領主編 68話
「お前さんの決意は十分理解できた」
オーパスの言葉に顔を上げるネオだが…
「しかし、今のままではダメだ。今依頼を出すわけにはいかねぇってなぁ」
先ほどの言葉を覆すような内容に表情を歪めるネオ。思わず片足を強く踏み込み理由を問う
「ど、どうして!」
「どうもうこうもねぇ!今自分の格好を冷静に見てみやがれってんだ。俺でなくても止めるに決まっているだろう。そんなのはダメだ」
ネオの姿は一般的な農奴の服だ。武器すら無い。…確かに、こんな装備でこの近辺の魔物狩りなんてしたら直ちに死ぬだろう。ここ一帯はゴブリンですら狡猾で高い戦闘能力を持つのだから。
自らの姿を見て、何が言いたいのかを察したネオは小銭をオーパスに見せる
「で、でも僕は今すぐにでも冒険者になりたい。多少のお金ならある!これで装備を買ってきたら、認めてもらえますか…」
オーパスは首をふった
「ダメだ!ダメだったらダメだってなぁ!」
「なぁ!?」
ダメダメ大王になったオーパスにネオは嘆願とも思える顔で抗議する
「そんなこれっぽっちのお金で、ここいらの武具が買えるわけがねぇだろう。この町の武具屋は3店舗あるが、そのどれもが高性能志向な品だ。腕前を錯覚するほどに、あまりにも高性能な品を売るもんだから、安くて弱い武器はここらじゃ流通しない。ここの冒険者共は年単位…担保や冒険者ランク制度を利用した借金、もしくはパーティーの予算を使ってここの武具を買うんだよ。ったく、そんなことも調べずに来たのか」
「そ、それじゃ僕みたいな人はどうやって冒険者になればいいっていうの!?」
「シールドウェストよりも、もっと王都側に近い町や村のギルドで、地道に実力を身に着けていくしかねぇだろうな。王都側は整備されていて、強い魔物は狩りつくされている。そこで、それこそ、10年、20年かけて強くなればいい。あとは…ハルバードウツセミのダンジョンは一階から初心者向けの敵が出てくる…まぁ、たまにヤバいやつやスタンピードもあるが……どの支部もある程度の危険はつきものだ。絶対に安全な冒険者なんて仕事は存在しねぇよ」
ネオは地団駄を踏んで抗議する
「そんな時間をかけていたらおじいちゃんになっちゃうよ!僕はエルフじゃない!時間は限られているんだ!それに、狩りつくされた場所で一日1匹のひ弱なゴブリンなんて相手していたら、いつまで経っても武器なんて買える金は貯まらないよ!生活するだけでもお金が必要になるし…ここは誰にでもチャンスがあるって聞いてきたんだ!」
オーパスは何かを言おうとするが、試験のことを思い出したのか少し唸ったあと、頭をかいてネオの手を引っ張った
「……いくぞ」
ネオはオーパスの力に抵抗できず、そのまま引っ張られていく
「ちょちょ……ちょっと!どこへ行くのですか!僕は絶対に冒険者になるまでここを動きません!離して~!!」
俺としてもオーパスの試験は是非応援したい。試験なのだから直接支援したり手はかせないかもしれないが、サポートならできるかもしれない。彼らについていってみよう
・・
オーパスがネオを無理やり引っ張って連れてきた場所は武具屋だった。
「ついたぞ」
「…わぁ~!」
嫌々引っ張られていたネオだが、やはり冒険者というべきか。憧れの武具屋を前にすると目をキラキラと輝かせる
ラグナ重工、ミラージュ、オーメル・テクノロジー……3大ブランドと化した武具屋さんで、それぞれの属性に合わせた客層に合わせたブランドと、カスタマイズ性を売りにしている店だ。メーカーにはカラーイメージとロゴを明確に配置して、誰が見てもどのメーカーを使っているかわかるようにデザインは派手にされている。
ラグナ重工は赤がイメージカラーで大艦巨砲主義。とにかく一撃が重たい武器をメインに販売している。ミラージュは青で繊細なレイピアやシックル、パンチングダガーなど軽量だが扱いが難しく、使いこなせば強い、技量性能に特化した武具を。オーメルは黄色…義手に内蔵された武器や、義手自体をパワーアップさせた物、仕込み棍や三節棍、蛇腹剣、双鎌…といった一癖も二癖も我が道を行くような変わった武具を提供している。これらを持っていれば、それだけで人の目を浴びることができるのだ。
更に、モデルとなる冒険者には強力な武具をプレゼントし、その武器たちの魅力をこれでもかと言うほどに発揮してもらっている。そのおかげもあってか、武具屋の知名度は日に日に上がり続け、今ではご近所さんのシールドウェストだけではなく、遠くの町からもその武具を手に入れんとする人が日夜行列を作っていた。それがこの町に来る冒険者の目的のひとつであり、目標のひとつでもある。うちの町でも現在最高の資金源だ。…ネオが興奮するのも無理もないか
入口からほど近いメインストリートに、競い合うようにそろって立ち並ぶ豪華な3つの武具屋の前にはたくさんの冒険者が武器についてあれこれと談義したり、武器を見せあったりしている。試し斬りのコーナーに入り浸って情報収集をしている者もいるぞ。…高い買い物だからね。
オーメル以外の店は行列を作っており、今から並び始めたら日が暮れるだろう。店内も人が多く、店員さんもサリーが召喚したゴブリンもてんてこ舞いで対応しているのが見て取れた。
「オーパスさん、これだいぶ待つんじゃ…?」
「…仕方ねぇ。だが問題はない。並ぶぞ!!」
それが問題なんだが…!?
