領主編 39話
表向きには、サリーが四肢欠損のポーションを独自開発している設定だ。回復効果の程はゴブリンたちで立証済み。しかし、事情を知らない者からすれば、ポーションの実験は成功するか失敗するかも分からない。何の副作用があるかも想定できない。それでも噂を確かめにくるってのは、相当参っているか、他に目的があるのかのどちらかだ。
「フ~ン、分かっタ。で、そのあるじさまはドコ?」
サリーはキョロキョロと周りを見回すが、肝心の主様とやらは見当たらない
「我が主は足を悪くしております故、わたくしが薬を受け取りにきたのです。依頼内容を確認する分には、四肢欠損を回復できる薬はポーションか何かでしょう。それとも、特別な装置や持ち運びができない事情が?」
執事の言う通り、四肢欠損を回復するのはポーションタイプだ。傷口に一滴垂らすだけで、巻き戻したように手足が生えてくるシロモノ。手元には3瓶ほどしかストックがないが、一滴ずつ使用することを考えると、そこそこの量にはなる。効果が効果だけに、量産は控え安易にポーションを瓶ごと渡すのは避けたほうが無難だ。
在庫の管理は徹底し、可能な限り流通はしないほうが良いだろう。そんなものが噂に広まれば最後、この開拓地は…たちまち権力ある者によって捻り潰されてしまう。いくらカルミアたちでも、都市や国を相手どるのは時期尚早だ。現時点で希少価値が高く、流通が個人に委ねられているからこそ成り立っている。
「特にはないけド…う~ん、これは一滴ずつ使うものだかラ、瓶まるごと渡すことはできないヨ。それに、まだあくまで実験段階だシ、おじいさんのあるじを連れてきたら治してあげル」
うまく躱そうとするが、老紳士は食い下がった
「しかし…こちらは遠路はるばる噂を頼りにやってきました。道中の魔物がとても強く、護衛に雇った冒険者が何名かやられてしまった。可能であれば、その者たちも癒やしてあげたいのです。何より、長旅になります故、足を失った主様にはどうしても厳しい道のり…それをご理解いただきたい」
…サリーに助け舟を出してあげよう
「サリーさん、込み入った話みたいだし、俺はこれで失礼するよ」
俺はサリーにちょっとした合図をして、店を出る。部外者という設定の俺が留まるのも怪しまれるだろうから。……そして、すぐ店の裏に回る。
実は合図をすると、店の裏で落ち合うというルールを決めてある。非常時に備えて用意していたジェスチャーが役に立った
店の裏で待機していると、やがてサリーがやってきた
「サトル!在庫確認するって言って出てきたヨ!あのおじいさん、どうするノ?」
「うん…そうだね。治療対象が雇い主と冒険者数名と考えても、瓶ごと持って行きたがるのに少し引っかかる部分がある。泳がせてもいいけど、なるべく流通は避けたほうがいい。……そこで提案なんだけど、効果が1度限りの使い捨てポーションって即席で作れるかい?」
「うん、少し時間を貰えればできると思ウ!」
「ありがとう、あの執事の言っていた話が本当であれば、傷ついた冒険者たちはここに滞在しているはずだから、入用であれば直接来てもらうように促しておいてくれ」
「分かっタ!」
サリーには負担をかけてしまうが、ここは老紳士を警戒する方針でいこう。
…その後、サリーが老紳士へ伝えると、彼は苦い顔をして店を出ていったようだ。ますます怪しい
・・・
皆が寝静まった深夜。開拓地の宿で老紳士は何者かとコンタクトをとっていた
「えぇ、はい。…いえ…まだ入手していません。相手は少し待つようにと」
「な…も…し……今す…だ」
「はい、いざとなれば強硬手段を」
「なら…知らせを……るぞ」
「御心のままに…」
「…」
老紳士とコンタクトを取った者は、そそくさと宿から去っていった。
「さて…どういたしましょうか……」
残された老紳士は、ひとり宿部屋で思案する
宿の屋根裏からフォノスが盗聴していることにも気がつかずに