領主編 35話
俺は今、変装している。土の汚れがついた布の服に加えて、日除けの帽子を着用し、農具を手にした姿は、ドコからどう見ても農民だろう。この姿で、昨日開拓地に出来たばかりの酒場に向かっているのだ。
変装までして酒場に向かっているのには理由がある。
最近、この開拓地に名物と呼べるものができた。3つの個性溢れる武具屋だ。そのどれもが異なる客層をターゲットとしている。更に、ドワーフ製の武具を基盤に、イミスのスキルを応用したゴーレム式パワーアシストを搭載している。間違いなくこの世界初の試みであり、誰にも真似できない製法だと思う。
プロジェクトの大部分は上手くいっているようで、3店舗は開店から客数が順調に増え続けており、数週間経過した今では、店は開店したタイミングから閉店するまで、店に一人二人は必ず冒険者が居るような人気度になっている。つまり、とても繁盛しているということだ。ここ数日では、武具屋の噂を聞きつけ、シールドウェストから開拓地まで護衛やパーティーを組んでやってくる者が増えてきた。
ガルダインと友好を結んだラグナー、マチルダ、オーメル…広告塔の3名は、短期間で大きな成果を上げ続けているらしい。開拓地での魔物討伐、シールドウェストへ討伐した魔物の素材を持ち帰り、ギルドへの報告と納品…それをごく短い期間で繰り返しているとのこと。…彼らの活躍で、武具屋3店舗の売上はうなぎのぼりである。そして、開拓地への冒険者ギルドの誘致も時間の問題になってくるだろう。
ここまで客寄せの施策が上手くいっていると、逆に悪い部分がないのか?とちょっとだけ不安になることもある。冒険者へ武具についてインタビューをして回って、品質を確かめることも考えたが、立場上の違いもあるし、忌憚のない意見が聞けるとは思えない。だから、農民に変装することにしたのだ。
では、何故意見収集の場が酒場なのか?それは簡単だ。
冒険者を生業としない一般的な人…つまり農民は一日の仕事終わりに酒場へと向かうことが多い。仕事の締めにハチミツ酒を煽り、かじかんだ手の痛みを和らげるのだ。そして、噂話が集まるのもこういう場所と相場が決まっている。お酒を呑めば口が開くというもの……決して俺が酒を呑みまくりたいわけじゃない。多分。
「うん…我ながら完全な農民だな。さて、入ろうか」
変装に自画自賛しつつも酒場前に到着した
酒場は液体を注いだコップのマークで分かりやすい。いかにも酒場という作りだ。冒険者ギルド同様にスイングドアを採用しているためか、賑やかな声がと暖かい光が外に漏れ出している。…ちなみに酒場はドーツクと、彼の知り合いが必要な資金を出し合い、開拓地に店を構えたのだ。ドーツクは商業ギルドのツテがあるため、彼は本当に頼りになる
酒場に入ると、既にほぼ満員状態だった。客はそれぞれ酒盛りしたり討伐した魔物の自慢話したり、そんな話が飛び交っている。客層は冒険者が8割くらいだ
「いらっしゃい!空いてるとこ座って~!」
獣人の女の子が給仕のようだ。体つきがしなやかなので、冒険者と兼業しているのかもしれない。俺はカウンター席に座ってハチミツ酒と魔物の肉を焼いたシンプルな料理?を注文する。大変そうだったので、料理が届いたとき、給仕に幾らか銀貨を渡してあげた。
「注文の品だよ!おまたせ~!…アリガトね♪」
獣人さんの笑顔が見れたので十分だぜ。
俺は料理を受け取り笑顔で会釈した
注文の肉は、サービスなのか他の客よりも多めに入っていた。かぶりつくと肉汁が溢れる…。ここいらの魔物肉は油がのっていて、あまり味付けしなくてもめちゃくちゃ美味い。これも名物にできないだろうか…と考えつつも本来の目的を思い出す
俺のカウンター席両サイドに、丁度冒険者らしき人が座った。ラグナ重工の客であろう、大剣を持ったいかついおっさんと…ミラージュの製品を身に付けた女冒険者だ。どちらも初めて見る人だから、広告塔の彼らではないだろう。…彼らに商品の具合を聞いてみよう
おっさんと女冒険者は、通りがかりの給仕へ同時に注文する
「イエティの肉をくれ」「イエティの肉を頂戴」
給仕は申し訳なさそうに
「ごめーん!イエティの肉の在庫はあとひとつなの!どちらかにしか出せないわ」
イエティ…この開拓地に最近出没したレアモンスターだ。白い毛皮に覆われた熊のような姿をしている。冬の間のダンジョンや山奥で発見事例はあるものの、討伐に至ったのは開拓地が出来てからになる。最近ラグナーとマチルダが競うように狩りに出てエンカウントしたらしく、一緒に協力して討伐することに成功したようだ。その肉が旨いことは食べるまでは知られておらず、ここ最近で広まった情報である。
そろそろ冬も開ける。食べられる期間も限られていることから、イエティの注文が絶えず入っているようなのだ。
おっさんと女冒険者は立ち上がり、双方にらみ合う
…あれ?雲行きが怪しいぞ