番外編 赤のラグナー
俺の名前はラグナー。シールドウェストの冒険者で剣士をやっている、恒常Dランク止まりの冴えない男だ。取り柄らしいものは無く、強いて言うなら体格が他の奴らよりも大柄であることくらいだ。先日、10年もの間、一緒にやってきた冒険者パーティーが解散となってしまった。
別に追放されたとかそういうのではないのだ。同じパーティーの前衛を務めた男は、同メンバーのヒーラーの女と結婚した。一番の年長者であり、リーダーだったスカウト担当は、俺たちの休暇中に他のパーティーとの臨時遠征で一山当てたらしく、これを目処に冒険者を引退。田舎に家を建ててセカンドライフに入るらしい…。
冒険者なんて仕事は、実入りは良いが常に危険と隣合わせの仕事ばかりだ。歳を重ねればその分、引退の二文字がチラつくケースなんていくらでも出てくる。だから、何かをキッカケに解散するなんて日常茶飯事。俺も、それを重々承知していたからこそ、仲間の幸せを邪魔する気にもなれず解散を受け入れたんだ。
夢を誓い合った10年前…俺たちはスカウト担当の先輩を筆頭に、この世の謎や誰も手にしていない財宝を見つけ、手柄を立てて成り上がると決意しパーティーを結成した。みんな目を輝かせていた。シールドウェストの町を一歩外に出れば、希望を指し示すような陽光も、大地を撫でる優しい風も、遠くまで見通せる山も…全てが新鮮で、可能性を感じていた。まるで俺たちのためにあるような、そんな世界がキラキラしていたんだ。
それなのに、時間というのは残酷なものだ。夢を色褪せ、いとも簡単に全てを変えてしまう。俺だけだ。俺だけが、取り残され、いまだ冒険者という夢を追い求める仕事に縋り付いている。いいや…助けを求めている、の間違いかもしれない。夢に助けを求めるなどあまりにも滑稽だが…それでも、諦めきれず日課の冒険者ギルドの『竜首のごちそう亭』に顔を出す。何時もはこの時間に仲間が集まって、今日はどのダンジョンに向かおうか、なんて話をしたんだ。
…今日からは、どんなに待っても仲間は現れない。その事実を頭では理解しているが、何年も日課として記憶している体はそうではないみたいだ。ギルドの入り口が勢いよく開き、新人共の元気な声や他パーティーの内輪揉めを耳に入れる度に、仲間じゃないかといちいち入り口に顔を向ける仕草を何度も何度も繰り返す。その度に…心の奥から熱いものがこみ上げてくるようで
…注文したハチミツ酒を、顔が熱くなるまで一気に煽る。今の俺はひどい顔をしているに違いない
「これから先、どうすりゃ良いんだ…」
口からポロッと言葉が溢れる。どうすれば良いかなんて初めから分かってはいるのだ…夢を諦めて冒険者を辞める道があるじゃないかと。他のパーティーに入れてもらうことは考えたが、剣士の需要と供給は供給量が圧倒的に多い。対して魔法使いやヒーラーは少ない。そんな状況で、毎年Dランクのおっさんなど、迎え入れてくれる場所がどこにあろうか。
暗い未来から背を向けるように、ハチミツ酒を片手に入り口へ向かう。風を浴びながら呑めば多少の気は紛れるかもしれない。
行くあてのない夜の虫のように、光を求めて入り口に向かうと、丁度大柄なドワーフがギルドに入ってきた。思わずぶつかりそうになって、思わず倒れて手に持っていたハチミツ酒を床にぶちまける。ドワーフは、たいそう面倒くさそうな顔をしながら、多少は悪く思っているのか、俺に声をかけてきた。
「あー…すまん、お主、大丈夫か」
ドワーフは手を差し伸べる。俺は手をとってどうにか返事をした
「あぁ、こちらこそすまない。呑みすぎた」
「……そのようじゃな」
ドワーフは俺の身なりを上からまじまじと観察し
「見たところ、剣士のようじゃな。お主、冒険者か。依頼主という風貌ではないな…パーティーはどうした。それに、その鞘もついていない錆鉄のロングソード以外の得物は無いのか。剣士は剣が命じゃろうて」
「パーティーは先日に解散したぞ。このロングソードは10年も打ち直して使っている。錆びている部分もあるが、どうにも捨てられん」
…改めて見ると…この剣は、まるで俺の生き写しだな
「ソロ活動中か…ふぅむ……まぁ、お主で良いだろう。サトルもそこまでこだわる必要はないと言っておったし。経験も悪くなさそうじゃ」
ドワーフは懐からやけに目立つ赤色の剣を取り出し、見せびらかすように俺の机に置いた。そして木板を取り出し、何かを必死に読んでいる
…なんだ?勧誘か?それにしては上からだが。それに、このドワーフはどこかで見覚えがあるとおもったら、ガルダインとかいう超凄腕のドワーフじゃないか。領主の命令か、ガルダインが決めた人じゃないと仕事を受けないことで有名だ。
こいつの打った剣を持つことは、一種のステータスと言える。現に、こいつが今取り出した赤い剣は、この世成らざるような美しい波紋を持つ剣。ガルダインが打った剣で間違いないだろうが、こんなに間近で見たのは初めてだ。
そんな住む世界が違う人種が、落ちぶれの俺になんの用事があるってんだ
「…話が見えないぞ。ドワーフ…いや、ガルダイン・アイアンフォージ。剣の自慢でもしたいのか」
俺は剣に目が釘付けのまま、精一杯平常心を取り繕った
ガルダインは目を細めてニヤける
「…知っておったか。ならば話は早い。そうさな……お主には、この魔剣をくれてやってもいい。銀貨1枚でいいぞ。条件付きじゃがな……」
ガルダインの一声で、ギルドが騒然となった。いつの間にか、俺とドワーフの周りには人だかりが出来ていたのだ。あまりにも突拍子もない出来事の連続で、気がつかなかった
「おい、魔剣だって!」「どうしてラグナーが!?」「あれってガルダインだよな??サトルパーティーの……」「おらが買い取りたい…」
周囲が騒がしいが、そんなことが気にならないほどに胸の鼓動がうるさい。
「何…どういうことだ…何故――」
「何故俺なんかに…とでも言いたそうじゃな。まぁ、嫌なら他を当たっても良いが…」
これを逃せばもう二度とチャンスなど訪れないだろう。この剣があれば俺は必ず返り咲ける。サトルのパーティーといえば、この町では知らない者はいない。英雄たちのリーダーである彼の専属ドワーフが打った剣なんて強いに決まっているからだ!
