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領主編 83話


 王の土下座とは、どれほどレアで非常識なものなのだろうか。もしかしたら課金型のゲームで最高レアのキャラや武具を100回連続で引き当てるくらいレアな出来事かもしれないし、あらゆるエレクトロニック・スポーツ全ての大会を優勝で荒らし回るほど非常識な出来事なのかもしれない。平たく言えばどちらも現実的に考えてありえない。しかし、残念ながら、俺の前で起きている事象は現実であり、それほど嬉しい意味合いでもないことだけは確かだ。


 「あのぅ……王様、そろそろ顔をあげて下さいませんか」


 「…」


 王は沈黙を守り、俺の家のリビングで最上級の謝罪のポーズを解かない。スターリム国でもこの五体投地が最も誠意の強い謝罪であることを、このような形で知りたくなかったものである。もっと言えば、人の家で土下座を無言で続けるオブジェとなったおっさんの扱いはどうすれば良いか分からない。うちのリビングは何時から作戦会議室兼、おっさんの土下座ルームとなってしまったのか。もしかしたら、これは新手の嫌がらせなのかもしれないと思い始めた頃、王はそのままの姿勢で口を開いた。


 「本当に、愚息が取り返しのつかないことをした。スターリム国王、デズモンド・インペリアス・スターリムの名において、どのような厳しい言葉も受け入れる所存だ」


 「いや、もう全然、大丈夫なんで……」


 「ならぬ」


 「そうですか…」


 「うむ…」


 「…ところで王様、どうすれば(その嫌がらせみたいな謝罪をやめて)許してくれますか」


 「何を言うか!許してほしいのはこちらのほうだ!」


 「あっそうですよね、すみません」


 「いや、分かれば良いのだ」


 そう言うと国王はまた土下座のオブジェに戻ってしまった。


 (……あれ?俺は謝罪されている側で間違いないよな。何で俺が謝っているんだ?)


 …もう朝からこんな調子である。戦後、王子たちに最低限の治療を施し、町から追い出して数日は、それはそれはもう平和な時間だったのに。オーパスと飯に行ったり、新しい施策の相談としてドーツクから企画内容を聞いたり……。そして今日は優雅な朝食を楽しむ予定だった。だが予定が狂ったのだ。王と宰相が最低限の護衛だけ連れてやってきたせいだ。それだけでビッグイベントだが、落ち着いて話せる場所が欲しいと言われ家に案内したのが間違いだった。


それからはずっと全自動謝罪マシーンである。宰相と護衛を外で待たせているのが、王にとってほんの少し救われる部分だろうか。


 「王様、そろそろお話をしましょう。まず、俺の考えをお伝えします。今回のウィリアム王子の行動は王様の意図には沿わないものであったと思います。今の…その謝罪の姿勢からもそのお気持ちは十分に伝わりました。なので、これ以上の賠償は求めていません。町の被害状況ですが、王子の行動によって町が略奪された等はありませんので、被害は軽微と考えています。衛兵が一人、王子の手にかかって負傷しましたが、そちらは俺のパーティーメンバーの腕利き錬金術師が作ったポーションで治療済みです。斬られた当人からも、警備隊に早く復帰したいと前向きな言葉をもらっています」


 王は五体投地から正座のような姿勢になる


 「そうか……。まず、謝罪を受け入れてくれたことに感謝する。そして、弁明させてほしいのだ。サトル殿の言う通り、今回の件は愚息の勝手な判断だった。愚息が勝手に城の兵を連れ出し、勝手に戦を始めて、勝手に国宝級のスクロールを使用した。そこには儂の意思も正式な手続きも一切含まれておらん。そもそも、愚息にこの地を治められる器があるとも思っていない。甘やかしすぎたのだ」


