領主編 36話
おっさんと女冒険者が、俺のカウンター席を挟んで睨み合う
「おい、俺はイエティ料理を食いてえんだ。譲ってくれねぇか」
「私だってこの一時を楽しみに今日頑張ったのよ?あなたこそ譲りなさいよね」
冒険者は戦うことが仕事みたいなものだ。己の欲を満たせなければどうなるかは明らかである。…特に食べ物が絡む場合は……
睨み合いから押しのけあい、やがて取っ組み合いに発展する
「なんだよ!譲れってんだ!」
「なによ…!?やるっての?」
二人の取っ組み合いを気にせず、肉を頬張る。……旨い。なるほど、人気があるのも頷ける
そして、おっさんは武器をひけらかし始める
「俺はラグナ重工の武器を使っている。この大剣を抜いたら最後、お前の冒険者生活は今日でおしまいだ。お前の爪楊枝みたいな武器じゃあ何もできないぜ」
おっさんは軽々しく大剣を素振りして威嚇。周りのギャラリーは見世物だと集まり始めて円をかくように囲い、煽り始めた
「いいぞー!やれー!」「俺もラグナ重工ファンだ!」「ぶったぎれえ!」
そんな外野もどこ吹く風か。女冒険者は表情を変えず細身の剣を抜いておっさんに剣の先を向ける
「私はミラージュの武器を使っているわ。これでオークを3体も倒したのよ。野蛮なオーク討伐はこれで4匹目になるのかしら?武器は力と大きさが全てではないの。オーク脳じゃ武器の優劣も分からないだろうけどね?」
「ヒュー!いいね!私もミラージュよ!頑張って!」「絶対こっちの武器のが強いって!」「突き刺せ!」
ギャラリーも無意識か意識的か、自身も使っている武器を持つ側を応援するように真っ二つに分かれた。ラグナ重工側とミラージュ側、お互いが武器の優劣をはかるように…
俺は肉を食べ終わり、カウンターから振り返って二人の様子を確認する。二人共武器を抜いており、今から戦うつもりのようだ
このようなイザコザは俺が意図した結果ではなかったが、予想ができなかったわけではない。あえて3タイプの派閥を作っている以上、喧嘩はつきものだ。これが切磋琢磨に留まれば良いのだが。…とにかく武器のリサーチには良いイベントと言えるので、止めずに観戦を決め込むことにしよう。
俺は農民の一人としてギャラリーに参加した。酒場のマスターは、双方から高い修理代をふんだくるつもりなのだろう。ニンマリした笑顔で決闘の行く末を眺めており、どこか楽しんでいるフシが垣間見える。…それで良いのか酒場マスター
「お!?この!今オークって言ったなよな!?お前、もう許さんぞ!決闘だ」
「あら、受けて立つわよ。オークさん!何度でも言うわよ、オークオークオーク!」
「こんのおおおお!?」
広い酒場の中央に陣取って、テーブルや椅子は隅に寄せられた。酒の注文が増えて酒場もウハウハのようだ
「さぁ、張った張った!『ラグナ重工』の武器使いか?『ミラージュ』の武器使いか?強いのはどっちだ!?」
…賭け事までやるのか。この世界はつくづく喧嘩が好きなようだ。もはや娯楽の一部として消費されている。
そして、この喧嘩でひとつ、興味深いことに気がついた。賭け事を仕切る者も、その者の帽子に金を入れる者も、戦う者ですら、皆…『武器そのもの』に注目している。ここで行われるのは、表面上はただの喧嘩だ。しかし、皆が知りたいのはきっと、どちらの冒険者が強いかではなく、どちらの武器が優れているかを知りたいのだ。
新進気鋭の広告塔、ラグナー、マチルダ、オーメルの3名が成り上がった立役者である武器。汎用型ではあるものの、話題の武器を使っている者同士の決闘となれば、武器が気になるのは仕方がないことだ。
異世界であるスターフィールドでは、当然ながら元いた世界である商品レビューや動画サイトなんて便利な仕組みや電脳世界は存在しない。だから欲しいと思った『商品を正しく知ることがより難しい』のだ。武器は単価が高い分、商品選びの失敗は今後の冒険者生活に直結する。成功事例から武具選びをするのは道理だが、それが3タイプもあると、悩んでしまうもの。
自身が命を預ける相棒選び…そう安々と買い換えられる値段ではない。値段については俺が施策として設営させた3店舗も例外ではなく、武具の中でもかなり強気の価格設定だからな…。
「おらぁ!」
先に動いたのはおっさんだった。大剣をまるで何も持っていないかのような速度で振り下ろす。酒場の床は派手にぶち破れた。
「遅いわね」
バックステップで躱した女冒険者は反撃。五月雨のように無数の突きを繰り出す。…これはゴーレムのアシストがなければ、常人では難しい動きだ。…うん、パワーアシストはたしかに冒険者の力の底上げにつながっているようだ。俺は戦いの流れを見つつもバトルデータをメモする。
ギャラリーは酒片手にギャーギャーと最高に盛り上がっているが、俺だけが冷静にメモするのもなんか浮くな…
「まだまだ!」
「うお!?なんだその動きは!?…ならばこれはどうだ!」
おっさんは剣の腹で無数の突きをガードし、一瞬のスキを見計らう。大剣の刃が相手を向くように素早く持ち替えて、斬り上げ返しの攻撃から反撃を狙う。
「っく…!?」
女冒険者は咄嗟の斬り返しを回避するため、体を大きく仰け反らせつつ、レイピアを杖代わりに地面にぶっ刺して体を支えた!
大剣は宙を舞って酒場の柱に大きなキズをつける
「なんてうごきしやがる!お前、生意気なくせにやるじゃねえか!」
「あなたもね…!」
両者間をとって、必殺を狙った構えをとるが…そこで酒場の入り口から大きな声が
「両者、そこまでだ!」