番外編 ゴブリンレース開幕!part3
ゴブリンレースのオーナー4日目
名前をやってから、ゴブリワンのトレーニングは順調に進んでいる。二日目と三日目は毎日走り込みをやった。奴は文句ひとつ言わずに、俺の作ったメニューをこなしてくれたのだ。そして、少しずつだが、一緒に暮らすことで、このゴブリンの優秀な点が分かってきた。俺が知っていた今までの野生のゴブリンとは大きく違う点だ!
まずは賢さ。これは初日から感じていたことだが、普通に人の言葉や感情を理解できる程に頭が良い。これはその辺で棍棒を振り回すような野生のゴブリンとは大きく違う…。成長度合いだってそうだ。たった数日走り込んだだけで、ゴブリワンは見違えるほど足が速くなっていた。トレーニング開始時、膝を負傷した俺と同程度のペースだったゴブリワンは、4日目にして砂煙を上げるほどの速さにまで成長したのだ。特別な練習をせずにコレなんだ…足だけではなく、他の部位も鍛えればより強くなるだろう。
しかしながら、トレーニング器具は何も用意されていない。自作すればどうにかなるかもという考えで、腕から足に至るまでオリジナルで作ってみた。岩に頑丈なロープを巻き付けて引っ張る器具、大木に鉄製の棒を渡してぶら下がれるようにした器具など、どれも簡単なもので、お世辞にも良い道具とは言えないが…まぁ無いよりマシだろう。
本当であれば、加重の魔法なんかを込めた魔道具の重りでも特注して、本格的な器具でも作ってからプレゼントしてやりたかったが、オサイフ事情と俺の制作能力の都合で、大自然任せの粗末なものとなった。ゴブリワンは喜んでくれるだろうか?
「どうだ…?器具の使い心地は」
「ゴブ…ゴブブブブ」
岩に頑丈なロープを巻き付けて引っ張る器具を試しに使ってもらっている。少しずつしか動かないが、ゴブリワンは満足そうにサムズアップした。
「ゴブ…!」
不思議とこいつが何を伝えたいのかが分かる。人の言葉ではないが、嬉しいや悲しいといった感情が分かるようになってきたんだ。
「そうか、嬉しいか!はは、気に入ってくれて良かったよ」
冒険者を休憩して、ゴブリンを育てると聞いたときはどうなるかと思ったが…オーナーの仕事は実際にやってみると面白いと感じ始めている。食事、トレーニング、そして日々のコミュニケーション。下手の横好きで作った道具だって、こんなに喜んでくれる。相手は魔物だが、人を相手にするよりずっと簡単で分かりやすいと思ってしまったのだ。人生の大半は荒事だった俺からすれば、自然に囲まれた宿舎で、こいつと過ごす毎日が楽しく感じる。それが俺の当たり前の感覚になってしまいそうなほどに。
(武器を振るだけが俺の人生だと思っていたが、じっくりと育成することも楽しいものなんだな…)
緑色の顔を真っ赤にしそうな必死さで岩を動かそうとするゴブリンを眺めていると、自然と微笑ましく感じてしまう。
(おっと……体に響くだろうし、そろそろ止めないとな…。先ほどから見ているが岩が重すぎて全然前に進めていない。こいつにはまだ早かったか)
「おい、そんな無理したら体壊すぞ」
ゴブリワンは俺の忠告を無視し、大きく足を踏み込む。
(これなんだ…基本は良い子なんだが、意固地というか負けず嫌いというか……一度決めると言うことを聞かない)
きっと、トレーニング器具を作ってもらったことが嬉しかった半面、満足に岩を動かせないという事実が、こいつの意固地さを呼び起こしてしまったのだ。こうなったらテコでも動かない。だが放っておいてもケガをしてしまうだろう。レースはもうすぐだ。ここで無理してほしくない。
「岩を引っ張るのをやめるんだ、ゴブリワン。俺がもう少し重さを考慮すべきだった。もういい」
ゴブリワンは首をふって、一歩一歩と前へ踏み込む
「ゴブウウウウウ…!」
止めようと手を伸ばすが、こいつの真剣な眼差しが前を向き続けているところを見て、俺は思わず動きを止めてしまう。
「お前……」
「ゴブ!ゴブブブ!」
「なんだ、邪魔するなってか」
「ゴブ!」
「そうか…分かった……お前ならできるって、俺が信じてあげるべき…か。ただし、危険だと思ったら止めるぞ」
「ゴブ…!」
(…頑固な奴だ。まぁいい。それなら、いくらでも付き合ってやろうじゃねぇか。お前が納得するまで、そばで応援し続けてやるよ)
俺は近くの倒木に腰かけ、日が暮れるまで大きな声で応援をしてやった
…そして日が落ち切った頃だった
「よし!あと一歩だ!あと一歩で端から端まで到達だぞ!がんばれ!」
「ゴ…ゴブ……ゴブウウウ!」
広場を一周するまであと一歩。だが既にゴブリワンの力は尽きている。気合と根性でもどうにもならないこともある。ゴブリワンの足が震え、汗で地面がまだら模様を描く。あと一歩だが、もう一歩も動けない…
(もうだめか…?)
