンとの出会いを思い出す
「あぁ、よろしく頼むよ。…そうそう、ゴブリンを預かるにあたって、お前に一番重要なことを先に伝えておこう」
「重要なことですか?」
「あぁ、そうだな……ゴブリンを預かったら、まず一番最初にやることはなんだと思う?」
新人の子はうーんっと考えて答えを出した
「トレーニングメニューと食事の献立作成からでしょうか。強いゴブリンを作るために必要なことだと思います」
「それも良いが、もっと重要なことがある…それは、名前をつけてあげて、仲良くなることさ」
俺は、ゴブリワンの名前を考えたときに使った紙と同じものを差し出した
ゴブリワンの名札は、今でも1番の厩舎にかかっている
そして、これからもずっとそうなるだろう
ゴドルとゴブリワンは、今日もどこかで走っている。挑戦という名の長い道を
―ゴブリンレース開幕!―