領主編 48話
* * *
スターリム王都
貧困街のボロ屋。場に似つかわしくないほど上等な服を纏った主は、腕を組み木箱の上で貧乏ゆすりを続ける。
「それで…首尾は?」
「それが…その……ウィリアム様、落ち着いて聞いてください」
同じく、場に合わない執事服を着用した老紳士は主への報告を言い淀む。それが、主のイライラをより加速させた
「聞こえなかったのか?首尾を聞いているんだ!」
バン!
近くにあった手頃なガラクタを地面に叩きつけて己の怒りの尺度を顕にする主のウィリアム王子。老紳士はビクつきながらもどうにか報告をするため、口を開いた
「ひぃ…ほ、報告します。予算金貨900枚で悪漢やならず者、お尋ね者を雇い、サトルが進める開拓地事業に妨害するよう仕向けました。結果は、開拓地に向かうまでに魔物に襲われた者が続出……運良く開拓地に到着したのは、その……二組だけでした…。道中の魔物が強く、油断して護衛をお供しなかった者たちばかりです。一組は女性の護衛を持ったノームの男、護衛が優れているようで、開拓地まで無傷で到着したようです。もう一組は金貨を使用し、Cランク冒険者を雇って、負傷はあったものの堅実にたどり着いたようです」
報告がよほど堪えたのか、ウィリアムは無言で立ち上がり何度も同じ場所を行ったり来たり
「くそ…金貨をどれほど使ったと思っている。使えない犯罪者共め…。まぁいい。それで?」
「開拓地に潜入を続けているこちらの手の者による報告ですと、一組は開拓地に到着するや否や、あらゆる妨害の任を放棄し、町を堪能したあと、そこへ定住することを決め込んだようです。Cランク冒険者との女性と恋仲になったのが原因らしいのですが、詳しくは…。もう一組は、こちらのシナリオ通り、冒険者ギルドの者に扮して暗躍を試みたようですが、そこから一切の足取りを掴めなくなりました……恐らく、その…逃げたかと」
「くそが!冒険者ギルドへの内通にも多額の金を投資したのだぞ!!どいつもこいつも、僕を馬鹿にするばかりだ!何故だ!何故僕ばかりこんな目にあうのだ!?」
怒りが頂点に達したのか、手頃な木箱を蹴飛ばすウィリアム
自ら手を汚すことない作戦だったが、雇った者は所詮ならず者。約束を律儀に守る器量など存在しなかったのだ。ウィリアムの穴だらけの作戦は、みごとに金貨を食いつぶされるだけで終わってしまう
「はぁ、はぁ…もう…いい。最初から、ならず者に期待などするべきでは無かったのだ。僕が直接手を下す必要がある。おい、フォマティクス国の…奴と連絡を取れ」
「…!?あ、主様、そ、それは我が国への―」
「二度は言わんぞ」
ウィリアムは冷たく見下ろすだけだ
「…承知いたしました」
老紳士は、暴走を始めた主に従う他選択肢が無かった
* * *
「今日の天気は…晴れっと」
最近は雪も落ち着いて気温が上がってきたこともあり、外で過ごしやすくなった。今日は、リンドウから良い提案があるとのことで、これから空き地兼練兵場で会う約束をしている。
…準備もよしっと…約束の場所が練兵場ってことは、兵站に係わることだろう。リンドウたちは、突如里にやってきたドラゴンの影響で、里を出るという大きな決断をしたばかりだ。できる限りサポートをしていきたい。…もちろん、この開拓地に住んでもらう以上は、何かできることをやってもらいたいと思っている。だが、具体的にはまだ何も決めていなかった。今回は、彼女なりに何かできることを見つけてくれたのかもな
準備を終えて、練兵場に向かう。道中、武具屋の商店街スペースを抜けるが相変わらずの繁盛だった。冒険者の数も増えてきており、日中は武器防具をあれこれ試したい者が集っている。試し斬りスペースでは常に一定の冒険者がたまっており、ちょっとしたパーティー勧誘だったり雑談や情報交換の場として利用されているようだ。…まぁ、試し斬りスペースであれば冒険者同士の腕試しにも丁度良いのかもな
武具屋3店舗の横には、新たに大型の施設をドワーフ組が中心となって建設中だった。そう、これは冒険者ギルド!武具屋の隣にはもってこいの施設。ギルドマスター代理の件はまだ片付いていないが、誰か信用できる仲間はいないかな…?そういえば、ハルバードウツセミを本拠点にしているオーパスには戦からまだ会っていない。彼にもしっかり礼を伝えたいところだが…
そんなことを考えながら歩いていると、練兵場まで到着した。
練兵場と言っても、ほぼただの空き地である。一定間隔に配置された木人や、俺が考案したトレーニング器具、武具店の失敗品を刃を潰して置いてある程度…今はろくに整備していないので、鍛錬は空き地を使ってもらっているが、ここも整備しておきたいな
今日は、リンドウを中心に竜人の男たちが重りを剣先につけて素振りをしているようだ。リンドウは前衛タイプじゃないから、錫杖を持って瞑想しつつも素振りの監督をしている…今、声をかけるのも邪魔しちゃ悪いので、ちょっとだけ様子見だ
瞑想を終えたリンドウは錫杖を上げて、素振りを続ける竜人のたくましい男たちに鼓舞する
「今日はキッチリあと千本!やりますのよ!私たちが恩人たる竜の祖、サトル様へお返しできるのは、日々の研鑽と開拓地の治安維持に貢献することが最も重要ですの!」
リンドウの鼓舞に、男共は声を揃え、おう!と空に響く声で応える
「あまいですの!あまあまですのよ!ほらそこ!脇がガラガラですの!」
リンドウが錫杖でビシっと、筋骨たくましい竜人をしごく
「おうさ!リンドウさん!サトル様のためにも、ここで立派な強い兵になってみせるぜ!」
「よろしいですの!追加で百本ですの!」
「おう!」
そこでは、男共の汗水ほとばしる、謎のリンドウブートキャンプが行われていた。
…リンドウが見せたかったのって、これ…??
俺は何も見なかったことにして踵を返すが、判断が少し遅かったようだ
「あ!サトル様ですの!」




