領主編 55話
罪人からの聴取はそれ以降も続けたが、その他に大した情報は無かった。一通り聞き取りが完了したあと、アイリスの私兵が二人掛で乱暴に連れだしていく。帰り際一言だけ罪人は呟いた
「…お前ともっと早く出会っていれば、俺も変われたのかもな」
私兵は立ち止まった罪人の背中を無理やり押して家から出ていった
「ほら、早く歩け!」「サトル様への無礼は忘れていないぞ、貴様の罪をこれ以上重ねるんじゃない」
…彼はこの後、シールドウェストの法に照らし合わされ相応の罰を受けるだろう。今まで行ってきたことが許されるわけではない。彼の助言を無駄にしないためにも、デオスフィアの対策を考えなくては
彼らが家から出ていくのを見届けて、今後の研究方針について触れる
「…アイリス様、至急デオスフィアの研究範囲を定め直しましょう。一度でも力を引き出すことに成功した人は隔離しておくべきです」
アイリスが自前の酒瓶を顔に運ぶが、一滴も落ちてこない。どうやら飲みきってしまったようだ。ドワーフ並の酒豪である。むしろドワーフなのかもしれない。こんなときでもお酒なんて、筋金入りのドワーフ…いや、人間である。
「あ…むむむ。ッチ…。もうカラか …安心してくれ、今のところは私も君も力を引き出すことに成功してないし、それは我が兵も同じこと。成功した事例は現時点で、死刑囚の中でも特に非道だった者だけだ。今後の研究では兵を使うことを止めよう」
「それが良いでしょう。兵の強化につながらない点は残念ですが、悪夢の件といい、体の変色といい、デメリット無しで得られる力とは思えません。装飾品があっても悪魔化の進行を遅らせるだけだと考えるほうが今は安全です」
酒瓶を置いて足を組み直す。こちらを観察する目は獲物を見定める狩人のようだ
「この石がもたらす効果を、フォマティクスの連中は知っていると思うか?」
アイリスからの問いに頷く
「はい、蛮族王の手記からも、俺たちよりも多くのことを知っていると思います。ただし、抑制装置が完全に抑制できるものかどうか、といった懸念は…未解決で使われている可能性が高いです。蛮族王を征服者に祭り上げ、スターリムに攻め込む工面をつけるのであれば、十分に検証できる時間も無かったかと思います」
「ふむ…それもそうだ。奴らに直接、石の使用をやめさせることができれば一番良いのだが…サトル、君はどうするのだ」
アイリスの言うことは最もだ。だが、敵対している他国の事情に口を挟んでも聞く耳を持たないのは火を見るより明らか。向こうはそんなこと分かっていて石の力を使っているだろうし。それなら…
「俺は開拓地…いえ、ソード・ノヴァエラの自力を高めることに専念し、相手からの干渉がない場合はギルドの体制を整えて冒険者や自警団の強化を急ぎたいと思います」
「こちらからは何も仕掛けないのか。放っておけば悪魔の大群が我が国へ押し寄せるかもしれないぞ。そうなっては我が軍だけで防ぐのは困難だ」
「その件ですが…もし襲撃を受けても小規模であり…そして散発的に発生すると見込んでいます」
デオスフィアの抑制装置をもってしても、身体的な変化を完全には抑制できないと予想を立てている。それが成り立つ場合、石を大量に軍へ使用しているフォマティクスとしては、手綱を握れる内に諸刃の剣となり得る兵を使い捨てにするだろう。悪魔化した人間が制御不能な化け物に成り果てるのは、今回の検証でよくわかったからな。表立って宣戦布告しないあたりから見ても、調達できる数も限りがあって間に合っていない。それか、もっと別の用途に使っているだろう
…この考えをアイリスへ伝えた
「今必要なのは、備え…というのか?」
「はい、これを機に兵力を強化します。フォマティクスが狙うとしたら、最も攻めやすく簡単なソード・ノヴァエラでしょうから、時間はあまり残されていないのかもしれません…。可能であれば、アイリス様からもご支援頂きたいのです。最も、敵国は賊につくろい装うでしょうから、スターリム国全体から支援頂けるかは分かりませんけど」
「ふむ…私としても侵攻されるのを黙って見ているのは望むところではない。物資の提供に加えて、王への打診もこちらで手をうっておこう」
アイリスの領でも動いてくれるようだ
「ありがとうございます。これで内政に力を注げます」
…そうと決まれば街の発展に注力するぞ。幸いなことに、俺にはクラスチェンジがある。最強の兵たちで奴らを迎え撃ってやろう