231話
蛮族王から無尽蔵と思えるほど滲み出ていた黒き魔力は、腕一本失われたことによって明らかに弱々しくなっていた。…やはりこの強さはあの石に相関があるとみて間違いないだろう。こいつは2つもその石を身に着けている。だからこそのこの強さだ。そうでなければ、人外のステータス値を持つカルミアと鍔迫り合いをするなんて不可能だ。
蛮族王は失った腕の切り口を残りの腕で抑えながら後退り
「…く。分かった分かった!降参だ。俺の負けだ。だから首は勘弁してくれ!今すぐ戦争を終わらせる。それが望みなんだろう!?」
今までの闘気は何処へやら…命乞いを始めた
カルミアは刀を構えたまま顔を俺へ向ける
「…サトル。どうするの?」
「…」
こいつの責任で、沢山の罪なき命と将来ある希望の芽を摘み取った。こんな謝罪で許せる訳がない
だが…
「お前の命は公の場で裁かれるべきだ。間違いなく死罪だと思うけどシールドウェストで公開のうえ裁かれるのが一番の理想だと思う。それが被害者へのせめてもの手向けになるからね」
「…そう」
あと数歩、後退りする蛮族王。巨大な繭が丁度そこにあり、彼がそれにもたれかかる
カルミアが刀の構えを解いた。その時―
「ククク…ハハハハ!!いやぁ、そりゃそうだ。お前が甘い奴で助かったぜ…来い、ビアンカ!!」
まさかこいつ!?
「カルミアさん!今すぐ首を!」「…!」
「もう遅い!」
何十にも形成した魔法陣を巨大繭に力強く押し当てると、巨大繭が光りだし周り全てを吹き飛ばすような突風を生み出した
すると、繭の糸を破り巨大な魔物が出現したではないか
巨大な魔物は鋭い爪で繭糸を破りその身を顕にする。赤く光る双眼を持つライオンのような頭、鋭い爪を持つ熊のような体…半分以上繭からその巨大な身を乗り出すと、大きな翼を数回羽ばたかせる。その羽根は蝶の羽根のよう。尾は蛇と化している。
…様々な生物を組み合わせた魔物、間違いなくキメラだろう。ただ、俺が知っているキメラとは違う。このキメラは見上げるほど巨大であり、背の翼は虫に由来するものだ。眉間には黒い石が埋め込まれており、その場所から痛々しく変色した動脈が鼓動しているのがわかる。まるで石に寄生されているようにも見えなくもない。背には血のような液体が詰まった透明なタンクを背負っている。タンクからキメラの皮膚には大きな管を通してあった
「マンティコア…いや、キメラだ。カルミアさん、あの魔物…ただのキメラじゃない」
「…うん、明らかに人の手が入っている。生き物をこんな形で歪めるなんて許せない」
蛮族王はビアンカと呼ばれたキメラに駆け寄り、格好悪くキメラの足元にしがみつく
「ビアンカ!あの男と女を殺せ!!はやくしろ!」
キメラが何もしないでいると、蛮族王は片手から黒き靄を出した。するとキメラの頭に埋まった石が呼応するように光り、動脈の鼓動が一段と激しくなる。
「ガアアアア!!」
苦しむキメラは、もがきながらも蛮族王を背に乗せた。そして巨体をこちらへ向けて襲いかかる姿勢をとったのだ
「カルミアさん、見たかい。あの魔物…無理やり操られている」
「うん…それで、どうするの?」
いくら腕利きの魔物使いであっても、こんな巨大な魔物を従えさせるのはレベル10そこらでは無理だ。だからこそ、蛮族王は何らかの手段をとってそれを可能にしたのだろう。一番怪しいのは眉間の石だが、石で強力になった大型の魔物相手にそこだけを狙うは現実的ではない
手段を考える暇を与えるつもりは無いとも言いたげに蛮族王は動き出す
「ビアンカ!生物としての格の違いを見せつけてやれ!」
「ガアアアアア!!」
キメラの咆哮だけで強い向かい風が発生する。キメラは大きな体からは想像ができないほど素早い動きでカルミアへ接近して片足を振り下ろした!
キメラの攻撃を、大げさとも見えるほどの跳躍で距離をとったカルミア。俺はその判断が正解であったことを嫌でも知ることになる。次の瞬間、キメラの攻撃が空振りし、地面に激突した際に爆発にも近い衝撃波が発生したのだ!
俺は慌てて伏せながらもどうにか目を凝らして戦況を確かめる
空を劈く爆音。ぶつかったら死にそうなほどの速度で迫る瓦礫たち。一撃で地形を変化させる攻撃。…ダンジョンで戦ったドラゴンに匹敵…いや、もしかしたらそれ以上に危険な相手かもしれない