領主編 63話
チャンスに連れられ、スロットもどきが設置されているコーナーまでやってきた。開店早々だと言うのに、ほぼ席は埋まってしまっている…周囲には席を求め、ゾンビのように徘徊する者までいるぞ…!凄い人気だ。
「…ほとんど埋まってしまっているようだね」
俺の言葉に、チャンスは苦虫を噛み潰したような顔をしつつも、未だその目には諦めの色は伺えない
「ううむ…まだあの席が残っている。いやしかし、あの席は問題があってな…」
「…あの席?」
「あぁ…」
チャンスはスロットもどきが整列している中、ひとつ不自然に開いている座席を指さした。他の席は埋まっているというのに、徘徊する者もそこだけは避けているようだった。…どうしてだ?
「…なぜ、あそこだけ空いている?壊れているのか?」
「壊れている…か。言い得て妙だな。実は、あそこはな…開店してからというもの、一度も当りが出ない席なんだ……しかし、スタッフが何度も点検しても不具合は無かったという、不幸の座席なんだよ」
「何…一度も当りが出ないのか?」
おかしいな…点検はかなり厳しく見ていたはずだが…ちょっと確かめる必要があるな
「あぁ…それで壊れていないときたもんだ。全くおかしな話だが…ておい!」
俺はその席に向かっていく。すれ違いに道行く人も(おいおい、そこ座るのかよ!?)といった具合に振り返る始末だ
「これか…」
スロットもどき…(ゴーレムちゃん3号)実験と検証には何度も立ち会ったが、こうして遊ぶ目的では初めて触る。遊び方は現世のそれをリスペクトしていて、3つの絵柄が縦横斜め、何れか揃えることで当りが判定される。当りの絵柄とハズレの絵柄のレパートリーは無駄に多く、アタリのマークは格好良いドラゴンや武具屋メーカーのマーク。ハズレのマークは、タルッコのイラストを中心に採用してある。プロトタイプとの違いは、ボタン押下時や当り時に派手な音が追加されていることと、派手な色彩で発光させる魔道具が埋め込まれている。一台あたり何十というゴーレムを連結させている、とても手が込んだからくりであるため、開店のタイミングでは40台程度しか用意できなかった。物が物だけに仕方がないのだが。今は少しだけ増えて50台で運用している。
不幸の座席とやらに着席すると、横に座っていたじじいがスロットもどきの手を止め、俺を上から下まで凝視した後、話しかけてきた
「若いの…勇気と無謀は紙一重であるからにして、勝手ながら忠告させていただく。…死地へ赴くのは未だ早い……此の席はいくさばと心得よ。そのレバーを引けば、もう引き返せぬと知れ」
…なんだこの人。キャラ濃いな………
「え…えぇ」
気にせずに座るとじじいはレバーを引かせまいと俺の手を取った。もう片方の手では手慣れた手付きで自身のスロットを軽快なタップで回している。この道何年と言われても信じそうな熟練具合に驚かされるが、色々と濃いキャラに交わってじじいの存在感がカオスなことになっている。
「死地と知って、何故に…なにゆえにその手を汚すのか」
チャンスも俺に追いついて、じじいの意見に追撃してくる
「そうだぜ、そのスロ爺の言う通り、アドバイスは聞くもんだ」
……スロ爺!?なんで開店早々でそんな通り名が付く!?
スロ爺はゆっくりとした動きで諭すように頷き、優しく微笑みかける
「わしはここで、これ以上若者の犠牲が出ぬように毎日座っているのじゃ」
…毎日ってどういうこと!?
「スロ爺は不幸の席の横で座りつつも、初見の人が座らないように日夜監視してくれているんだ。自分の席を譲る形で、たくさんの犠牲者を救った俺たちのヒーローなんだぜ。お前も助けられたってことだな」
スロ爺は少し照れくさそうに微笑み、満足気な声で言う
「犠牲者はわし一人で十分じゃ」
…スロ爺の気遣いには申し訳ないが、これは調査せねばなるまい。
「ありがとう、チャンス、スロ爺さん」
チャンスとスロ爺は顔を見合わせて笑顔になる
それを見ていた周りもほっこりしたような空間になった
次の瞬間
俺はウェルカムコインと所持金を換金したコインを全額投下した
一転してスロ爺とチャンスの目が点になり、その他周りの空気が凍りついたようにフリーズした
「たしか本番はこのボタンを押すんだよな」
俺は3つのボタンを順序よく押していく
ポン!
1つ目はドラゴンのマーク…
ポン!
2つ目も……ドラゴンだ
「リーチデス。リーチデス。アトヒトツデ、カネモチ。スゴイデス。」
予め登録されていたゴーレム音声が流れてきて射幸心を煽る
「おおぅううう…ここから悪魔が降臨なさるのか…絶望をお与えに…神よ……この無垢なる若者を…救いたまへ…!!どうか!!」
何故かスロ爺は俺のスロットもどきの後ろで跪き、大声で神へ祈りを始めた。気が散るのでやめてほしいと思った。
「え!おま!!あぁ!?うはぁ!?」
チャンスはどうして良いか分からず手を伸ばしたり引っ込めたりして、絵柄が止まるたびに奇妙なかけ声を出す。2つ目の絵柄が揃ったタイミングで両手を口元に持ってきてそのまま固まってしまった。……女の子みたいな反応だなと思った。
カオス化した空間で、己の精神を集中させる……
…みえた!
