領主編 50話
リンドウたちが自警団を立ち上げてくれてから数日間、今まで頻発していた小さなトラブルは全く耳に入ってこないほど少なくなっていた。やはり、竜人というのは見た目が見た目だけあって、やんちゃな冒険者に対する高い抑止力となっているようだ。今までアイリスの私兵だけが取り締まっていた衛兵の仕事もスムーズに進行するようになり、冒険者以外の商人や職人さんたちも安心して暮らせる場になってくれたと思う。治安維持に冒険者と自警団を棲み分けさせる施策は、ひとまずの成功だ。そして…
「今日は、アイリス様が到着される日…」
アイリスの訪問理由は主に2つ…ひとつは『デオスフィア』だ。
シールドウェストの領主である彼女主導の元、フォマティクス国から我らがスターリム国へ寝返ったステロール子爵と共同し、石が持つ危険性とその秘密について、俺らが手渡した大量のサンプルを使い研究を進めてもらっていた。開拓地まで来るということは、これの成果がある程度出たということだろう
もう一つ、重大なイベントである戴冠式だ。アイリスの希望で、式は開拓地の来訪日に済ませようと伝令を貰っている
スターリムの伝統では、王から叙勲され相応の爵位を賜ると、お祝いとして戴冠式を行う決まりがある。この式は一風変わっていて、爵位を得るに至った際に最も親しい先達が式に出席する。俺の場合は、シールドウェストの冒険者生活でアイリスとの関係を築いてきた。つまり俺の頭へ冠を捧げてくれるのは、アイリスということになる。
俺の中では、重鎮たちが勢ぞろいしたうえで、錚々たる人物に囲われて行われるものだと思っていたから、これを知ったときは驚いた。しかし、名も知らない面識もない人からお祝いされても、どう反応して良いか分からないし、心からお言葉を受け止めることはできそうになかったから、それはそれで助かったとも思っている。
王への忠誠を尽くす儀式も、王に謁見したときに終わらせてあるから、あとは親しい人と祝いなさいということなんだろう。
…領主となるうえで、親しい人が身近に居ない場合ってどうなるのだろうって考えたが、それも込みのテストなのかもしれない。そうだとしたらあの王のイジワルさが俺の中で更に突き抜けてしまいそうだ。
周りは強い魔物しかいないうえ、特産品も何もない場所を統治しなさい。なんて、最初聞いた時には何かの罰ゲームだと思った。王は何を考えているのだろうかと
今でこそ、周りの助けがあって形になってきているのだ。…これも王のテストだと思うと……いや、さすがに邪推か
「サトル、入るわよ」
冒険者時代のフル装備なカルミアが入ってきた。刀も予備を含め3つも帯刀している。久しぶりに見るが改めて見ると本当に強そうだ。彼女と共に歩けば、なるほどAランク冒険者だと言われても納得する
「カルミアさん、その格好…久しぶりじゃないか?すごく似合っているよ」
カルミアは少し顔を紅くし、自身の体を捻ってはつぶさに確認している
「…そ、そう?今日はサトルの大切な日だから。しっかり守らないとと思って…ヘン、かな?」
「いや、変じゃないよ。格好良いし、きれいだ」
「……そう」
「…」「…」
互いに見つめて、少し悪くない雰囲気の沈黙が続く
しかし、雰囲気をぶち破るように新手が現れた!
「やー!サトル~~~!戴冠式の舞台の準備できたヨォ~!」
ドカっと扉を開けてきたのはやっぱりサリー。しかし、彼女も今日の格好は冒険者スタイルだ。ローブはいつも通りだが、袖の間から見え隠れする特性の鎖帷子。腰にはポーチと各種ポーションが装備されている。そして装飾過多の杖だ…装飾部分はいつの間にか修理+改悪?したようで、木彫りのゴブリン顔がくっついていた。
「おおお!?お、おぅ…そうか。助かった」
「うン!それに、丁度オヤジもきてル!お花ちゃんもいるヨ♪設営は急だったから、ドワーフのおじちゃんたちが助けてくれたけド、そこでお花ちゃん大活躍!大きい資材もどんどん運ぶから助かっちゃっタ」
俺とカルミアは咄嗟に顔をそらすが、それ自体に違和感しかない。しかし、サリーは気にせず身内の話をマシンガントーク。ここに来たのがサリーでなんとなく助かった気持ちになった
「お花ちゃんってのは、サリーの故郷においてきた…生命力が極端に強い青い花…だったよな。たしか、サリーが錬金術で突然変異させて、生き物のようになった植物…」
「そう!あの子、歩けるようになったんだヨ~♪根をうまくつかって、人みたいに歩くのヨ♪」
「ふんふん…まぁ、植物が歩けるように……いや、歩く?え?」
…これ以上聞かないようにしよう。そして、魔物と間違われて討伐されないように、今後配慮しなければ…頭が痛くなってきた
ドタドタと走ってくる音が聞こえる。
俺の部屋手前でその音は止み、イミスが顔を出した
「あ!やっぱりここにいた!そのせいで朝から大混乱よ。サリーちゃん、事前に教えてくれないと困るわよ?ウチがどれだけ町中の冒険者たちを説得したと思っているの!」
サリーはどうやらイミスに追われていたようだ
そしてイミスの姿も冒険者スタイルだ。巷で大人気のゴーレム式装備の製作者であり、彼女自身もゴーレム武器と防具を身に着けている。ただし、出力性能は一般販売品とは比べ物にならないだろう…
「僕とイミス姉さんが協力しなければ、今頃あの冒険者たちは青い花の栄養になっていただろうね…」
音もなくふっとフォノスが現れてサリーへと追いうちの一言
サリーはどこ吹く風といった具合に口笛をふいている。ただし口笛は得意ではないようなので、ふけていない。かわいい。
なんとなく話していたら、いつの間にかパーティー全員が揃っていた
そして、皆楽しそうに笑って話をしている
そうだ、俺はこういう居場所を作りたい。そして、ずっと守っていきたい。
だから俺は領主になるんだ
「丁度いい、皆でいこう。アイリス様をお迎えして戴冠式を行う。皆は俺の横についててくれ。そして、見ていてほしい」
ガルダインに作ってもらっていた、少し背伸びしたとも思える豪華なローブを身につけた
「さて、行こうか!」