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番外編 青のマチルダ


 私の名前はマチルダ。小さい頃から冒険者として生きることを夢見ていた貴族の令嬢よ。令嬢として最低限学ぶべきお作法や習い事をサボっては、剣と魔法にその時間を費やしてきたわ。そんな私は次女ということもあってか、父様からは早々に見限られていたの。


 ある日、父様は私の意見を無視して隣国の子爵と婚約をするように命令した。完全なる政略結婚のコマで、私の自由なんてそこには無い。それだけは受け入れられなかった。…だって、嫁いでしまったら最後、今までのように剣や魔法の練習に時間を費やすことも、冒険者として旅をすることだって難しくなるから。自由に冒険する夢を捨てきれなかった私は、母様と姉様に手紙を残して家から飛び出したの。それが3年前


 父様の勘気に触れたのか、私が捜索されたり無理やり連れ戻されることは一度も無かったわ。今じゃ王都から遠く離れたシールドウェストって町で立派に冒険者やってるってワケ。


 放浪の末、流れ着いたこの町はとても気に入っているの。魔物が多いせいもあってか、特に冒険者ギルドからの討伐依頼や護衛の仕事がダントツで多くて、報酬も良い。だけど、最近は領主に取り立てられた男の噂でもちきりで、この町がちょっとだけ物騒なの。


 というのも…その男、サトルという者が爵位を賜って、未開の地を切り開いているという噂が広がり…お金の匂いを嗅ぎつけた連中が集まってきているみたい。


スキあらば名を上げようとしているのかしら。色々な場所から多種多様な種族がこの町に集まっているから、必然的に日々の揉め事も相応に増えてしまう。よからぬことを企む連中もいるってことね


 今日は、そんな連中に運悪く目をつけられちゃって、現在進行系で絶賛トラブってるのよ……


 ・・


 「へへへ、嬢ちゃん。大人しくしなよ?相手してくれりゃ、殺しはしないって……」


 森で女一人を囲む男共。男はナイフを取り出して、刃物に舌なめずり


 今朝、ギルドで出会った男共とゴブリン狩りに誘われて、森まで同行したらこの有様なの。もう何度目かも分からないほど経験した奇襲のパターンで、もはや食傷気味を通り越して食傷過剰よ。魔物討伐に誘ってから、盗賊まがいに襲ってくるという卑劣な手法。今のところ、全て撃退しているものの10回からは数えていないわ。ギルドに粗暴な男が多いのは分かっていたけれど…


 「はぁ…アナタたち。念のために確認するけど、最初から私を襲うためにここへ連れてきたのね」


 「そうだ。嬢ちゃんには悪いが、冒険者って仕事は甘くねえんだ。だからこうして危ない世界だってことを、怪我する前に俺たちが教えてやっているんだよ。良かったなぁ?これが魔物じゃなくて。ゴブリンなら話すら通じねえからよお。つまり、命が助かるだけ感謝しなって話だ。相手が人間で本当に良かっただろう?」


 …どんな理屈よ。そもそも、どうして私はこんなに襲われるのかしら?何時も身につけている青い貴族服が派手だから?それとも騙されやすそうな顔でもしているのか……何れにせよ、この人達も今までと同じように撃退するだけ


 「人間?…喋るゴブリンなら目の前にいるじゃない。討伐してギルドから報酬を貰わなきゃね」


 私は細身の剣を構えて男共と対峙する。相手は目で見える範囲で3人。皆鍛えられてて一筋縄ではいかないでしょうね。…でも私は絶対に負けないわ。こんな逆境、何度だって乗り越えてきたのだから


 「この女ぁ…いい気になりやがって。どちらかが上か、ハッキリさせてやらねえと分からないようだなあー!痛めつけるぞ!」「おう!」「ふひ!」


 男共は飛び上がって襲いかかるが、これを冷静にバックステップ回避…そして


 「[プレ・ボンアリエル・フレッシュ]!」


 反動をつけて矢のように飛び出し、最低限の動きだけで男共の心臓を次々と貫いた。心臓を守っている防具を身につけている者には、肩から通すように器用に刺し貫く。これで心臓まで届くのだ


 外傷が少なく、単純な破壊力は無いものの、上手く入れば大抵は致命傷となるのも、細剣の特徴である


 「ふぅ…」


 これで何回目なのかしら。


 「この剣もそろそろ交換時期ね。刺さりがイマイチだわ」


 汚い血で汚れた細剣を飲水で洗い流し血振りする。そして死体を見つめて考えた


 …私が求めていた冒険ってこんな下らないことだったのかしら。未知への冒険、そして気の良い仲間たちと民衆を苦しめる魔物を倒す。夜には酒場で戦いについて語り合うような日々。私の描いていた冒険者の理想。でも現実は違った。ランクの査定は厳しく、未だDランクすら抜けられない。パーティーの勧誘があっても大抵は今のような結果になるし、正式なメンバーに加わる機会も無い。華々しい依頼なんて夢のまた夢。皆、私が貴族ってだけで『面倒事』の看板を押し付ける。冒険者が貴族嫌いなのは有名な話だけど、私はただ純粋に皆と冒険をしたいだけなのに、そんなのって無いわよ。


 これから先、ずっとこんな事が続くのかしら……私、何がしたいのかな


 如何ほど立ちすくんでいたか。辺りはすっかり暗くなり始めた


 「はぁ…帰りましょうか。ギルドへの報告も必要よね」


 死体から金品の類は奪わない。ギルド職員や町の衛兵が現場検証をする時に私が不利になってしまうもの。


 ・・


 『竜首のごちそう亭』に戻り、受付嬢に状況を説明する


 「―というワケよ。私は命からがら生き延びた」


 受付嬢は眉をハの字にさせて困った様子


 「マチルダ様…また……ですか。ギルドとしても、問題行為ばかりされると何かしらの対応を検討しなくてはなりません。いいですか?パーティーで問題が発生しても、原則命の奪い合いに発展させてはなりません。いくら正当防衛でも、ここまで不自然に続くと庇いきれなくなりますし、貴方にも故意の疑いがかかってしまうんですからね?…ちょっと、マチルダ様!聞いていますか!」


