227話
「サトル、そろそろ敵拠点に到着…ん?」
皆が体を張って時間を稼いでくれたおかげで、本来では考えられない時間で敵を掻い潜って蛮族王の天幕まで接近することができた。しかし、なにやら敵拠点の様子が?
「カルミアさん、どうかしたの?」
「おかしい。拠点を守る兵が…一人もいない」
本来、敵拠点付近での戦いは避けられないはずだ。しかし、本拠地である天幕に近づいていくにつれて、むしろ敵兵が少なくなっていく。俺たちはあっさりと総大将である蛮族王が指揮をしていると思われるポイントまで到達してしまった。
「護衛がいないなんて、誘い込まれているの…?それとも蛮族王もろとも逃走した?」
カルミアは俺を降ろして、周囲を警戒するが…敵拠点は最前線の戦が嘘のような静けさだ
俺は服のシワを払って、周りを見回す
天幕の後ろには巨大な繭?のような塊がある。この繭は見上げるほど大きく、脈々と鼓動を繰り返していて、見ているとすごく不安になる嫌な感じがする。カルミアの言う通り、この繭と言い、兵一人存在しない敵拠点といい、なんだか変だ。
「うん、カルミアさんの言う通り、蛮族王は逃げちゃったのかもね」
希望的観測も若干含めつつ苦笑してみるが、そんな甘い考えも断ち切るように、後ろから突然の声が
「いいや、違う。俺は逃げていない。そして、俺はそのような下劣な名前ではなく、正統なる王位を証明するために戦っている」
「誰だ!?」
後ろを振り返ると、一際大きな男が仁王立ちしている。側近と思われるフルアーマーの兵が数人程度いるが、全員男の後ろで控えているだけだ。状況からして、俺たちの接近に気がついてたかのような待ち構え方だ
「お前たちが『蛮族王』と呼ぶ男だ。正しくは、腐りきったスターリム西方領土を返してもらう予定の王だがな。親しみを込めて、アレックス王とでも」
蛮族王は凶暴な笑みを浮かべて、俺たちを歓迎するような素振りをみせる
この男、女性のようなツヤのある金髪とは対照的に岩のような顔立ちだ。耳が削ぎ落ちており全身に傷だらけで、たくさんの戦いを経験したことを窺い知ることができる。筋骨隆々、急所に防具は着用していない。戦いに自信があるのだろうか?隊長格とは違い、両腕から凄まじい魔力を感じる。手の甲につけている石で魔力を増幅している
強そうな男だ。だが関係ない。この男には言いたいことが山ほどある
「お前が…!お前が無差別に村々を焼き払い、この戦で数々の命を奪った。何が王だ!自身の欲だけで罪なき命を奪い、戦を扇動しているだけじゃないか!そうしてまた罪なきシールドウェストもろとも私利私欲で私物化するのか!今すぐに戦いをやめろ、こうしている間にも命が消えているんだぞ…!」
蛮族王は、如何にも軽蔑したように肩で笑うと、部下の一人を椅子にして座った
「クハハ…正しさを証明するのには対価が必要なんだよ。小僧。俺には俺の理想がある。それを証明する。いいか、それが人の命であったとしてもだ。お前が仕えるシールドウェストの領主だって、同じように今も部下の命を対価に己の正しさを証明しようとしている。違うか?」
カルミアが前に出る
「違う。あなたは大局を見ているかもしれないけど、大局の先は見ていない。罪のない力なき人々を傷つけて良い理由にはならない。弱者を軽視している」
蛮族王は首をふった
「違わない。俺であっても人という括りに存在する以上、力なき時期…つまり弱者だった。身よりもなく何も無い俺にできることは、逃げることだけだった。唯一の肉親と呼べる存在も差別と迫害の犠牲となった。その時の『強者』は何をしていた?誰一人手を差し伸べることはなかった。……そんな世界、間違っている。間違えているのは俺じゃなくて世界の方だ。だから俺は…世界から迫害されてきた者を集めた。蛮族の王と蔑まれても構わない。秘境の地で一から築き上げ、迫害の無い世界を作るためだ。王が王たらしめるは、血統ではない。覚悟と強さだ」
蛮族王は、昔何らかの理由で迫害されていた。だから人を集めて迫害や差別が起きない世界を作るために…?
「だからこんなことをしているのか?分かりやすい『強者』の真似事を?」
「力の顕示はとても大切だ。お前たちが分かりやすく物事を理解するための儀式と言ってもいい。それに、間違えている方の世界で生きている人が何人死のうが構わない。いずれ全てを『修正』するその時が来るからだ。修正なくして、差別も迫害も無くならない」
狂っている…
「蛮族王…それなら、仮にお前の言うことが正しかったとしよう。それなら尚更、弱者から奪うことを躊躇ったりしないのか!心は傷まないのか!」
蛮族王は歯を見せて笑う
「クハハ…!あぁ、痛むとも。迫害と差別を受け入れる世界に染まってしまった全ての者へ、変化を受け入れられない者全てへ、最大限の哀れみをもってして。……変化だよ。小僧。俺の世界を受け入れろ。その先は素晴らしい世界だ。あの御方もそう仰るだろう」
あの御方…?
「お前は…間違えている!!お前の目指す先に明るい未来なんて絶対に無い!」
「そりゃ…お互い様な意見だな。小僧が描く甘ったれた未来は今俺がここで打ち砕いてやろう。巻き込まれる者が可哀想だからな」
蛮族王は部下にアゴで指示すると、側近たちは数人の手で鉄塊のような大剣を運んできた
それを軽々しく片手で持ち上げると肩に担いで、もう片方の手でクイクイと挑発する
「来な…」