「いる!もらうに決まっている!だが本当に…こんなタダ同然の値段で良いのか!?全く腑に落ちねえ。後からどうのこうのとか、そういうのはナシだぜ…?で、条件てなんだ」
畳み掛ける質問、周りからの騒音にガルダインは心底嫌そうな顔で、木板に書かれているであろう内容を読み上げる
「条件は、その剣で冒険者として短期間で活躍し、名声を上げること…以上じゃ」
「っはん、そんなことでいいのか」
俺はそもそも、冒険者として成り上がるのが夢だったんだ。ずいぶん都合の良い条件だが、今の俺にとってみれば有り難い話だった
「フン…小僧、やれるか?」
ガルダインは赤き剣を俺に託し、挑戦的な目を向ける
俺は剣を受け取り、大きく深呼吸した
「あー…それと、補足じゃが。えー…となになに…その剣は、この町の英雄であるサトルパーティーの剣士、カルミアへ、一番最初に贈った物と同じ製法で製作した剣じゃ。んー…わしはサトルの専属じゃから、開拓地に向かう。その前にえー……そうそう、見込みのある者に剣を与えようと……思った…のじゃ。メンテナンスは無料でしてやるが、条件として開拓地まで足を運んでもらう。その剣は…斬れ味は良いが耐久力が低くて、メンテナンスなしでは長くは使えまい…なまくらになる前に……かー、…開拓地に来なさい」
ガルダインの補足はひどい棒読みだが、そんな考えは一瞬で消し飛ぶほどの内容だった。
まてまてまて…カルミアさんが使っていたもの同じ剣だって!?あの英雄の…男なら色々な意味で彼女のことを知らない者はいない。圧倒的強さと美しさを兼ね備えた女性なのだから……ちなみに俺は彼女の隠れファン1号である。何人もいそうだが、俺が1号なのだ。巷ではサリー派とイミス派もあるのだとか。俺はカルミア派というわけである。同じ剣士として、憧れもあるしな。
あの剣士と同じ景色が見られるのかもしれない。そう思うと……
俺は自分でも気がつかない内に、冒険を始めた頃の…そう、10年前の少年に戻ったようなそんな目をしているに違いない。先程までのお先真っ暗絶望な視界が、クリアになっていく気がする
俺はガルダインから受け取った剣を、喝采とやっかみをふんだんに煽り剣を掲げる。その剣は、魔石の光源に反射し、俺の表情と行く末を明るく照らしてみせた
それを合図に吟遊詩人が俺のために明るい歌を歌ってくれる。パーティーの勧誘や、どうやって取り入ったなどの問答三昧で、その日はギルドでもみくちゃにされた
ガルダインは、どさくさ紛れにその場から消えていた。
…開拓地か。確か、英雄が爵位をもらって、町つくりしてるって噂だったな。魔物が強くて、そこまで行けないから、他人事のように噂を聞いていた。だが、この剣があればそこへだって安全に行けるかもしれない。英雄たちと肩を並べて、開拓地へ……
それは新たな夢であり、手の届きそうな目標に変わった
決意を胸に剣を強く握りしめる
幾つかの冒険で懐があたたかくなり、自信がついた頃合いに必ず向かおう。錆びつく前にメンテナンスもしてもらわねばなるまい。もう二度と錆びないように。俺の…新しい相棒のな
・・・
その後、ラグナーの快進撃は幕を開ける
ガルダインの気まぐれで、アーティファクトに匹敵する剣を手にしたラグナーは、その赤き剣を携えてソロで冒険者活動を再開。初めは腕鳴らしとしてオークなどの中型魔物の討伐に成功。しかし、その数が尋常ではなく、30以上の数に及ぶ討伐に成功し巣ごと全滅させてみせた。この功績によって、Cランクに昇格。彼の自信と実力の認知は確固たるものとなった。
その後、幾つか短期で完了できる実入りの良い仕事…といっても危険度が高く誰も手を出さない盗賊討伐を請負い、短い期間で全て完璧に討伐した
彼の冒険方針はパーティーの頃とは打って変わって、火力正義!見敵必殺!ソロが最高!の三拍子揃ったユニークなミームが形成されていく
やがて鬼のように赤き剣を振るう姿から、彼の名は広く知れ渡り…畏怖を込めて、とある二つ名がついた。やがて二つ名は定着し、自身が名乗る際もそれを好んで使うようになった
・・
とある村にて
「まて、この先の魔物は強い。それに見るものも開拓地くらいしか無いぞ。お前は一人だろう?この先、一人じゃ怪我するぜ…?名前を聞かせろ。ちょっとは知られた名前なら通してやるから」
おせっかいな名もなき村の門番が、冗談交じりに彼の名を問う
「俺か…?俺の名前は―」
その名を聞いた門番はすぐに道を開けたという
彼の名前は『赤のラグナー』
魔物の返り血で赤く染まり赤い剣で道を切り開く男の名前だ