領主編 49話
「あ!サトル様ですの!」
リンドウは待ってましたと、満面の笑みで走り飛びついてきた
俺は彼女の体を上手くキャッチし、ついでに3回転ほどさせて下ろしてあげる。視界の隅にチラチラと目に入る暑苦しくもたくましい竜人ブートキャンプが俺の現実逃避を加速させた
「や、やぁ…はは。何しているの?」
「今は里の男たちを鍛えていたところですの」
竜人の男性は竜人の女性とは体の作りが異なる。体躯はヒューマンの平均的な男性よりも大きく、肌を覆う鱗は全身に、尻尾は太く逞しい。元々閉鎖的な種族ではあるものの、鍛え上げれば一人ひとりが精鋭になれるほどの才を持つが…
「そうか。でも、どうして皆で鍛えているんだ?冒険者でも始めるのか?」
「私達は、サトル様のお役に立てるよう鍛錬をしていますの」
「俺の…?」
「この場所は魅力溢れる地ですの。ですが、現状は冒険者以外で町を自衛する手段がありませんの。そこで、私達はサトル様が治めるこの地を守る、自警団を結成し貢献しようと考えましたの」
…確かに、最近は開拓地も大きくなり、住宅地内外でチラホラとトラブルが目立つようになってきた。先日の錬金術店の炎上事件もそうだが、その他にも冒険者同士の諍いや酒場での食い逃げなどなど…。そういったトラブルに対処できる存在が必要になってきている。
冒険者は強いので魔物狩りや鎮圧には向いているが、常に町に常駐している訳では無いし、小さなトラブルを解決してもお金がもらえるわけじゃない。統治者として、自由をモットーにする冒険者へボランティアを頼むのも違うだろう。こういった治安維持は自前で自警団を用意していたほうが効率が良いし、折り合いがつけやすいのだ。
それを知ってか知らずか、リンドウたちは開拓地の自警団となるべく鍛錬をしていたと
「なるほど…自警団の結成か。それは願ったりだが…皆はそれで納得してくれているのか?その…里の件もある。皆ドラゴンが里から離れたら帰っちゃうんじゃないか?」
ドラゴンが竜人の里に住み着いてしまっている現状はそれで良いだろうが、彼らが里に帰ってしまって自警団がごっそり消えてしまう。という事態は避けたい
「問題ありませんの。ここに居る者は、皆サトル様に感謝しているのです。長も、サトル様のためであればとお許し下さいました。本格的に移住を考えている者だけを集めております。もちろん、里を捨てるということではありませんの。我らが竜が里から離れた後、たまには里帰りすることをお許しいただければ…」
あくまで本拠点をここに、たまに里帰りするなら良い…か。既に話を決着させていたようだ。
「そこまで皆で話し合っているなら、俺から何か言うことはないよ。この地のために、君たちの力を貸してくれ」
「はい!必ずやお力に」
リンドウは片膝をついた
何時から話を聞いていたのか、いつの間にか竜人の男衆もリンドウの後ろに控えており、同じように片膝をついて決意を態度で表明する
…たくましい味方がついてくれたな。見せたいものってこういうことだったのか。そうと決まれば彼らの装備と詰め所なんかも決めていないとな…今はアイリスの私兵が衛兵代わりに頑張ってくれているし
と、噂をすれば何とやら…アイリスの私兵が慌ててこちらへ走ってくる。息も荒く服は乱れていた。
「サ、サトル様!」
「何かあったのですか?」
「は、はい!」
私兵は息を飲み、どうにか呼吸を整えて報告をする
「また武具屋の奴らが言い争いしてまして、今日は特に喧嘩がひどく周囲にまで被害が出ています。我々たちでは手に余るので、どうにかお力添えをと…」
…カルミアたちにお願いするか?
