領主編 45話
「ふぅむ…」
偉そうなノームの監査官は、何か言いたげに周囲を見回しつつ道のりをゆっくり歩く
「監査官さん、どうかなさいましたか?」
「なに、大したことではないですよ…ウヒョヒョ。領主共々、なんともみすぼらしい開拓地だろうと思っていたところです」
…なんだコイツ
門前での騒動、唐突すぎる不適切な発言、どう考えても喧嘩売っているようにしか感じない。しかし、ここで挑発にのってやる必要はない
「はぁ、左様ですか」
「村の規模よりもずっと栄えているものの、まだ町と言えるほどの大きさは無いようですな!それに、見るものと言えば武具店と少し毛色の変わった薬を売る店くらい…これで飯がマズければ、天下の冒険者ギルドを誘致などさせられませんなぁ!」
腹立たしいが、確かに見どころは少ないかもしれない。お世辞にもまだまだ町を名乗るには施策が必要だ
「ギルド誘致後、戴冠式を始めた後のタイミングにはなりますが、実は娯楽系に特化したプロジェクトを企画しています。冒険者向きの町にはなりますが、心の充実もさせられるような町を目指していますよ」
「…ッケ」
監査官は相手にされなかったのがつまらなかったようで、それ以降口を閉ざした
しばらく歩くと酒場に到着する。この酒場は最近できた開拓地唯一のものだ。名物はイエティ焼きだが、時期的な問題があり今は出せない。しかし、それ以外の味だってかなりのものである。
店を構えたコックは口数が少なく、わざわざ開拓地まで来て酒場を持つことになった来歴についてはよく分かっていないし、当人の口からも、その手の話題は一切喋ろうとしないが、はぐれ冒険者やリハビリ中の冒険者をウェイトレスに雇うなど人情のある人物らしい。俺が開店直後に出向いたときは、たしかに冒険者っぽい給仕がいた。
「監査官さんと護衛の方。こちらが開拓地で一番美味しい料理を出してくれる店です」
監査官は首をふって、愚痴ろうという姿勢だが
「…ただの酒場じゃないですか。全く――」
……コクコク
護衛の女性は余程お腹をすかせていたのか、何度か頷いた後、監査官を放置して酒場に入っていった。
「あ!こら!サザ……わたくしの護衛!勝手な行動はいけませんよ!ウヒョー!」
慌てて監査官は護衛を追いかける
二人の間の抜けた行動を見届けたあと、俺も後に続こうとするが、そこでカルミアは優しく諭すように言った
「…サトル、いつまで付き合ってあげるつもりなの?」
「いつまでって…冒険者ギルドを誘致できるように、できる限りのことはするよ」
「…そう。心配だから、終わるまで側にいる」
・・
酒場で出された料理はどれも絶品だった
監査官と護衛の皿はタワーのように高く積み上がっている
接待ということもあってか、一番広いスペースを給仕が確保してくれた上、コックが自分用にと確保してあったイエティの肉まで出してくれたのだ。急な来店だったが
「うちの給仕が世話になったそうで…礼になるかはわかりませんが」
と言って、腕によりをかけ料理をふるまってくれた。…コックは噂通りの人情家さんだね
俺は監査官にちょっとアピールしてみる
「どうです?発展途上の町で、ここまでの味を出せるというのは。これは優秀な冒険者が極上の肉を提供している裏付けにもなりますよね」
監査官のノームは悔しそうにプルプル震えながらも、フォークを動かす手は止まらない。口元を隠してい布を上手に除けて料理を一心不乱に食べている。余程腹が減っていたのかも
「まっふぁく…嫌らしいアピールです!こんな料理…こんな料理…あぁ、うまい…いやうまくない!いやうまい!…くそ!ウヒョー!でもうまい!」
「ずっと逃亡生活だったからな、久しぶりに肉食ったぞ!ほらみろ!この肉なんぐふぇ―」
食べまくっていた護衛が口を開いたと思ったら、突然、監査官が殴りつけて喋るのをやめさせた
「逃亡…?」
監査官は慌てて護衛の手を引いてその場を離れようとする
「と…逃亡していた盗賊を追っていたのです!そんな生活が続いてたもので!」
監査官が盗賊を追い回すことなんてあるのだろうか
「な、なるほど…?ところで、どちらに?」
疑いの目を向けていると、次第に顔色を悪くしている監査官
「わたくしの護衛が長旅で疲れが出ているようです!泊まれる場所を探そうかと…ウヒョヒョ」
護衛は手を引っ張られているが全くピクリとも動く気配がなく、テーブルのイエティ肉に無言で食らいついている
…モゴモゴモゴモゴ
「えぇと…元気そうですね……?」
監査官は両手と体全体を使って、護衛を席から引き剥がそうとするが、すごい粘着剤で固定されたように動かなかった
カルミアは呆れ顔で護衛を見つめている
視線に気がついた護衛はカルミアに残りの肉を差し出す
「ほら、食うか?お前は昔から細いからな」
「…私はいい」
呆れ顔のまま首をふった
「そうかそうか!では遠慮なく残りも姉であるわたぐふぁあ―」
監査官は会心の一撃を護衛に加えて物理的に黙らせて指図してきた
「こら!これ以上喋るな!作戦に失敗したらどうする!ウヒョー!!サトル!はやく宿に案内しなさい!」
…すごく既視感を覚えるニ名だ。特にノーム
監査官はご立腹のようだから、良い宿を案内してやろう
「わ、分かりました。開拓地で一番良い宿を案内します」
町の名物となった3種類の武具店の近くには、ドーツクが斡旋した商人の何名かが宿をやっている。俺の希望で、ドワーフ組には特に気合を入れて建ててもらった自慢の宿だ。その分値段もお高めの設定だが、幾つかの部屋はスイート志向にして質を可能な限り高めている。元々、アイリスなどの領主の客を想定した場だったが、この場所であれば満足してもらえるだろう




