領主編 51話
青空教室ならぬ、青空戴冠式とはこのことか
舞台は開拓地のド真ん中。商店街エリアと住居エリアを挟む形で設置されていた。急ごしらえで作った舞台は、誰でも気軽に見聞きできるようにという俺のワガママによって、野外にて執り行われることとなったのだ。
城の中でやるような厳粛な雰囲気とはいかないものの、これから皆と一緒に成長していく感じがあって、個人的には質素な方が好ましい。だから丁度良かった。もっとも、式直前に下見をしたアイリスとしては『もっと高級感を出すべきだ』と言って不満そうだったが…
ただ、そんな質素な舞台であっても、もの好きは一定数いるようで、この辺りは人通りが多いことも相まってか、それもと噂が噂を呼んでなのか、朝からたくさんの人が集まってくれていた
更に今日は晴天で演説日和である
さっそくシールドウェストの領主、アイリスを俺たち全員で迎え入れ、戴冠式を開催する。アイリスとしても、すぐに済ませたいようだったので、双方の情報交換や挨拶は追々やることとなった
まずはアイリスが舞台に上がる。続いて俺が一歩後ろから…
それだけで開拓地の民たちは大盛り上がり。拍手と熱狂的な声がずっと続きそうだった。アイリスが手を上げ、民の気持ちを汲み取るように笑顔を向けると、民たちはより一層の拍手を送り、やがて静かになった
その間も、パーティーメンバーのカルミアたちは、舞台の下で怪しい者が居ないかを警備してくれている。彼女たちが居てくれるおかげで安心して演説できそうだ
アイリスは堂々たる声で話し始めた
「スターリムの地に新たな風を呼びし者たちよ。今日、ここに新たな統治者が正式に誕生する。私の隣に立つは、その統治者に相応しい、偉大なる功績を残した。この者は、強大な力を持つ賊を打倒しただけではなく、ごく短い期間で開拓地をここまで発展させることで、己の力と知を示したのだ」
彼女は俺にアイコンタクトして話を続ける
「この者を新たな統治者として迎え入れることは、スターリム国にとって、この上ない喜びである。そして彼もまた、統治者としての意思をもって、この場に立ってくれたのだ。皆は彼の武勇と覚悟を称えるか。その答えを聞かせてほしいのだ」
アイリスの質問に応えるべく、民たちは声を出し、拍手を続け、俺の名前を呼んでくれた
今度の歓声は手で制しても止まることがないほど大きなものだった。アイリスはその様子に大きく、何度も頷く
「皆の答えは聞いた。民の命はここで芽吹き、新たな風となり、統治者と運命を共にするだろう。次は貴方の番だ。サトル殿…答えを、聞かせてくれないか」
アイリスは一歩引いて、俺が前に出るように促す。…ここで俺の番ということか。……俺の、俺の中の答えか
俺は前に進み出る。示し合わせたように静まり返る。群衆の顔は全てこちらに注がれているのだ
俺は、蛮族王との戦いを思い出していた
「この地は長らくの間、強大な魔物とそれを従える蛮族王によって占拠され続けていました。そこには正義も法も関係なく、ただ力が跋扈していました。双方の正義、力がぶつかり合って、大きな戦が起きました。そして、たくさんの人が息絶えました。俺の身近な者も失い、そして悲しみました……ただ、立ち止まっていても、周りは待ってくれない。だから、辛くても、それでも前に進むと決めたのです。何が正しかったのかを決めるのは俺たちじゃない、歴史そのものだから、何が正義だとか、何を成したいだとか、蛮族王がかかげる正義も、国が持つ事情も、それぞれの正義があるように」
最前列の人の息を飲む音が聞こえるようだ
「正しさに唯一の答えはないと、先人は言います。故に人は争い続けるとも。だから、争いを生むのは悪ではない。それぞれの規範や理想の対立のうえに戦があるなら、俺はその戦すらも踏み越えてみせる。その先にあるはずの、皆の笑顔を守りたいから」
…皆と一緒にただ笑顔でいるための、当たり前を作りたい
「そのために、俺ができること。それは、開拓地に集まってくれた皆のために、一緒に悩んで、一緒に考えていくことです。領主と民という一方的な利害関係ではなく、人と人、心と心で対話を続けること。俺にできる限り、皆と笑い会える『友達』になりたい。……だから、領主になると決めたのです。慈悲こそは力の前に先立つ。それが今の俺の、答えです」
そこには種族も性別も関係がない
腰にかけていた本を手にとってかかげる
「俺の故郷ではTRPGという遊びが存在していました。架空上のものでも、本ひとつで剣と魔法を創造するその世界では、誰もが完全無欠の英雄にも成れたし、誰もが極悪非道にも、魔王にだって成れたのです。作り上げる世界は無限で、選択肢という名の可能性に溢れていました。そこには自由と笑顔があったのです。紙とペンだけでも無限の世界は作れたし、そこには、先駆者が築き上げた、幾つもの語り継ぎたいほどの物語と冒険と英雄が誕生したのです」
俺は何を言っているんだろうか。緊張でよく分からなくなってきた
「そこにあったのは対立なんかじゃなかった。個性を縛る煩わしいルールなんかもない。あなたが貴方らしく在れる場所。そして、そこから生まれる楽しい気持ちや笑顔だった。この喜びを、一人でも多くの人に知ってもらいたい。そのためには、まずは皆と開拓地を作り上げる必要がある。だから俺と一緒に歩んで欲しい!辛いこともあるかもしれない、一筋縄ではいかないことかもしれない。それでも、少しずつでも良いんだ。俺と一緒に遊んで笑い会えるような、そんな『笑顔』を一緒に作り上げよう!」
病院の寝床から友人を求め、気がつけばこんな場所まで歩いてきた
俺の周りには、かけがえのない仲間がいて、守りたい笑顔がある。だから…
カルミアたちも含め、演説している俺へと顔を向けていた。その声は、歓声は俺を暖かく迎え入れてくれたのだ
「俺の可能性を魅ていてくれ…!」
その瞬間だった
*サトルのクラスアップを開始します*
俺を包み込む膨大な光は場を騒然とさせたのだ