領主編 37話
「両者、そこまでだ!」
盛り上がりを見せていた場は、その言葉で静寂へと変貌。喧嘩の当事者も顔を見合わせ、喧嘩の仲裁をした者へ目を向ける
酒場の入り口には男女が一人ずつ。…なんか見覚えがあるような
すると客の一人が叫び、彼らの正体を明らかにした
「あ、あれは…ラグナーさんとマチルダさんだ!」
「なんだって!?」「あの二人、ソロで冒険者Cランクまで上り詰めたらしいぜ…」
客がガヤガヤと騒ぎ始める
ラグナーとマチルダと呼ばれた二人は、抜刀していた冒険者二名に無言で近づく。冒険者二名はなんだか気まずそうだ
「一体何事か!ここは鍛錬する場ではないだろう!」
ラグナーが叱り飛ばすと、おっさんは渋々武器をしまい
「だってよ…あいつが」
「うるせえ!でっけぇ武器扱うなら度量も広くいろ!狭量なやつがでけぇ武器使うんじゃねえ!」
ここまで耳がキーンとする声でおっさんを制すラグナー
ラグナーの方が100倍うるさい声だが、俺は潜入捜査中なのでツッコミはしない
マチルダと呼ばれた女性も、ちょっとだけ不機嫌な様子だ
「貴方も貴方よ?同じミラージュの武器を扱うなら、挑発されてもスマートに躱してみせなさいな?こんなことに武器を振るうなんて、ガルダインさんが可哀想だもの」
「はい…」
俺としてはもう少しバトルデータを取りたかったが、最終的にどちらかが勝ってしまうのも、片方のメーカーイメージが悪くなる。理想は3店舗とも、ライバル関係でそれぞれの文化を作っていくことだ。だから、適度なところで止めてくれたこと自体は助かった。…喧嘩を止めるためにカルミアなんて呼んだ日には酒場ごと更地に逆戻りさせてしまうことになりかねないから……。
この場はラグナーとマチルダの活躍によっておさめられた。
ちなみに酒場の弁償は、何故かラグナーとマチルダが払うと言って喧嘩の当事者には何もさせなかった。おっさんも女冒険者も申し訳無さそうにしていた
喧嘩を止めたラグナーとマチルダの活躍で、その日はずっと彼らの話でもちきりだ
調査を終えた俺も、そそくさと酒場を立ち去った
…よく考えたら、俺がイエティの肉を多めに貰っちゃったのが原因な気がしてきたが、気にしないことにした。
・・・
この喧嘩騒動以降、おっさんと女冒険者の確執は、そのままラグナ重工とミラージュの武器派閥を明確に作っていくキッカケとなった。それが顕著になったのがこの喧嘩の一週間後。
凄まじい勢いで発展する開拓地を楽しく散歩しているときだった
「サトル殿…ちょいとお話が」
「ん…?」
振り返って見てみると、ドワーフが二人。確か、休日は武具店の鍛冶をやってくれている人たちだ。今はシフト制で、それぞれが日替わりで3店舗を見ているはず
「どうしましたか?」
「…実はお願いがありまして、わしら武具の製造を当番制から固定制にしてほしいのです。わしはラグナ重工の鍛冶、こっちのはミラージュ『専属』で鍛冶がしたいのですよ」
もう一人のドワーフも強く頷いて
「どうにもラグナ重工の武器は肌に合わん。でかくて強ければ良いってのがどうにもな…仲の良い客もミラージュ側に多いしよ」
相談をもちかけたドワーフは、その言葉にムっとした
「お主はそう言うが、わしだって、ちまちましたミラージュの武具作りは楽しくないぞ。男のロマンを感じれぬものにあの武器の良さは分からないだろう。この間一緒に呑んだ奴もラグナ重工で世話になっている奴だった」
……う~ん。当番制でお願いしていた鍛冶だが、幾度剣を打っていく内に、同じ思想の客と仲良くする内に、ドワーフ組の中でも『好み』というか『志向』らしき気持ちが芽生えてきたのかもしれない。それ自体は何ら問題はないと思う
「現状、3店舗を当番で回している鍛冶場を固定化する。それ自体は構いませんが、他のドワーフの方たちの当番の調整は大丈夫なのですか?」
ドワーフは胸を叩く
「そりゃ問題ねえです!他の連中も、鍛冶場を固定するのには賛成でした!ブルーノーの兄貴にも許可は取ったし、兄貴もサトル殿が許可すれば良いってことでしたので!」
…これで、ドワーフ組の中でも明確な派閥ができる。思った以上に早い動きだ
そういえば…あまり話題に上がらないオーメル・テクノロジーはどうなんだろ
「なら問題ないですね。…ついでにお聞きしたいのですが、オーメルテックの鍛冶師、希望者はいるのですか?」
「もちろんです!一人だけちょっと無口で変わったやつが希望してます。3店舗とも、希望者のドワーフで固定できますよ!」
…オーメルテックは武具の発想がかなり独特だ。仕込み武器や義手、義足の武器化。鍛冶師や客層も自然とそんなタイプが寄り付くのかもしれないな。