だが、いや、俺は最後まで応援すると決めた。お前なら…
「…お前ならできるぞ!ゴブリワン!」
気持ちが自然と言葉となっていた。ゴブリワンの目に輝きが戻る
すると、突然のことだ。ゴブリワンから赤いオーラがにじみ出てきた!
「な、なんだ!?お前、赤いモヤが…大丈夫なのか!?」
ゴブリワンは引っ張ることに必死で気がついていないようだ!
(こりゃマズイ。頑張らせすぎてどうにかなっちまったのか!?)
「ど、どうすりゃ……」
あたふたするが、状況は待ってくれない。
ゴブリワンのオーラは強くなっていき、足元に収束した途端、ゴブリワンの踏み込みが爆発的に強くなった!
「ゴブゥ!」
踏み込んだ地面が抉れると、たった一歩の力で、まるで大砲のように飛び出し、数十歩先までゴブリワンが高速で移動したのだ!
ロープで巻き付けていた岩も、ゴブリワンに追従するように、すごい勢いで進行方向へ飛んで行った。ゴブリワンの着地に数秒遅れて大岩が落ちると、当然ゴブリワンは岩の勢いに乗せられ更に飛んでしまう
「なにが起きた!大丈夫か!?ゴ、ゴブリワン!」
急いでゴブリワンの元に駆けつけると、土まみれになったゴブリワンが横たわりつつも手を振って無事を知らせてた
「ゴブウ…!」
俺はゴブリワンを抱き起し、すぐにロープを腰から外して外傷がないか確認した。特に傷がないことを確認すると、安心と喜びが沸き上がる。こいつは一段上の階段をのぼったのだ!
「お前、凄いじゃないか!……だが今のは一体何なんだ?」
「ゴ、ゴブ……!」
ゴブリワンが何かを伝えようとしているが、疲れからか、体がうまく動かないようだ
「いや、すまない。回復が先だな。元気になってから続きを聞かせてくれ。とにかく帰るぞ」
「…ゴブ」
・・
ゴブリワンを厩舎に寝かせたあとは、明日のメニューを作るために執務室に戻った。幸い、ゆっくり寝ればどうにかなる程度の疲労具合だったから、次の日にはいつも通りのトレーニングができそうだ。
「それにしてもあの赤いモヤは一体何だったんだ……ん?」
執務室の壁に配置されているゴブリワンの絵と数値が書かれたボードに変化が起きている
「数字が…増えている?それに…」
ボードにはゴブリワンの情報と思われる数値が書かれているが、明らかに数値が上がっている。そして、特徴の下には見覚えのない項目が追加されていた
***
名前:ゴブリワン
パワー:30
スピード:10
かしこさ:10
ねばりつよさ:20
特徴:力が強い。気も強い。
技:ファースト・ストライク
***
(パワーが30、他の能力も増えてやがるな…このボードを初めて見たときは、パワー以外がほぼ1だったはずだ。順当に考えれば奴の能力とみて間違いない。この板はゴブリワンの能力が書かれた情報だったのか。どうやっているのかは分からないが、凄い技術だ…そして、この技ってのはさっきのと関係があるのか?技を閃いたってことなのか?)
『技』と追加された項目には『ファースト・ストライク』という名称が追加されている。二日目では見られなかった部分だ。もし、さっきの赤いモヤと、ゴブリワンの突然の爆発力あるパワーがこの『技』のことだったら、あいつは努力の成果あって凄い成長を遂げたってことだ。
「ようやくフランクの奴に勝てるイメージが湧いてきたぜ」
ゴブリワンのトレーニングで同じようなことが起こせるのか試してみることにした。
・・
オーナー生活6日目
俺は朝から壊れた音声魔道具のように繰り返し叫んでいた
「ゴブリワン!『ファースト・ストライク』だ!」
「ゴブ?」
「ゴブ?じゃねぇ!この間のやつだよ!覚えているだろう?『ファースト・ストライク』だ!やってみろ!」
ゴブリワンが赤いモヤに包まれたときの、爆発力あるダッシュを見よう見まねして伝えるが…
「あの動きだよ!ほら!『ファースト・ストライク』だ!」
「ゴブブブブ」
ゴブリワンは『何言ってんだこいつ…プププ』みたいな半笑いをしてトレーニングに戻ってしまった。トレーニングメニューを理解する知識はあるくせに、肝心な部分が全然伝わらない。なぜだ!?
