領主編 41話
その日の夜、誰も居ない錬金術店の周りを彷徨く者が数名。サトルの想定通り、老紳士と、その関係者と思われる者が現れた。しかし、現場にはサトルもサリーも居ない。屋根からフォノスがひとり、監視しているのみだ。
「ここで間違いないか?」「あぁ、この店だ。店主は必ず例のポーションを持っているはずだ」
「どうやって忍び込む?」
「蹴破って、奪ってすぐにずらかる。それしかない」
「多少騒ぎになるが…致し方ないか[ファイア・ボール]!」
ゴォオオ!
強盗の一人は、魔法で扉を破壊し侵入に成功する
「よし、すぐに奪ってずらかるぞ。とにかく目につくものは全て奪え!」
「おう!」「ああ!」
「全く、大人しく渡しておけば店を燃やされずに済んだものを…」
老紳士は店の中を一瞥すると肩をすくめてみせる。その表情は、破壊を愉しんでいる者の顔に豹変していた
店内は来店したときよりも品物が少ない気がした。しかし、薬草も低級ポーションも数があり、キレイに並べてあることから、あまり気にはならなかった
「おい!これ!」
店の奥には金ピカな金庫が『これを見よ』と言わんばかりか誇らしげに配置してあった。老紳士は若干の違和感を感じ取ったが、気にせずに指示を出した
「目につくものは全て奪えと言ったはず―」
「でも、これ…重くて運べねえよ!!」
「…仕方ないな」
老紳士は金庫を調べる。魔法陣式のロックがかかっているものの、かなり低級で老紳士の魔術でも解除可能なレベルだ
「…フム」
老紳士は魔法陣の式を解除し、難なく金庫の扉を開ける
「おぉ、さすがだぜ」
「この程度、子供だましのロックだ。開発にお金をかけすぎて、肝心な防犯対策はいい加減…といったところか。錬金術の店主には同情するが」
中を確認すると、老紳士が手渡されたものとは濃度が段違いの魔力を感じるポーションがひとつだけ入っていた。セットで、レシピと使用方法が記載されたメモがついている。
「ははは、これだ!見れば分かるほど段違いな魔力を感じるポーション…これに違いない!…なんだ、あるじゃないか……あるじゃないかあ!」
ポーションをかかげて狂気の笑みを浮かべる老紳士
「おい!人が集まってきたぜ、あと…火の勢いが強くてこれ以上は無理だ」
「フム……仕方がない。このあたりでずらかるぞ。目的は達した」
「おう!」「あい!」
燃える音に混じり、不自然な音が響く
ギリ……ガリガリガリ
「ん…?今変な音がしなかったか?」
「いや、何も聞いていない。それよりもはやくしろ!置いてくぞ!」
「あ、あぁ…そうだな」
老紳士含め強盗一行が店を出て、開拓地から逃走する頃には店全体が燃え上がるほど火の手が回っていた。
その様子を最初から最後まで見ていたフォノスは独り呟く
「あ~あ、お兄さんの予定通りとは言え、荒らされるのを我慢していたら、つい指に力が入りすぎて屋根を壊しちゃったよ…あとでドワーフさんにお願いしなきゃ。この恨みは必ず……必ず。フフ」
先程の不自然な音は、一体何だったのか。彼らは知る由もない。知らない方が、今は幸せだろう
・・
翌日の朝
今日の俺の家のリビングは、薬草臭で漂っていた
「――ってことで、奴ら、サリー姉さんの店を燃やして逃げたよ」
「ありがとう、フォノス。君の裏取りのおかげで、被害を最小限にしたうえで、相手に偽のポーションと偽の情報を渡すこともできた。これでずっと楽に時間が稼げる。やつがフォマティクスなら、一度国に帰る必要がある。この間に、開拓地の防御を固めることもできるし、戴冠式も予定通りできるはずだ。本当にお手柄だ!」
そう…これは、事前に仕組んでいた流れだ
老紳士は何らかの思惑があって、サリーのポーションを狙うことは分かっていた。だから、目の前に分かりやすい『標的』を作ってやったのだ。金ピカの金庫を使ってね
