領主編 76話
ウィリアム王子が捨て台詞を吐いて町から出ると、近衛兵たちはソード・ノヴァエラとシールドウェストをつなぐ一本道に布陣した。もちろん、こんな邪魔な陣が馬車道の真ん中で行われれば町へ遊びにきてくれた人たちの進路を塞ぐことになってしまう。しかし、ウィリアム王子からすれば、そんなことは織り込み済みで些細な問題でしかないと判断しているはずだ。
彼らが陣を張ってから、俺たちもすぐに行動を開始した。まずは作戦会議だ。いつものパーティーメンバーを家に招集する。場所はやっぱりいつものリビングである。いい加減基地的な場所が欲しい。
カルミア、サリー、イミス、フォノスが集まり、状況を伝える。すべてを伝え終わったタイミングでフォノスが眉間にしわを寄せてすぐに意見する
「全く、聞いて呆れるね。これじゃウィリアム王子の方が暴君じゃないか。サトルお兄さん、僕に任せてくれたら王子の首くらいすぐにとってくるよ…というより行ってきていいかい?」
フォノスがリビングの壁に背を預けながら剣を器用に放り投げてはキャッチを繰り返していている。仕草ひとつひとつが彼が苛立っていることを示しているが、集められたパーティーメンバーでそれをとがめる人は誰もない。みんな、フォノスと同じでウィリアム王子に苛立っているんだろうか。
…仕方がないから俺が諫めるか。
俺はフォノスの横に行って、彼の頭を優しく撫でて、なるべく諭すようにゆっくり伝える
「おバカさん。そんなことしたら正真正銘のお尋ね者だよ。それも王族殺しのだ。フォノスが強いのは知っているけど、まだ子供だ。ケガでもされたら俺がショックで立ち直れない。だから危ないマネはしないでくれ。みんなも、勝手に突撃したりしないこと、いいね?」
「…は~い」
フォノスは肩をすくめて気の抜けた返事で、しぶしぶ承諾した。
その様子を見ていたカルミアは、何を思ったのか自身の刀を引っ張り出して、フォノスと同じように得物を放り上げてキャッチする仕草を真似しだした。
刀はカルミアの膂力が交わってヘリコプターのプロペラのように残像を残しながらカルミアの元に落ちる。彼女はそれを上手くキャッチして放り上げる…。
…いやいや、カルミアさんや。それはナイフとか小さめの剣でやる仕草なんだよね!だからちょっと格好いいなってなるのであって、大きな刀でやるのはちょっと違うかな~!?大きな得物でやったらただ単に怖いだけだからね!うまくキャッチできる技量はすごいけどね!?
横に座っていたサリーがビックリして立ち上がり後ずさりする
「ヒェ!?カルミア、急にどうしたノ!?めちゃくちゃ怖いんですケド!」
「……別に」
「すご~イ!ねぇねぇ、アタシもできるかナ……ホイ!」
サリーは、何故かは知らないが手元にあった手のひらサイズの木彫りのゴブリン像を放り上げる。だがフォノスやカルミアのようにはうまくキャッチできず、ゴブリン像は儚く地面と衝突を果たし、首からボッキリ折れてしまった。
「…!?…ゴ、ゴブ…ゴブ…!!」
サリーはあまりのショックからか、言葉にならない言葉を儚く横たわる木彫りにぶつける
…俺は気にしないことにした。
「さて、状況を整理しよう。俺たちは突然ウィリアム王子に町を明け渡すよう正式な書状なしで言い渡された。王子の態度にも理由にも納得できずに食い下がってしまった俺も悪いんだが、結局宣戦布告された。向こうの要求内容はソード・ノヴァエラを無条件で明け渡すことだけで、交渉の余地は無い。3時間の攻撃前猶予をもらっている。住民が逃げる時間くらいは待ってやるということなんだろう。もしくはウィリアム王子の庇護下に入るまでの猶予だ。向こうの兵力は近衛が100人程度だけど、その全員がイミスの能力で強化された最高級クラスのパワーアシストゴーレム武具を着用しているそうだ。町へは勧告済みだが、だれもこの町からは離れようとしない…それどころか武装しだす始末で、仮に俺が町を差し出しても、戦うことを止めないだろう。まぁ、あれだけの暴挙をかまされたら、不安になるのは当然だろうけど…」
「…頼るのは癪だけど、あの狼女には相談してみた?」
カルミアが眉をひそめる。狼女とは恐らくシールドウェスト領主のアイリスのことだろう。実際に狼でもなんでもないが、そうとしか思えないほどの鋭い目つきなのだ。
「あぁ、たしかにアイリス様がお持ちの緊急連絡用の魔道具があれば、王様へ事実確認をしてもらうことは容易い。でも肝心のシールドウェストまでの道に王子が布陣してて伝令が送れないのと、ギルドの連絡鳥のルチルちゃんを飛ばしても、到着は数時間先になる。返事が開戦までに間に合わないことは明確だ。…最も、王子は早く済ませたいと思っているようだから、戦いや交渉が長引いたりすると困る要因があるのかもしれないな」
「…戦自体を止める手段は無いのね」
「あぁ、それと相手の戦力だが…事も有ろうにうちの生産品である武具を使っているらしい。ゴーレムアシスト兵器は、駆け出しが使っても強いが、いっぱしが使えばもっと強い。金に物を言わせて着々と装備を整えていたようだ。俺たちの武具が評価されたと思えば嬉しいことだが、事が事だけに素直に喜べない状況なんだよね。近衛があの武具を使うとなると、かなり手ごわい」
そこで、イミスが元気よく手を挙げた
「はい!サトル君!ウチに考えがありま~す!」
「よくぞ申し出てくれた。イミス君、それはどんな考えかね?」
イミスはいたずらっ子を連想させるような笑みを浮かべて、全員を集めるジェスチャーをしてヒソヒソ声で伝える
「…がね……だから……は……を……なの!でも、これはサトル君が最初から想定していたものを少しだけ利用したトリックだけどね♪」
言い終わると同時にえっへんとふんぞり返る
「…うん、たしかにこの案であれば相手は絶対に動揺するわ」「僕もイミス姉さんの案はサトル兄さんの意向にかなっていると思うから賛成だ」「アタシもそんなことができる魔法がほしィ!」
仲間たちの反応も上々だ。
「よし、じゃあ開戦したと同時にイミスが例の作戦を実行する。これに異存はないね?」
みんなが頷く
「これで戦意は挫けるはずだけど、万一それでも戦いを続行してきた場合はどうしようかな…」
カルミアが元気よく手を挙げた
「どうぞ、カルミア君。良い案があるのかな?」
「…私がどうにかする」
「…」「…」
カルミアの目はキラキラしている。どうやらジョークではないようだ。
「わ、分かった。何か考えがあるんだね?」
「うん」
「じゃ、いざという時は頼んだよ」
「任せて」
「フォノスは新手が来ないか、町が手薄になっている間見張っていてほしい。裏を取られたら終わりだからね。サリーさんは治療用のポーション作成に全てのリソースを割いてくれ」
「お兄さん、任せて」
「わかっタ!」