俺たちは長い行列を耐え忍んだ。なぜ俺までと思ったが、オーパスとネオの試験を応援すると決めているので腹をくくった。俺の権限があれば横入りできたかもしれないが、モラル上絶対によくないと考えたので、みんなと大人しく並んだ。
ネオはずっとソワソワしていたので、俺たちの番が来るまで試し斬りのコーナーを見てきていいよと言って送り出した。
彼は目をキラキラさせて試し斬りスペースまですっ飛んでいった。あのスペースでは実際に購入する前に調整をしたり、文字通り試し斬りしたりできる。ネオが実際に他の人が買った(買う予定の)武器を触れるわけじゃないが、きっと、興味がある人はそんな様子を見ているだけでも楽しいだろう。
・・
ネオは、短い距離にも関わらず、肺の空気がカラカラになるまで走った
自分が手にできるかもしれない武具が、どんなものなのかすぐにでも確認したかったからだ
目的の場所は行列からすぐそこだった。生まれて初めて見る、大きな囲いを作るような本格的なトレーニングスペースに思わず声が漏れる
「うわぁ…すごい」
武具屋の裏は大きくスペースが取られていて、囲いの外では冒険者や商人と思われるものが野次馬になって木板にペンを走らせ、リサーチをしている姿が認められる。みんなの目は今、囲いの中のある場所へ注がれていた。そこでは今まさに、とある冒険者がふるった大剣がターゲットであるおおきな木板を切り裂くところだった。木板には悪そうな顔をしたノームの絵が描かれている
「でりゃあああ!」
体格の大きな冒険者が、悪そうな顔のノームが描かれた板を真っ二つに切り裂き、満足そうに頷く
その大剣はまるで紙きれを切り裂くように軽々と分厚い板を両断してみせた
「悪くないが…刀身のここ、重心が少し手元に寄りすぎている気がするな、もう少し…拳ひとつ分上にずらせるか?」
「かしこまりました」
注目の的となった武器を購入予定の冒険者は、周囲の目を少し意識しつつも、細かくお付きの店員さんに要望を伝えいてる
ただ武器を購入するだけでもこんなに注目されるなんて、すごい武具屋なんだとネオの胸は高鳴る
「次の試し斬りが始まるぞ!」「…あそこだ!」
野次馬たちは一気に移動し、他の人が使う武具をリサーチしようとしている
「次は…剣と大盾か。パラディンかナイト系のクラスだな」
その言葉を聞いて、ネオはすぐに野次馬の一人に加わった
銀に輝くフルアーマーを身に着けた女性のエルフが、盾を構える
「いつでもいいわよ」
エルフの言葉に応えるように、的のゴーレムが次々地面から現れ、口元が筒状に変化し、エネルギーを貯めた。やがてゴーレムの口元から強力なエネルギー弾が盾を構えたエルフに向かって射出される
ネオはあの光景がフラッシュバックしてしまい思わず叫び、身を乗り出す
「お姉さん!危ない!!」
しかし、ネオの心配は杞憂であった
フルアーマーのエルフは盾と防具の耐久性を確かめたかったのだろう
煙が徐々に晴れると、そこには無傷のエルフが、自身の体と盾の具合を平然と確かめている様子が浮かび上がってくる
「良い具合だわ…以前伝えた要望の盾の衝撃吸収も質が上がったわね。良い仕事よ。ただ…その、防具のたてつきが…特に胸がキツイから、標準規格から少し大きくしてほしいわね」
「承知いたしました」
お付きの店員さんに淡々と要望を伝えている様子を見てほっとしたネオ。しかし、自身が身を乗り出していることに気が付いて姿勢を正そうとしたとき、枠をつかんでいた手が滑ってトレーニングエリアに誤って入ってしまう。
「よかっ…うわ、わわわあああ!?」
それと同時に、停止していた的ゴーレムの射出口がネオに向いた
「ピピ…トレーニングエリアに新ターゲット確認。テスト続行シマス」
的ゴーレムが誤作動を起こしたのか、エネルギーを貯め始めネオに向かって射出しようとする
「え…え…!?」
ネオはどうして良いか分からず、辺りを見回すが試し斬りエリアに障害物はひとつもない
フルアーマーエルフが異変に気が付き、走り始めた
「危ない!」
ネオの前に庇い立つエルフ
射出されたエネルギー弾はエルフに直撃したが…
「ふぅ…この鎧、頑丈なだけじゃなくて動きやすさも重視されているのね。素晴らしいわ」
特にダメージは無かった
フルアーマーエルフはネオに向かいなおし、膝を揃えて屈み、片手は少し乱れた髪を耳にかけて、もう片手はネオに向かって差し出されている
「大丈夫?」
その姿にネオはドキっとしてしまうが、それ以上に守る姿が尊く、そして格好よく見えた
ネオは涙ぐみながらその手をとって、返答代わりに決意を口にした
「やっぱり僕、ナイトになりたい!」