領主編 40話
自宅のリビングでくつろいでいると、フォノスが音もなく現れた
「お兄さん。やっぱりあのおじいさん、黒だったよ。取引相手の会話内容だけど、僕でも完全には聞き取れなかった。魔法か何かで遮断されてしまったみたい。でも、真っ当な使い方をするようには見えなかったね」
「そうか……」
あのおじいさん…とは昨日サリーの錬金術店にやってきた老紳士のことだ。主様のため…という名目はあったものの、どうしてもポーションを持って帰ろうとする動きが怪しかったので、フォノスに頼んで情報を収集させてもらったのだ。
「言われた通り、放っておいたけど…本当に良かったの?お兄さんを利用する悪い奴らなら、僕が全てキレイにしてくるのに」
フォノスは不満そうだ
「気持ちだけ受け取っておくよ……ありがとう。ところで、老紳士の取引相手の姿は確認できたかい?」
「姿も全身黒ローブで全然分からなかったよ。おじいさんと話した後は、すぐ開拓地から出ていったよ。捕まえてくる?」
「…いや、泳がせておこう。よく頑張ったね」
フォノスの頭をなでてやると、幾分か安らかな表情になった気がした
「お兄さんが、そう言うなら…本当に大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。想定通りだよ。効果が効果だからね…武具もポーションも、良い人間だけに出回るとは思っていない。おそらく、フォマティクス国絡みだと思う。技術漏洩を阻止することができない以上、出回った場合にどう対処するかは考えてあるさ」
開拓地の都市化計画のための客寄せが目的とはいえ、武具は単体で強力な力を持っているし、ポーションは数を揃えればどんな数的不利の戦局も覆す神具になるだろう。できれば人助けのために使って欲しいが、その全てを用途までコントロールするのは困難だ。今回の老紳士のような、得体の知れない者だっている。だからこそ、対策は十分にとっていく必要がある。
「…後ろ暗いフォマティクスの好きにはさせない」
「僕はおじいさん周りの諜報を続けるね」
俺は、その日のうちにサリーに方針を伝えておく
・・・
翌日、錬金術店に老紳士がやってきた
「こんにちは、お嬢さん。例のポーションは…売ってもらえるのですかな?」
丁寧に帽子を取ってお辞儀する仕草には、何処となく焦りや苛立ちのような雰囲気を感じ取れる
「いらっしゃイ!用意しているヨ!はい、コレ」
サリーはカウンターに一本のポーションを置いた。ポーションは青く透き通った色をしており、差し込む光に反射して輝いている
「おお…これが……感謝いたします」
老紳士はポーションを手にとって大事そうに鍵付きの箱へ入れた
「…使い方としては一滴ずつ使うということで間違いないですかな?」
サリーは首をふった
「違う、あれはゴブリンで試したかラ、一滴で良かったシ、効果は安定していタ。人に使う場合はそれ全部使うヨ。その実験を兼ねテ、被検体を募集していたかラ。何度もいうケド、そのポーション、まだ未完成だシ、アタシが見ていない場所で、適切じゃない方法で使っても効果は保証できなイ」
このポーションには危険性があるかもしれない。その可能性を暗に示す
それだけで、老紳士が宝物のように感じたポーションへの不信感が一気に増していく
安全性を高めるために、知識のあるサリーが患者へ独自の配合を加えて調整を行い、ポーションを使う。依頼内容はあくまでサリーの実験的側面によるもので、金品を対価に効果を保証する内容ではない。そんな当たり前のルールを折って頼み込んだのは老紳士の方だ。これ以上の我儘が通らないことは本人がよくわかっている。しかし
「依頼書には四肢欠損を治療できるポーションがあると、書いてありましたぞ!」
「うン、治療できる可能性があル。それだけだヨ」
悪魔の証明…。同じ錬金術師でもいれば対等に話し合いができたであろう。しかし、老紳士にこの手の知識は無かった。
「…くそ、もういい!」
老紳士は、態度を真逆に変えて勢いよく扉を開け大股で帰っていった
「…サトル、これでいいノ?」
サリーがカウンターの下を覗き込む。
実は俺もこの場にて話を聞かせてもらっていた
「あぁ、バッチリだ。あいつ、怒っていたな」
「うン、本当に主様がいたとカ?」
「いや、それは無いよ」
裏は既にフォノスがとっているからな。万一、老紳士が言っている内容が事実だとしたら、本当に困っていて治療の可能性が1%でもあるのなら、どんな成果でも喜んで受け入れるはずだ。進展がなければ、主様をここまで連れていく方法や、逆にサリーを出張させる交渉に踏み切るはずだ。次に、具体的な療養場所や主様とやらの名前を伝えるだろう。だが、そうはしなかった。ヤツのお目当ては治療じゃない。サリーのポーションの方だ。
「サリーさん、奴にフォマティクス国の息がかかっていた場合、きっと今夜にでもここへ押し入るはずだ。準備をしておこう」