領主編 79話
「これで奴らの士気も下がっただろう」
「待って、サトル。敵陣から何か…出てくる…!」
「なに…!?あれは…召喚呪文か!?」
ウィリアム王子を中心に怪しく光る呪文の影。次々に地から紫のモヤがかかった人型のナニカが浮かび上がっては隊列に加わっていく。
「あれはなんだ…?」
カルミアは敵陣から目を逸らすことなく淡々と告げた
「…聞いたことがあるわ。スターリム国には召喚によって敵を打ち滅ぼす儀式があるって。私も本物を見るのは初めてだけど、あんなに不気味なものなのね」
…ウィリアム王子はよほどこの地を奪いたかったのだろう。そのような大魔法まで持ち出すなんてな。同じ国内の諍い程度に持ち出して良い兵力とは思えない。きっと切り札か何かに使う兵力のはずだ。そんなものを持ち込んでいる時点で、彼に話し合いの意図なんて無かったのかもしれない。
次々とモヤがかかった人型の兵が隊列に加わり、200人余り増えたタイミングで大魔法陣が消失した。召喚された兵は魔力の塊のようで、かろうじて人の形はとっているが顔には何もなく、手や足も指までキレイに揃っていない、不完全な人の形をしたナニカだ。武器を扱うこともできるようで、それぞれ槍や剣を手にとっている。
勝ち誇った表情のウィリアム王子は機嫌が良くなったのか、ペラペラと聞いてもいないことを話始めた
「どうだ?これが我が軍の秘密兵器だ。魔法兵器を扱うのが自分たちだけだと思ったか!スピリット・オブ・ウォーリアーはお前たちの十八番のゴーレムと同じ魔法生物だ。死するまで命令に忠実に働いてくれる戦闘精霊だ!ぼくたちスターリム国はこの力で隣国からの脅威に打ち勝ってきた。そこいらの傭兵でどうにかなると思うなよ!この精霊は恐れも疲れも知らない最強の兵士だ!さぁ、行け!ぼくの最強の兵たち!」
ウィリアム王子が装備と体制を整えなおし、再度突撃命令をすると、紫の人型モヤモヤは、その身からは想像もできないほどの速さで迫ってくる
…こうなっては両者犠牲ゼロはこの際難しいか。仕方がない。
「カルミアさん、相手を頼めるかい?」
「…無論よ」
カルミアはそれだけ言うと疾風の如き速度で前線へ一人突っ込んでいった。リンドウが心配そうに見つめる
「サトル様、いくらカルミアさんがお強い方でも、お一人では無茶です。私たちも続きましょう」
リンドウの心配はごもっともだが、イミスが肩をすくめた
「リンドウちゃん、彼女の強さは『壁』を超えているの。まぁ見ててよ。ウチも念のため準備はしておくけど、な~んか取り越し苦労になりそうな予感」
・・
カルミアはものの数十秒で最前線まで単身駆け抜けた。目の前には多数の敵がワラワラと出てきては、一人の戦乙女を囲む。普通に考えれば絶望的な状況だが、カルミアは笑みを浮かべた。そして、誰も問うてはいないが、ポツポツと語りだす
「…サトルが言うことだから、よく分からないんだけど」
カルミアが抜刀すると、瞬く間に雷が体を覆う。次第に天候が怪しくなり、あれだけ晴れていた空は黒く染まっていく
「私は、レイドボスっていう存在に昇華されたらしいの」
一太刀だけ空を斬ると、天候は更に荒れて天の怒りが鳴り始める
包囲を縮めていた兵は二の足を踏み、カルミアへの接近を躊躇する。しかし、恐れを知らない召喚兵だけは気にせずカルミアの間合いに入って武器を振りかざした
「そして、レイドボスという存在は……」
太刀をもう一度振るうと、天の雷は意思を持ったように召喚兵へ裁きを下す。轟音と共に雷は容赦なく召喚兵を焼き、跡形もなくその身を焦がした。
「たくさんの人で挑むことが前提の…強者のことを指すらしいわ」
*多対一の状況を確認 カルミアのレイドモードが有効化されました*
それが合図だったかのように、天候の雷は全てカルミアの体に集い、彼女のオーラが尋常ではない雰囲気を作り出していた。今の彼女の目は黄金に輝き、桃色の髪は白く染まり上がり、体中から無数に雷撃が漏れ出す。まるで雷が人の形をとって、意思を持ったかのような存在にすら見えた。
「いざ、尋常に勝負……」