 王様は息子の顔を思い浮かべているのか、苦虫を嚙み潰したような表情だ


「もう気がついているとは思うが、この地は開拓難度が高い場所だ。そこらの者じゃ成果は出せないだろう。こんな形ではあるが、この町に訪れたときに儂は感動を覚え確信を持った。これほどの短期間で開拓地を町と呼べる規模にできる者が他にいるだろうか。これほど活気のある場所を他ならぬ誰が作れるのだろうかと。サトル殿に任せて正解だったと。だからこそ余計に、余計に愚息の犯した罪が許せないのだ……」


 「息子さん……いえ、ウィリアム王子が言うには、この地は元々は王子が治める予定であったとお伺いしています」


 「あぁ、その予定だった。しかし蛮族王と呼ばれる者が現れ、未開拓地を占拠したことで事情は変わったのだ。儂らスターリム国は隣国フォマティクスと小競り合いが続いている。近々大きな戦いにもなりそうなのだ。その前に不安要素は潰しておきたかった。だから実力ある者を集め鎮圧させることにした。その者に報酬として土地を与えれば、戦中は内側から食い破られる心配をしなくて済むからだ。ここは、愚息が統治を学ぶ場所として扱うには少々…適さない状況になってしまったのだ」


 「そこで俺たちが現れたと」


 「そうだ。シールドウェストを任せているアイリスからは度々連絡を受けていた。不思議な力を持つ青年がいるとな……ここまで開拓地を盛り上げるのはさすがに想定外であった。それが、息子の最後の怒りの火種になったのだろう。この地に砦のひとつでも立ててくれればと考えておったが、サトル殿は儂の予想の全てを超えてきた。自分の治める予定の土地が、町になっているなど愚息としては面白くなかったであろうが、このような形で暴走するとは思っていなかった」


 王様は懐から高級そうなスクロールを取り出し、俺に手渡す


 「…今回の賠償内容を見積もった目録だ。目を通していただけるか」


 「いや別に―」


 俺が言い切る前にスクロールを無理やり握らされた。仕方なく中身を拝見すると、中身にはこう綴られている


 『前略――ウィリアム王子の刑罰を死刑とし、サトル様へ下記の賠償を行うものとする。ソード・ノヴァエラの永久的な自治権。税金の免除期間の延長。子爵への叙爵。金貨10万枚。領地の拡大。……以上の内容を以って――』


 他にも色々書かれているが、どれもお断りしたい。特に子爵にする等書かれている部分が嫌だ。これ以上土地が増えても冒険する機会が減ってしまうからだ。


 スクロールから目をそらすと、心配そうな表情の王様と目が合った


 「どうだ…?」


 「よろしくないです」


 「な、なにが足りないのだ。儂の命か?」


 (…違うわ!悪化してるぞ!)


 「そうではないのです。私はこれ以上望みませんと言いました。未来を担う王子の命も、軽々しく扱って良いものではありません」


 俺はスクロールを破いて暖炉の残り火に残骸を投げる。


 (悪いがこれは受け入れられない)


 「な…!?」


 「王子は確かに悪いことをしました。けじめをつけたいという王様の気持ちもわかりました。であれば、安易な死に頼るのではなく、更生するための時間として向き合うべき問題です。王子はまだやり直せる場所に立っています。でも、死んでしまえばそれでおしまいです。反省することも、一緒にボードゲームを遊ぶこともできません。俺はまだ、王子に自作のゲームを遊んでもらっていないのです」


 「げ、げぇむ…?」


 「ゲーム上では等しく皆平等です。貴族も平民も、関係ありません。それはみんなが楽しいという気持ちを共有できます。楽しいって気持ちが、同じ気持ちが抱けるのなら、何時か絶対に笑いあえる時間だって共有できるはずです。俺は、そう信じています」


 王は不思議なものを見る目で俺を見続けるが、しばらくして頷いた


 「そ、そうか……わかった。サトル殿には、何かが見えているのだろうな。その…げぇむというものも、よく分からぬが、愚息をそこまで考えてくれることに、感謝する。本当に……ありがとう」



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