236話
倒れた蛮族王の死亡判定をしっかり行う。討ち取ったことを知らしめるために首は落とすが、念のためだ。
…この男にはこの男の正義があり、考えがあった。行ってきたことは許されないことかもしれないが、闇雲に悪事を働いていたわけではない。だからこそ、蛮族王が目指したかった先まで俺が歩き続ける必要があるだろう。それが、せめてもの慰めになることを祈って。
蛮族王の所持品を探っていると手記が見つかった。身につけていた石と一緒に回収だ。後ほど内容を確かめてみよう
…目ぼしいものはこれくらいだな。
「…サトル、蛮族王の死を皆に知らせないと。ここで戦い合う者は、これ以上無駄に命を賭ける必要はない」
「そうだね…。カルミアさん、俺は怪我で走れないから、手を貸してほしい」
「うん、分かった」
蛮族王の首を落とし、カルミアの手を借りて立ち上がった。
…今も戦いを続けている皆に早く知らせないと
* * *
 
アイリスの軍は苦戦を強いられていた
騎馬突撃を繰り返しては敵兵の追撃を誘い出し、注意を引くことには成功した。しかし、敵兵の隊長格にもツワモノらしき人物は一定数おり、その全てが怪しい黒き靄に包まれており、人ならざる強い力を有していたのだ。黒き靄に包まれた者は正に百人力で、数で押してもなかなか倒せない。思わぬ強敵相手に、十分な統制と士気があっても被害は次第に大きくなってしまっている。
突撃を繰り返すアイリスに追従する有志たちが一人、また一人と馬を落とされ討ち取られていき、数は半分以下まで減らされてしまった。
十分な注意を引くことは出来なかったが、早々に砦に撤退して今は籠城戦で時間を稼いでいる。しかし、敵兵の猛攻によってそれも何時まで持つか分からない状況なのだ。
「アイリス様!砦の一部が倒壊しました!防壁を張っていますが侵入は時間の問題です」
アイリスは砦から登ってくる敵兵を蹴落とし、報告を入れた兵に淡々と命令を下す。危険は承知の上で、彼女もまた一人の戦士として砦の最前線に立っているのだ
「瓦礫や必要のない物資を通路に詰めておけ。少しでも侵入を遅らせろ!」
次々に被害の報告がアイリスへと集中している
「アイリス様!戦線の維持が困難です!前衛の交代をお願いします!」
「駄目だ。1時間前に交代したばかりだろう。医療と睡眠の確保が必要だ。あと2時間は今の人員で戦線を持たせろ」
「アイリス様、上空から敵兵の増援です。バリスタの矢も尽きました」
「空の魔物を落とすのは諦める。屋上の兵を下げて屋内戦闘に持ち込め。魔法の爆撃は許容するしかない。私も一度屋内に戻る」
こうしている間にも敵は梯子をかける、鉤爪ロープで登攀するなどして侵入を試みている。アイリスと弱った軍ではもう守りきれないかもしれない。
籠城戦も、頑丈な砦故暫くは持つ算段であったのだが、地上からも上空からも激しい攻撃を受け続けており、陥落も視野に入れる必要が出てきた。
「アイリス様!」
「今度はなんだ!!」
度重なる悪い報告に気分を悪くしたアイリスは、怒りの感情を抑えられない。何処からともなく飛来する矢に目もくれずキャッチしたアイリスは片手でそれを真っ二つにして兵を睨みつける
「す、すみません!」
「…いや。済まない……。報告しろ」
「は…はい。斥候からサトルと見られる人物が、蛮族王の首を持って駆けていると報告がございます」
アイリスは伝令の胸ぐらをつかみ目を見開く
「何!それは本当か!!」
「ひぇ……はい。激しい戦闘の後もこちらから確認できました」
伝令が蛮族王の天幕がある方角を指差し、今にも噛みついてきそうなアイリスに遠視の魔道具を手渡す
魔道具からは、そこだけ不自然に渦巻く雷雲がかかっていた。周辺の天候はそれに影響しみぞれのようになっている。地は荒れ果て、ぼんやりとだが巨大なおぞましい魔物が横たわっているのが確認できた。順当に考えればサトルたちが討伐したのだろう
これには自然と出てくる笑みが抑えられない
「クククク…アハハハハ!やってくれたな!サトル!!やはり私は間違えていなかった。正しい選択をしたのだ!」
伝令の背中をバンバンと力強く叩きながら大笑いするアイリス。伝令は戸惑う
「あの…アイリス様?」
「もう暫くの辛抱だ。急げ、これは勝ち戦になった。英雄が凱旋するまでに侵略者どもをぶちのめすぞ!お前は知らせを続けろ!」
「は、はい!」
* * *