 はぁ~…私だって襲われるのは勘弁して欲しい。中には、私が貴族であることを下調べのうえ誘拐を目論んだ冒険者紛いの盗賊だっているのでしょう。バシっと言ってやりたいわ。『冒険者登録の時点で、ルーキーが盗賊かどうかを見極められなかった貴方がたにも責任はあるのでは?』とか『全て正当防衛なんですけど?』とか……でも、私が貴族の看板背負っている以上は、多分ずっと付きまとう問題で、誰にもどうしようもできないこと。ここで言い争っても、何も解決しない。ちょっとは心が晴れるかもだけど、私は私らしく冒険者を続けていきたいの。だからここは我慢する


 「…悪かったわ」


 「はぁ……」


 受付嬢はこれ以上言い詰める言葉が思い浮かばなったのか、大きなため息をついて事後処理の手続きのため黙って手を動かし始める。


 その様子をぼんやり眺めながらも、今月何度目になるか分からない言葉が頭をよぎる


 『私が求めていた冒険ってこんな下らないことだったのかしら』


 このまま、こんな生活を続けることができるのだろうか


 不安、諦め、妥協……そして引退……負のワードばかりが連想されていく


 そんな時だった


 「ん~…次は嬢ちゃんでいいか。おい、そこの青いの」


 ドワーフがすぐそばに立っているのにも関わらず大きな声で私を呼ぶ。青く染め上げた自慢のスカートを着用しているのは私くらいだし。青いのって私のことよね


 「…何か?」


 「見たところ、お主は剣士じゃろう。パーティーはいないのか」


 「私、ここでは『面倒事のマチルダ』で通っているの。冒険者を装った盗賊に襲われ続けるから、皆嫌がってパーティーなんて組んでくれないわ。それでも私は上を目指す」


 ドワーフは腕を組みながらウンウンと聞いているのか聞いていないのか分からない程度の相槌をうって、私が話終えたタイミングで懐から何かを取り出した。


 「そうかそうか、それは大変じゃったろう。ソロ活動でランク上げの任務など、自殺行為に等しい。そんなお主にはコレをやろう…銀貨1枚でいいぞ」


 妙に芝居かかった言葉で取り出した物に私は一瞬で心を奪われた


 持ち手や刀身が青く染め上げられた剣。その波紋は大海原を連想させる、ただただ大きく全てを包み込むような、そんな剣だったの。こんな非凡感溢れる剣を打てるのは、この町では一人だけ


 「あなた、もしかしてガルダイン・アイアンフォージね?シールドウェストの英雄、サトルの専属鍛冶師と聞いているわ」


 「そこまで知っているなら話は早い。わしは開拓地に向かうからしばらくは帰らん。将来有望なワケアリの若者に剣の一本や二本くれてやってもバチは当たらないじゃろう。ほれ」


 ガルダインは剣を乱雑に投げ渡す。


 その剣は軽く、一度見れば目が離せない。私は言われるがまま、剣を無意識に受け取ってしまっていた。


 「そろそろ内容を覚えておきたいのじゃが…内容が長くての……サトルはドワーフ使いが荒い。度々、放置される身にもなってほしいものじゃ」


 ガルダインはよく分からないことをブツブツと呟いた。木板らしきものを懐から取り出し、内容を読み上げ始める


 「ゴホン……その剣は、この町の英雄であるサトルパーティーの剣士、カルミアへ、一番最初に贈った物と同じ製法で製作した剣じゃ。……わしはサトルの専属じゃから、開拓地に向かう。メンテナンスは無料でしてやるが、条件がある。『その剣で冒険者として短期間で活躍し、名声を上げること』その剣は…斬れ味は良いが耐久力が低くて、メンテナンスなしでは長くは使えない。壊れる前に開拓地まで来なさい。以上じゃ」


 なるほど…これがカルミアさんの得物と同じ製法で作られた剣ね。尋常ではない業物。これがあれば任務など簡単にこなせる。面白くなってきたわ…


 「確認だけど、この剣を貰える条件は、それだけで良いのね?」


 「そうじゃな」


 私は返事代わりにガルダインへ銀貨1枚を弾いて渡す。ガルダインは無言で受け取り、一言だけ告げてスタスタと去っていった


 「まいど。開拓地で待っているぞ」


 開拓地には強い魔物がたくさん出てくるわ。でも、この剣があれば不思議と負ける気がしない


 先程までの絶望感はこれっぽっちもなく、あるのは明確な目標のみ


 「やってやろうじゃないの…!」


 ・・・


 そこからマチルダの快進撃は始まった


 ソロ活動を続け、今までこなせなかった討伐任務を中心に達成していく


 ハーピーという鳥型の魔物が町に襲撃したときにはその身軽さをいかし、次々と撃退。その日の内に30匹のハーピーを討伐してみせた


 ハーピー襲撃事件以降、ギルドの信頼を勝ち取ったマチルダは護衛任務を任せられるようになり、道中出くわした全ての賊を、青き剣で即座に散らせたという


 その功績を讃えられ冒険者はCランクへ昇格。瞬迅の如く戦果を上げる彼女は『面倒事のマチルダ』から『青のマチルダ』と呼ばれるようになった


 「ガルダインとの約束を果たすわ」


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