領主編 81話
カルミアが刀を優雅に収めてウィリアム王子を見据える
「…まだやる?」
ウィリアム王子は周りを改めて見回すが、倒れ伏す数多の兵と、一匹残らず霧散させられた召喚兵の魔力の名残しかない。地は雨でぬかるみ、天は裁きの対象を求め、今か今かと雷鳴を続ける。
未だに信じられなかった。ただ一人の少女が天候を操り、数百という国が誇る精鋭を短時間で蹴散らしたのだ。その事実だけが痛々しく目に焼け付く。
「こ、こんなことして…タダで済むと思っているのか!?」
情けなく裏返った声で咄嗟に出た言葉がそれだけだった。兵数も武具も満足に用意できなくなった将など、ただ腕っぷしの強い一般人と大差ない。生殺与奪を握る目の前にいる化け物相手に言えることは、ただ虚勢を張って、自身の命をつなぐことくらいだ。
カルミアは淡々と告げ、ウィリアム王子へ歩みを進める
「大丈夫、召喚兵以外、命まで奪っていない。ただ、動けないほど痛い思いをしてもらっただけ。そしてその順番があなたに回ってきただけ」
ウィリアム王子は腰を抜かし、カルミアに向かって手を伸ばす
「待て待て待て…!やめろ!反逆罪だぞ!いいのか!?ぼくを傷つけていいって言うのかぁ!?」
「…リーダーは、誰よりも痛い思いをして皆の先頭を歩く存在。あなただけ無傷で済めば、あなたはまた同じことを繰り返す。部下の痛みを知ることがないから」
カルミアは抜刀の姿勢から構えをとり、刃の向きを逆に変える
「ク、クク…お前がそこで私に剣を向ければ、お前だけじゃない。この町の住民全員を反逆罪にする!お前の大好きな主だって同じ目にあってもらう!いいのか!?」
ウィリアム王子がなけなしの頭を捻って出した言葉が、カルミアの手を鈍らせた。カルミアにとって、最も優先すべきサトルに、自身の行動で悪い影響が出ると思ったからだ。
「……」
鋭い眼光で睨みつけるカルミアだが、何もしてこないと知るとウィリアム王子はペラペラと調子を上げていく
「ほ、ほう。化け物じみたお前にも人の心があるようだな!そうだ、それでいい。戦は終わった。勝ちは譲るが、この落とし前はキッチリつけさせてもらうからな!」
ウィリアム王子がそのまま逃走を試みようとしたとき、地面が1度だけ大きく揺れた
立ち上がりかけたウィリアム王子は揺れでまた地面に突っ伏すが、すぐに顔を上げて見回す
「ぶ…ぷはぁ、な、なんだ!?お前か!お前が何かしたのか!」
カルミアは首をふって、ソード・ノヴァエラの方角を指さす
「…あそこには、私と同じような人があと、3人いるから」
頑丈にそびえ立つ町の城壁が轟音と共に動き出す。城壁はまるでひとつひとつが人のパーツであったかのように、形を変えて、その姿を明らかにしていく。
町の門が分解され、空中に浮かび上がっては巨大な手のような形に形成
町を囲む城壁は一点に集まり体のような形へ
点在していた鉄製の物見櫓も空中分解して集まり頭のような形へ
町を守る城壁やひとつひとつの素材が、一つの大きなゴーレムの素材であったと、誰が気が付けただろうか
巨大なゴーレムが形成されていくのを見上げるしかないウィリアム王子
数分と立たないうちに、ソード・ノヴァエラの前方には40メートル近い、超巨大なゴーレムが形成された
ゴーレムは巨大な顔をウィリアム王子へ向け、言葉を発した
ゴーレムの声は天を劈き、地を揺らすほど大きい
「母なるイミスと偉大なる祖。スカーレットの子として産み落とされた。我が拝命した名は、絶滅者」
超巨大ゴーレムのエクスターミネーターはゆっくりと見える動きで巨大な腕をふり上げた。
ただ腕をふり上げるだけで、城壁を形成していた幾つかの石材がボロボロと地面に落ちる。巨大な石材が地を穿ち、地を抉る。
「その役割は、町を守ること。緋色の想いは我に受け継がれているのだ。町を襲う賊へ、今、正義の鉄槌を下す」
天を割く声と共にその巨大な腕が、振り下ろされた!
あまりにスケールが大きいため、腕はゆっくり地に迫っているように見える。ただ、その速度がとんでもなく速いことは腕から響く空を切る音で判断ができる
「う、うわあああああああ!!!」
ウィリアム王子は叫び声を上げて頭を抱える。そんなことをしてもムダなのは本人が一番知っているだろうが、そうするしかない
しかし、エクスターミネーターの腕はウィリアム王子の頭上に落ちることは無かった
意図的に外しているのか、巨大なアームハンマーはウィリアム王子の遥か後方で地面と激突したのだ
その瞬間、地面は水面に手を叩きつけたかのように波を立てて抉れていき、衝撃波だけで付近の巨木を始めとした一切合切を吹き飛ばす
その衝撃はここ一辺だけではなく、蛮族王と戦った沼地にまで及び、沼地の水が割れるように左右に割けてようやく被害が止まった
幾つかの巨木や大岩が、突風と共に町に飛来するが、カルミアが人外のような動きを披露し、飛来物を一太刀で刻んでいき、町への被害を最小限に留める
突風はやがてウィリアム王子まで迫り
「うわ、――――!?!?」
ウィリアム王子は全力で叫ぶが、やがて自らを襲う強烈な突風によって、顔の表情筋が全て後ろに持っていかれる。これでは叫ぶことすらできない。ただ、突風に抗うために虫のように地面にしがみついて、歯を食いしばって、ジェットコースターで耐える人のように時間が過ぎ去るのを待つしかない。彼にできることはそれだけだ。
カルミアは地に突っ伏した近衛兵たちを回収していき、一か所に集めて飛来物に対処する
実際には一分少々の衝撃波だったが、ウィリアム王子にとっては無限に思えるほど長く感じた『災厄』である。
やがて風は止み、巨木も大岩も飛んでこなくなった
痛々しいほどの沈黙が場を制す
超巨大なゴーレムは、もう片方の手で町から誰かを戦場まで運んでくる。…サトルと、イミスだ!
イミスはエクスターミネーターの手に掴まり、カルミアがいる場所までやってきたのだ
「おーーい!!ウチの自慢の子、どうかなーー!?」
間延びした声でカルミアに手をふるイミス。カルミアはやれやれと顔を横に向ける
「…脅しにしても、やりすぎ」
イミスと一緒にエクスターミネーターの手に掴まっていたサトルは、ちょっと困った表情で笑っている
「カルミアさん、無事…だよね。良かった」
「…高くつくからね」
カルミアはそう言いつつも、エクスターミネーターの手から降りるときにサトルの手をとって、手伝っている
「本当にごめん……色々とイミスさんの『自信作』の力を見誤っていたよ」
サトルは頬をポリポリかいて、謝罪するとウィリアム王子に向き直る
「さて、ウィリアム王子。俺たちはまだまだ戦力を残しています。まだやるなら……ってあれ?」
ウィリアム王子は既に白目をむいて気絶していた。
「えっと……勝利、かな?」
「サトル君、ハイタッチ♪」
イミスが片手を上げる
ひとまず、イミスのハイタッチに応じて彼の処遇について考えを巡らせるサトルであった