234話
キメラが前足を振り下ろすが、まばゆい光に阻まれてしまった
蛮族王は驚いて身を乗り出す
「あの光は一体なんだ!?」
誰も答えるはずもないが、そう言わずにはいられない。全ての攻撃を阻む光魔法など見たことも聞いたこともないのだから
二人を包んだ光は輝きを増して、強く弾け飛び霧散する
その異質さ故か、キメラは本能的に俺たちと大きく距離を取った
蛮族王がキメラに何か喧しく叫んでいるが、そんなことより俺は目の前で起きたクラスアップの影響に目を奪われていた
そこには先程と比べ物にならないほどの存在感を持つ剣士が立っている…しかし紛れもなくカルミアだ
ただ立っているだけで周囲の魔力を歪めるほどの氣を放ち、エネルギーの高まりは電流のように体中をほとばしる。身体のエネルギーによる影響か、髪と瞳の色が黄金に輝いて見える。更に、カルミアの手には見覚えのない得物が握られていた。
今まで使用していた身の丈ほどある大太刀とは異なり、腰に佩いて使えるほどの標準的な刃渡りの刀だ。これが特典の『石楠花一文字』だろうか。刀身は細く繊細に見える。武に心得の無い者が見れば、大太刀の方が強そうに見えるかもしれない。しかし、よく見ればその細身の刀身が生み出すエネルギーの質が、純度が、並の武器とは比べ物にならないことに気がつくだろう。極限まで魔力が圧縮されたためか、波紋は赤く青い魔力と混ざり合うように常に刀身を血脈のように巡っている。刀を少し動かすだけでも魔力の光が強い残像を生むようで、幻想的だ。
…これがクラスアップの影響なのか?
カルミアは自身の体をチェックして、俺に微笑んだ
「…きっとまた、サトルが助けてくれたのね。あの時と同じように」
「そう…なのかな?そうだと良いけど…」
カルミアは刀を地面に刺して、腕輪を口に咥える。両腕を後ろ髪に回して、なれた手付きで自身の髪を結んだ。気合を入れたのだろうか?ちょっとだけドキドキする仕草
「…よし。ねぇ、サトル…私ね。もっと強くなるよ。誰にも負けないくらい。あなたの隣が一番似合うくらいに」
「カルミアさんは十分に強いよ。ただ隣にいてくれるだけで嬉しいよ」
「ううん、それじゃ足りないの。あなたが目指す道を、私が斬り開く。だからこれは私の決意表明」
カルミアは俺を抱きしめた。俺が彼女を守るために抱きしめた時よりもずっと強く。そしてすぐに離れる
「……」
彼女の顔が赤い…ような気がするがきっと気の所為だろう
「あなたから貰った力、あなたから貰った命。あなたに見合う人に、成ってみせるから」
カルミアは刀を地面から抜いて、姿がブレた。と思ったら俺の目の前から消えた…!?瞬間移動か?そんなスキルは持っていないはずだが…
石楠花一文字の魔力の残像が、彼女がキメラの元へと移動したことをかろうじて知らせてくれた
俺も痛みに耐えつつ、可能な限りの速度で走ってカルミアの元へ向かう――
距離を詰めると彼女と蛮族王との会話がかろうじて聞こえてきた
「動けよ!ビアンカ!どうした!?同じように手を振り払うだけで勝てるぞ!」
キメラは動かない。怯えた動物のようにプルプルと震えるだけで、何もしない
カルミアは蛮族王に溜息をついてみせる
「はぁ…魔物の方が力の差を分かっているなんて、あなたは魔物以下…ゴブリン並の知性しか持ち合わせていないようね」
蛮族王は顔を真っ赤にする
「何だと……どんな魔法を使ったのかは知らないが、先のアレは回数制限のある防壁か何かだろう…そして今お前の状況から察するに、あの男が強化魔法を使ったのだな?見れば分かる。だがな、ビアンカが動かないのは見慣れぬ魔法の光に怯えただけだ。力の差が分かっていないのはお前のほうだろう!」
「…何も分かっていないのね。本当に何も」
「えぇい!力の差を見せつけろ!薙ぎ払え!ビアンカ!!」
蛮族王は片手から黒き靄を出して、キメラの強化を試みる
「ビアンカ!お前の力さえあれば世界だって思うがままだ!全力でいくぞ!」
キメラの背に担がれているタンクに入っている液体のほぼ全てが、血管のように張り巡らせられたチューブを通してキメラに注がれる。額の石が呼応するように怪しく光る。するとキメラは白目を剥いて叫びだした!
「グググ…グオオオオオオ!?」
渾身の力で振るわれた前足の攻撃!今までであれば為す術もなく吹き飛ばされて死んでいただろう
だが今ならば…!
ドオオオン!とぶつかり合う衝撃音、そして周り全てを吹き飛ばすような衝撃波が発生する
キメラが振るった前足の地面は陥没して砂煙が舞っている
これには手応えを感じたか?蛮族王は満足そうに頷く
「口だけの女だ…これが人と魔物との力の差なんだよ」
しかし、その満足顔はすぐに驚愕へと変貌する
「それなら私は、魔物だということかしら?失礼な男ね」
砂煙が晴れる…そこには大したダメージのないカルミアが『片手で』キメラの攻撃を防いでいた!?