「わかった。それでは―」
リンドウが制し、間に立った
「サトル様、ここは私たちに任せてはもらえませんか。まだ正式ではないものの、自警団の初仕事として、役に立ってみせますの」
「まだ装備も何も用意していないが、危険じゃないか?」
「危険に対処するのが、自警団ですのよ!私たちを見ていて下さいまし」
「あ、あぁ…」
リンドウは振り返り、男衆を鼓舞する
「サトル様からいただいた初仕事です!わたしたち竜人が戦いにおいて、いかに優れているかを見せるときなのです!」
リンドウの呼びかけに一斉に「おう」と声を揃え、武具店に走っていった
アイリスの私兵はぽかんとしている
「あ、あとで説明するよ…とりあえず追いかけよう」
「は、はい!」
俺たちもアイリスたちの後を追った
・・・
武具店の前で武器を抜き立会うニ名
その二人を囲むように野次馬がリングをつくっている
「ふざけんなー!」
「お前がふざけるな!」
かけあいが端を発して、お互いの武器を打ち合う。激しい剣戟は火花を散らし、地面をえぐり、野次馬を沸かせる。道行く人はそれが通行の邪魔になって、更なる混乱を生んでいた
「パーティーで稼いだ金は全部ラグナ重工で使うって話だったじゃないか!うちには火力が全然ない!あとミラージュは流線的なマークが嫌なんだ!男らしくない!」
「重くリーチの長い剣はダンジョンには向かない!ミラージュが一番合理的なんだよ。それに重工のマークは無駄にゴツいイメージがあって好きじゃない」
そう、最早名物化しつつあるどの武具屋が良いかの言い争いだった。今回も例に漏れず、どちらのタイプが良いか言い争い、剣を交えるまでに熱く発展してしまっていた。武具屋の武器や防具はかなりお高めの値段に設定しているので、ひとつのパーティーで全員分揃えるのは難しい。そこで意見の食い違いが出てきてしまうのも往々にしてあるが、これによる喧嘩が見世物…名物化しているのだ。オーメルが話題に入ってこないのは、彼らの武器はちょっと独特だから明確に差別化できている…というのもある
野次馬も呆れと娯楽の半々といった具合で、良くも悪くも傍観に徹している
「おいおい、またかよ」「今日の喧嘩は激しいな」「俺はラグナ重工が好きだからそっちを応援するわ」「僕はミラージュだね。美しさが足りない」
ガンガンガンと二人の頑固な剣士が武器をぶつけ合う中、野次馬をかき分けるように竜人族の女性が現れた。リンドウだ
「両者、そこまでです!ただちに剣をおさめなさい」
しかし、冒険者の剣士ニ名は一歩もひかず、抜刀したまま睨み合いを止めない
リンドウは重ねて警告を続けた
「これ以上は通行の邪魔になりますの。それに、武具屋の皆様にもご迷惑おかけしておりますのよ。好きなお店をひいきにするのなら、せめて邪魔にならないところで喧嘩をするべきではなくって?」
「うるせえ!これは男の戦いだ!」
「然り、竜人族の女よ。そこで決着を見届けろ」
リンドウの警告はニ度にわたり無視され、剣士共は喧嘩を続行する
「そう、ですのね…致し方ありませんの。サトル様の名の下に、お二方とも捕縛させていただきます!…フォティア!」
『仕方ないなぁ~』
リンドウの声に応える。どこからともなく赤き光の珠が無数に周囲へと広がった。そして、汗が吹き出るほど気温が上昇していく
リンドウが契約している炎の精霊。精霊の力は自然そのもの。故に自然災害に匹敵するほどの威力を持つが、リンドウの目的は相手を消し炭にすることではない。身体能力を引き上げるために召喚したのだ
「スピリット・オブ・イラプション・ストレングス…」
炎の精霊を身にまとった赤き竜人の巫女はどこか神々しさすら感じる。詠唱を終えると、フォティアの力がリンドウの右手に集約した。
「…参ります」
場違いなほど優美に会釈したリンドウは右腕を振りかぶり、ぽかんとしている二人の剣士へ詰め、剣を無造作に殴り飛ばした
剣は何時間も熱されたように真っ赤になって刀身から一瞬で溶けてしまった!
「う、うわあぁああ!?」「な、ななな!?」
二人の動揺に目もくれずに淡々と竜人の男衆に命令するリンドウ
「捕縛してくださいまし!」
「おう!」「任せろ!」
リンドウが参戦してからは一瞬で事態が片付いた。二人は捕縛され、アイリスの私兵と共に仮の詰め所へと連行されていった
動揺しまくる野次馬に目もくれず、遅れて到着した俺に向けてリンドウは口元を赤き手で隠し微笑む
「サトル様、自警団の初仕事、完了ですの♪」




