領主編 65話
「よし…やってやるぜ」
「オーパスさん、頑張ってね!」
オーパスはギルドの前で自身の両頬をはたき、気合を入れた
俺とオーパスはギルドに入る。昼間は皆狩りに出ていて、休暇日と思われる冒険者がチラホラ。その中で一人だけ場違いとも思える老齢の男性が討伐依頼掲示板の前で立っていた。やけに良い姿勢で、両腕を後ろに回し、板の内容を吟味しているようだ。
「ん~…噂通り、ここの魔物は他の地方よりも強いようですね。強すぎると言ってもいい。これでは新たな芽は育たない……おや…?」
横目で俺たちの存在を認めると、良い姿勢をキープしつつ軽い足取りで近づいてくる
「おや、サトル君じゃありませんか。お久しぶりです」
物腰柔らかな口調で丁寧にお辞儀するおじさん。俺はこのおじさんが誰だったか思い出せなかったが、その姿勢の良さと、見事な剣を佩いたおじさんという特徴に合致する存在に思い当たるまで、さほど時間を要することはなかった。
「もしかして…冒険者ギルド、シールドウェスト支部『竜首のごちそう亭』のギルドマスターじゃないですか?お久しぶりです。ですが、どうしてこんなところに……」
ギルドマスターは覚えていてくれたことが嬉しかったのか、満面の笑みで俺の両手をとった
「覚えていてくれたのですか!いやぁ、これほど嬉しいことはありません。我らが町から生まれた、紛れもないAランクの英雄なのですから」
「え、えぇ…それはどうも」
ハッとして襟を正すギルマスおじさん
「おっと失礼、要件でしたな。サトル君には既にギルドから試験の旨、通達があったかと思いますが、ギルドマスターの試験とその内容は、私が決定し、担当することになったのです」
ギルドマスターの試験は簡単なものだと通達があったが、その試験内容や試験監督が実際に誰であるか、というところまでは書かれていなかった。今回は、ソード・ノヴァエラから最も近い既存のギルド…つまりシールドウェスト支部のギルドマスターが直接出張してくれたということだ。
「なるほど…だからここまでお越しいただいたと」
「…左様でございます。して、そちらの方が…?」
「えぇ、オーパスさんです。俺が紹介できる中では一番ギルドマスターに向いていると思いました」
俺はオーパスを紹介するように促す
「…俺はオーパスだ!ハルバードウツセミで冒険者として活動していた!地元じゃ知らない人はいない、イエローアイという、対スタンピード自警団を作ったのも俺だ。俺がギルドマスターになったからには、サトルの兄貴の顔にドロを塗るようなマネはしない。徹底的にギルドを良くしていってやる!ってなぁ!!」
オーパスはバルクアップした筋肉を見せつけるようにポーズを決めて鼻息まで荒くする
ギルドマスターの顔は険しいものとなった
「…フム。時にサトル君、紹介していただいて申し訳ないが、チェンジは可能かね…?」
急に不合格!?
「い、いえ…オーパスさんは俺の中で一番の人材です。これ以上の人は居ないと思っています」
オーパスの目がウルウルした
「あ、兄貴……」
ギルドマスターは咳払いをひとつして仕切り直す。彼がオーパスに向ける目は俺に対して向ける目と違い、とても凍てついたものだった
「うぉっほん……サトル君、冗談です。オーパス…といったか。君の噂は聞いているよ。イエローアイの話もシールドウェスト支部まで届いている。なんでも、『犠牲を出し続けることでスタンピードを止めてきた組織』だとか…?」
…さすがギルドマスターと言うべきか、リサーチはしっかりしているようだ。…痛い所を突いてくるな。オーパスは俺と出会って、心を入れ替えるまではイエローアイという対スタンピード組織のリーダーをしていて、その素行は悪く、お世辞にも良い人とは言えなかった。人を犠牲にし続けることでしか結果を出せていなかった。スタンピードへの対処…そのやり方が間違っているとは思わないが、ギルドマスターの目指すべき規範とは真逆の考え方だ。…価値観が違いすぎるか。
オーパスは少し気に食わないものを見る目でギルドマスターを真正面から見つめ返す
「過去のことにチクチク言うなんざ、ずいぶん狭量なマスターじゃねぇか…今の俺を素直に評価してもらえないものか。それともサトルの兄貴の前で恥でもかかせたいのか?」
「過去…?犠牲者の家族はそうは考えないでしょう。たとえスタンピードを防止するという大義があっても、あなたのやり方は人を犠牲にしすぎてしまう。このままあなたをギルドマスターにしたところで、サトル君の町に迷惑をかけてしまう。それは、私としては見過ごせないのだよ。それとも…サトル君の力を借りた『今』なら違うと…人を正しくギルドマスターとして導けるとでも思っているのか…?フム、良いでしょう。それなら見せてもらいましょうか」
「お…喧嘩でもするのか?じいさん、俺は強えぞ」
オーパスは腕を振り回し、威嚇するように前のめりに圧をかける
ギルドマスターは気にする素振りもせず
「違う。…まったく、サトル君の紹介でなければ、貴方をギルドから永久追放しているところだ。彼に感謝しなさい…。ギルドマスターを問う資質は喧嘩じゃない。人をどれほど導けるかどうかにかかっている。そして、小さな希望を潰えさせない。それがたとえどんな人であっても…それが私が考えるギルドマスターとしての姿です」
「なんだと…?」
ギルドマスターは入り口を指さす
「丁度…良い時間のようですね」
まるで未来を予見していたかのように入り口が開かれる
「あのぅ…すみません…冒険者ギル…ドってここでしょうか…へへ」
防具も武器も身に付けていない、線の細い男性が、冒険の入り口を叩いたのだ