「……ここだああ!!」
ポン!
3つ目は……ドラゴンだ!
シャアアアーーーン!!キュイキュキュイー!
恰もその時に鳴るであろうすごーくアタリっぽい効果音が鳴り響く
そしてそのギミックは開放される
スロットもどきの両サイドからフタが開いて天使の羽を模したゴーレムのパーツが飛び出し、大きな音と光で周りの注目をこれでもかと集めた
戦場に舞い降りた天使のように羽は台を包み込み、羽を大きく広げた動作と同時にアタリを祝う音楽が流れ始める
…これは大当たりが出た時用の演出のひとつで、スロットから何か飛び出したら面白いよねっていう俺の案をイミスとガルダインが汲み取ってくれて実際に作られた仕掛けのひとつだ!
…ということは、これは大当たりだな!なーんだ、壊れていないじゃん。
ほっとしていると、スロ爺は俺を押しのけて座席に跪きつつ、何処から持ってきたのか食べ物などをお供えし始めた
「なんという…なんというううううう!!悪魔が天使様に転生なされたのかあああ!!」
スロ爺はけたたましく叫んだ後、ものの数秒で座席にお供えを完了し、何事も無かったかのように祈りを続けた。……邪魔だから除けてほしいと心底思った
チャンスは俺の肩を揺さぶる
「おま!!!おま!!?」
「おちつけ…」
俺は持っていた水をチャンスに飲ませてあげて、おまおま星人と化したチャンスを撃退した
「んぐ…んぐ…ぷはぁ!……おまえ!すげぇじゃねぇか!!」
「あぁ…壊れていなかったな」
「いや、壊れていると思われても仕方がないほど出なかったんだよ。お前、本当は特別な力か何か持っているんじゃないか!?」
…ギクリ
「い、いや…なんのことだ」
「何動揺してんだ…?たく、冗談だよ!!それよりも大当たりって初めて見たぜ!なんだか俺も今日はイケる気がしてきた!…おい、スロ爺!呪いは取れたってことで座っていいんだよな!?」
スロ爺は気が済んだのか、お供え物を回収しつつ席へ促す
「うむ…そこの青年が悪魔を天使様に変えた。今日を機にその席は不幸ではなくなったのだ!」
周囲の野次馬たちも自分のことのようにスロ爺の発言を祝う
チャンスは我先にと席についた
「それなら…幸運の女神を呼び込んだサトールを連れてきたのは俺だ。俺に座る権利があるってな」
チャンスは景気よくコインを投下し始める
俺はどこかに消えても良かったのだが、チャンスの結果だけ見ておこうとその場に留まった
・・
15分ほど経過しただろうか
「あれ……どういうことだ……何かがおかしいな」
チャンスのコインケースには寂しくコインが数枚残っているだけ。今回している絵柄もタルッコの絵柄が揃ってしまったところだ。
ポン!ポン!……ポン!
「ああ~~!!くそ!またハズレだ!」
そう、チャンスに席を譲ってからというもの、彼は一度も大当たりが出ていない。それどころか小当りでさえうんともすんとも言わなくなってしまったのだ。
悪い雰囲気の気配を察したか、野次馬は一人も残っていない
俺は警告するためチャンスに声をかける
「おい、チャンス。そろそろ切り替えた方が良いんじゃないか。これ以上使うと宿代も無くなるぞ」
チャンスは
「分かってる!まぁ見てろって!俺のスロットさばきはこんなもんじゃない。あと3回できるんだ。この3回の可能性が1%でもあれば…まだ勝てる!!」
警告を無視して遊び始めてしまう
ポン…ポンポン!「ハズレデス」
ポンポン…ポン「ハズレデス」
ポン…ポン…リーチ!
「ほらきたぞおおお!ここだ!ここが大事なんだあ!」
ようやく来た、正しく千載一遇のチャンスと言うべきか
チャンスは震える人差し指をもう片方の手で抑えてゆっくり押下する…しかし
ポン!「ハズレデーース!」
「っーーーー!」
千載一遇と言われたチャンスは文字通り千載一遇の機会を逃し、声にならない声を上げてぶっ倒れてしまった
「ち、チャンスゥウウウウウ~~~!!!」
俺の叫び声がカジノにこだまする。呼応するようにスロ爺がまたお供え物を始めた
「悪魔じゃ!悪魔が再降臨なされたのじゃああああ!!」
二人で騒いでいると呆れ顔の表情をした獣人の女の子スタッフが走ってやってきた
「あ!また倒れている人がいます!お姉さん!」
「あらまぁ、本当ね。今週で何人目かしら、さ…持っていくわよ」
「はいです!」
スタッフ2名でチャンスを何処かに運んでいく……行き先は………聞かないほうがいいだろうか
俺とスロ爺は、気絶し運ばれていくチャンスの後ろ姿を眺めることしかできなかった。
カジノ…俺はなんという魔窟を生み出してしまったのだろう
チャンスと同行することで、その楽しさと怖さの両方を味わうことができた。
そしてひとつ学習する
「過ぎたるは及ばざるが如し……何事も、程々が肝心だということか」
俺は荷物をまとめ、帰路につくのであった