「だあああ!チクショウ!」
その辺にあったバケツを蹴とばして頭を引っ搔くが、物に当たったところでちっとも気が収まらない
昨日からずっとそうだ。あれから『技』とやらを再現してみようとしているが、ゴブリワンが乗り気じゃないのか、それとも何か条件があるのか、アレの再現ができずにいる。あの時起きた奇跡は決して幻なんかじゃない。抉れた地面も、ロープで縛った岩も残っている。だが技が発動しない。そもそもあれは本当に技だったのだろうか?何かの偶然だったのか?
「あぁ、チクショウ。情報が足りねえ。何も分からねえ。もっと知りたい…ゴブリンについての知見が必要だ。だがゴブリンに詳しい奴なんて俺は知らねえ…」
なんなら俺がこの町で一番詳しくなりつつあるのではという疑念すらあるのだ。聞けるもんなら、町に出向いて『どなたかゴブリンの技を閃かせる方法を知りませんか!』と言ったところで誰も答えられないだろうことは予想しなくてもわかる。
唯一の希望の謎サトルとか謎サリーとかいう怪しい連中に聞こうにも全然連絡を寄こさない。対面したところで、あの謎サリーという者と円滑に情報交換できるイメージが全く湧かないし、謎サトルという奴は情報を対価にまた変な契約を結ばせようとしてきそうで嫌だ。良くも悪くも、手探り状態。
「諦めずに声かけしてみるか。『ファースト・ストライク』…『ファースト・ストライク』…」
その日は結局、リピート機と化した俺の叫びと、それを聞き流してトレーニングを続けるゴブリンという光景が続いた。
そして、レース当日がやってきてしまったのだ
・・
オーナー生活7日目
記念すべき第一回のレース日であり、今後のオーナー契約を左右する重要な日でもある
フランクとはあれ以来だが、奴とそのゴブリンの様子がどんなもんか、気になって全然寝付けなかった
「ゴブリワン、今日は頼むぞ」
「ゴブ!」
気合を十分に込めた返事で頷くゴブリワン。きっとこの緑の生き物にも、今日が重要な日であることは肌で感じてもらっているだろう。
フランクと俺の厩舎の、ちょうど間を挟むように作られたレース場は様変わりしていた
俺たちが契約書を欠かされたボロい倉はレース実況用の簡素な施設に。トラックを囲うようにコロッセウム形式で客席が配置されている。
レース場を眺めていると覚えのある声が後ろから聞こえてくる
「おーい!ゴドルー!」
フランクだ。隣にはゴブリンを連れている
「フランク、お前か。調子はどうよ」
「完璧だよ。見てみなよ。僕のゴブリキャップは一週間という短い期間でひとつのレースマシンに昇華した」
「んな、おおげさ…な………なんだ…と」
フランクの横を歩くゴブリキャップは、俺のゴブリワンよりも一回り体が大きくなっていた。それだけじゃない、全体を包み込む洗練された筋肉に無駄がない。張りつめた空気を纏っていて、その瞳には闘志が揺らいでいる。初日に見たゴブリンとは別物だ。圧倒的な存在感から、言葉を失ってしまった。
(今の俺なら分かる、このゴブリンは……強ぇ!)