彼らを害すれば、帰ってこないと判断した時点でバックにいる者が必ずいちゃもんをつけてくる。俺たちは今、大事な時期でそんなことにかまっている暇はないのだ。だから。目標を達成したと思わせておくほうが、今は都合が良い。
サリーは首を傾げる
「ね、サトル。どうしテ、金ピカの箱に魔力を込めたポーションなんて入れたノ?カウンターの上とかじゃダメだったノ?」
「ダメじゃないさ。でも獲物が『分かりやすい』のは『狙わせる』上ではとても重要なことなんだ。勘違いとは意図的に作り出すことができるものだからな。宝物は、宝箱に入っててこそ意味があるんだ」
「…?」
あなたが男性のひったくり犯だったとしよう。5メートル目の前にはターゲットの女性。事前にお金を持っている日を知っているから、あとは盗るだけだったと仮定しておく。人目もそこそこあるから時間はかけられない。チャンスは一度切りしかない場合だ。
ターゲットは子連れで、子供はまだ小さく手をつないで一緒に歩いている。女性は開いている手に高級ブランドバッグを持って、スーツ姿だったとする。
対して子供はよだれが乾いたような服に、派手なピンク色でキャラ柄のリュックを背負っている。リュックからはウサギのぬいぐるみが、チャックの隙間から半分飛び出している。音のなる靴まで履いていたとする。
では、犯行開始だ。……となった場合、まずは何を盗るだろうか?
大多数の人間は、まず女性のブランドバッグをひったくって逃走する。という選択肢を取るだろう
用心深い者であれば、逃走中に軽く中に財布が入っているかチェックするかもしれない
サイフまで入っていて、ブランド物であれば安心するだろう
ウサギのぬいぐるみを詰め込んだ、子供用のピンクのリュックを盗るという選択肢は、取らない。いや、必然的に取れないのだ。
確認をしたわけでもないのに、大したものが入っていないと、自分自身で勘違いをするからだ。
チャンスは一度しかない場面で、人は誰しも、可能性という名の常識の檻へ自ら枷をつけてダイブするのだ。もちろん…頭のキレがずば抜けた例外もいるが
だからこそ、分かりやすい標的が必要なのである。
『盗られた』のではなく『盗らせた』のだ!
「ま、金ピカの金庫や、低級ポーションの在庫はダメになっちゃったけど、替えのきかない本命が守れたから御の字ってね」
俺は懐から『本物の』四肢欠損回復ポーションを取り出してウィンクしてみせる
「あ!アタシのポーション!」
「お兄さん…それって……じゃあ、おじさんたちが盗んでいったものって…?」
「あぁ、あれはね……下剤だ。それも、ただの下剤じゃない。サリーさんが、半日も魔力を注ぎ込みまくった史上最強の下剤だ。一緒に入れたレシピには同じ下剤のレシピと、使用方法は毎日一滴ずつ飲むように書いてある」
フォノスは首をふった
「お兄さんって、僕より容赦がないね」
「そんなことないさ。老紳士へ最初に渡した一度限りのポーション、あれの効果は本物だ。主様とやらが本当に存在する可能性もあったから、保険で渡してある。もちろん、一度限りだから模倣は難しいし、できたとしても、量産を前提とした活用は難しいだろうけど」
「じゃあ、おじさんたちは、既に目的の物を手に入れていたのに、それを知らず、下剤のために命をかけて強盗していたんだね…」
「そういうことになるね」
…最も、あの調子じゃあ一度限りのポーションは捨ててしまっただろうが
苦労して手に入れたポーションを自らの手でダメにしたうえ、下剤の違和感に気がつくまで、彼らは、いや…彼らの依頼主は毎日眠れぬ夜を過ごすことになるだろう……いやあ。ほんと、勘違いって怖いなぁ