239話
まだ比較的損傷のない砦の一室で、アイリスと別れてからの経緯を簡単に説明する。
場にはアイリスと、俺たちのパーティメンバー全員がいる。他には各隊の隊長にも出席してもらっているので、ちょっとした会議のようにも感じた
「…ということで、俺たちは役割を分担して蛮族王の天幕まで進軍し、最終的に残ったカルミアさんと俺で討ち取りました」
アイリスはふんふん頷きながらゴキゲンな表情で酒をあおる。…本当に聞いているんだろうか?
瓶から酒が無くなったところでようやっと話し始めた。
「私は間違っていなかった。お前を見たときから、人とは違う何かを感じ取っていた。これで、シールドウェストは守りを固め、領土の拡大も視野に入れられる。無論、蛮族王が不正に占拠していた領土の話も、追々王からの通達があるだろうが…ひとまずはこの勝利の勝利を分かち合おうじゃないか!ハハハハ!」
何度も綱渡り状態を強いられる戦だった。気が緩むのは当然か…
スカーレットの犠牲や、蛮族王との闘いが本当にギリギリだったことを考えると、素直に喜べない。同じようなことが起きたとして、果たして今回のようにうまくいくだろうか?犠牲なくして戦えるのだろうか?俺はもう誰も失いたくは無いのだ
「…」
俺が考え込んでいると、アイリスが気にかけてくれた
「サトル、どうした?…気になることでもあるのか?」
「…えぇ。気持ちとしては勝利の美酒に…といきたいところではありますが…。正直、いくつかあります。まずは石の存在についてですが…蛮族王の物は他と違い、石の強化が圧倒的でした。敵隊長が身に着けていた石と比較しても、魔力の質が全く違うことは肌で感じ取りました。それほどまでに強敵だったのです」
「蛮族王は歴戦の勇士だ。その石は本人の戦闘能力を高めることが分かっている。だが倒したのであろう?」
「もしこれが、更なる改良を経て俺たちの前に立ちふさがることを考えると、どうしても楽観視できないのです」
アイリスは酒を置いて腕を組んだ
「…ふむ。しかし情報が無い。捕虜も捉えたが情報を引き出して検証するにも時間がかかるだろう。今私たちにできることは、しっかり休むことだ。蛮族王の記憶でも覗き見ることができれば、話は別だが……」
蛮族王の記憶…そうか!
「…!そういえば、奴は手記を持っていました。何か書かれているかもしれません」
俺はテーブルに手記を置くと、皆それを囲むように集まる
…どれどれ
………最初の数ページは落書きだった。王冠を頭に乗せた子供が剣をかざしている。このページは飛ばし、読み進めると、石とは違う話題になるが、気になる箇所があったので読み上げた
「……『必ずや我ら追放の民が、本来の所有地を取り戻し、歪みきった歴史をあるべき姿に戻す。我らに流れる血は、決して穢れた血などではないことを思い知らせるのだ……』と書いてありますね。どういう意味でしょうか?」
……しばらく沈黙が続くが、アイリスが口を開いた
「穢れた血というのは、混血のことだろう。ハーフエルフやハーフドワーフ、ティーフリングという魔族と人の混血も存在する。もちろん、それ以外でも。サトルは意識していないかもしれないが、スターリム国やフォマティクス国の貴族は、それはそれはもう、ずっと昔から理由なくこの混血を心底毛嫌いする。首都圏に近づくにつれそれは顕著に表れる…もちろん、私は貴族だがそのような考えは無いぞ。だからこそ、魔物多き僻地の領主に厄介払いされている節もある。私個人としてはシールドウェストが好きだから、厄介払いされたとは思ってはいないがね。混血の特徴は、身体的に部位が異常発達する傾向が強い。たとえば魔族との混血であれば頭に角が生えるのが一般的だ。討ち取った首を見る限り…蛮族王が耳を切り落とされているのは、十中八九その関係であろうな」
…なるほど。蛮族王は昔から混血であるという理由だけで、不当な扱いを受け続けていたのかもしれない。この戦いだって敵兵は命を賭けた。俺たちと同じく、命を賭けるに値する理由があったのだ
「ふむ……では、本来の所有地を取り戻し~っというのは…?」
「もう知っているとは思うが、シールドウェストより西方面は現状もまだまだ未開の地でな。スターリムではこの地を整備し領土にする方向性で話が纏まっている。現状は魔物で荒れ放題だが、これでもかなり整備は進んだのだ。その昔はサイクロプスや強大な竜が支配していたと聞く。今では先人の努力の成果もあって強い魔物も減ってきたが…。しかし混血の者は、純血統のヒューマンとは違い、その混沌とした時代から魔物と共に原住民として生活していた…という一説は確かに存在するのだ。そのことだろう」
気持ちは分からないでもないが、整備が終わってからかすめ取るというのも、スターリムとしては許せないわけで…しかし、原住民たちとしてもおいそれと諦めきれない。その点を焚きつけたのか…?まだありそうだが、石について調べないと……
更に、読み進めるところで、伝令の声がそれを中断した
「で、伝令!敗走した敵兵が集まり、再び進軍を再開しました!数は300ほどあります!」
アイリスは机を叩いて勢いのまま立ち上がる
「すぐに編成を!話し合いは中止だ!」