フランクは満足そうに頷く
「ふふふ…そうだろう。わかるだろう。お前なら、分かってしまうだろう。初週のレースなんて調整も良い所だろうが、僕は負けるのが大嫌いなんだ。お前もそうだろう。申し訳ないが、このレースは…いや、これから先もずっと、僕とゴブリキャップが勝利をもらい受ける。そうだろ、ゴブリキャップ!」
「ゴブ…!」
(一体なんなんだ…この体格差は。何を食べさせた?どういうトレーニングを組んだ!?何をすればそんなに強そうに育てられる!?全ての状況は同じスタートラインだったはずだ)
俺の頭の中には、嫉妬、焦り、怒り、無力感が渦巻いていた…
「ゴブ!ゴブゴブゴウ!」
そんな俺の気持ちを察してか、ゴブリワンが俺に体当たりしてきた。頭が良い感じに鳩尾に決まって、嫌にモヤモヤした考えが痛みで吹き飛んだ
「ぐは…なにしやがる!ゴブリワン!」
「ゴブ!ゴブ!」
『情けない顔をするな、気合を入れろ』そういうイメージが伝わってくるようだ。
(励ましてくれるってのか…走るのはお前なのに……俺は、俺は…)
自身の頬をぶっ叩いて気合を入れた
「すまねえ。俺たちがやってきたこを信じるだけだ」
「ゴブ!」
丁度起き上がったタイミングで全ての元凶たちが現れた。
「やぁやぁ、調子はどうかナ?今日は記念すべきゴブちゃんたちノ、初レースだヨ♪」
「どうも…」
謎サリーとか言うぐるぐるメガネヒゲのエルフと、アンニュイがいつまでも抜けない謎サトルだ
調子を尋ねた癖に返答前に喋り始める謎サリー
「それでハ、助手のサト…謎サトル!レースの説明を頼ム!アタシは忘れタ!」
「はい、統括。……今日のレースは宣伝が主な目的です。当初は二人だけで走ってもらう予定でしたが、面白味に欠けるとの声があったので、あれからオーナーを増やしました。今日は、君たちを含めて18人のオーナーで競ってもらいます。他のオーナーも1日程度の差はあるものの、ほとんど同期だと思ってください」
(18人…!?18匹のゴブリンが走るってのか)
「お客さんの入りはまずまずで、半分くらいは席が埋まるでしょう。で…突然で申し訳ないのですが、次の週のレースは、シールドウェストの領主がいらっしゃいます。その…気分転換だとか」
フランクはアゴが外れそうなほど驚いている
もちろん俺もだ。こんな庶民的な遊びになりそうなものに領主が視察?
「おい、ちょっと待ってくれ。シールドウェストの領主様がいらっしゃるなんて聞いていないぞ」
謎サリーは偉そうに頷いた
「ダイジョウブ!アタシも分からなかったからネ!安心しテ!」
(大丈夫な要素と安心要素はどこだよ!?)
謎サトルのぐるぐるメガネに影が差したように見える。彼はため息をついて話を続けた
「はぁ……帰りたい。じゃなかった…ゴホン。えぇっと、このプロジェクトは魔物と人間をつなぐ新たな娯楽と試みを形にしたものです。他の領主様もたいへん気にしておられるようで、貴族たちの視察も続くでしょう。レースが形になるかどうかはあなた方にかかっています…では、待合室にご案内します。ゴブリンたちは別のスタッフが調整室に案内します」
・・
案内された待合室では、既に他のオーナーと思われる人が16人揃って机に座っていた。ということは俺とフランクで最後か
オーナーは老若男女問わず、女性や獣人、見覚えのある冒険者もチラホラだ。みんなあの魔の契約書にサインさせられた経緯があると思うと涙ぐましくなる。
全員揃ったところで、謎サトルが壇上に立ち説明を開始した
「全員揃いましたね。それではレースのルールについてです。基本は1トラック2000メートル…といっても伝わらないかな…外のトラックを1週回ってゴブリンの速さを競います。直接的な妨害は禁止で、魔法や魔道具による支援もルール違反です。レース中は統括が厳しくチェックしますのでご注意ください。本日は初週で、オーナーの皆さんに慣れていただくための期間としてテストも兼ねているので、簡単な形式でレースを済ませます」
獣人のオーナーが手を上げて発言した
「つまり、今日は俺たちがレースに慣れるための練習で、領主が来るっていう次のレースが本番ってことでいいのか?」
「はい、貴方の言う通り、次の週は別の領土から領主様がいらっしゃいます。そのため、実質的な本番は来週のレースだと思ってください。ただし、今日のレースだって一般公開していますし、宣伝の目的もあります。賭けも受け付けています。お金が発生している以上、キッチリ走っていただきますよ」
獣人オーナーは狂暴な笑みを浮かべる
「負けるつもりなんてないから安心しろ」
謎サトルは頷く
「それは良かった。次の週までに実況の用意、お客さんへの宣伝、会場の設備整備は全てこちら側でやっておきます。7日後のレースは、オーナーたちが一丸となって皆で派手に盛り上げますよ!」
18人のゴブリンオーナーたちは拳をつきあげた




