225話
また、後方で戦闘の音が聞こえてくる。イミスの攻撃だろう…フォノスもそうだが、たった一人で部隊を相手にするなんて、いくら彼女たちが強くても心配だ。
俺の頭の中で、逃げの選択肢がちらついてしまう
仲間を危険に晒してまでアイリスに加担するべきなのだろうか。…仲間を連れて、どこか遠くまで逃げても良いんじゃないか?俺たちは十分に頑張ったじゃないか?
必死に自分を納得させる理由ばかりを探してしまう
自身を納得させようとする度に、アイリスやシールドウェストみんなの笑顔が瞼の裏を過るのだ。
今放棄し逃げでもすれば、俺達を信じて戦っている者はすべからく死ぬだろう。そこにはアイリスだって含まれる訳で……戦争では数が物を言う。相手は数に加えて魔物まで使役している。俺たちの存在は、この作戦では必要不可欠
頭では分かっている。分かっているんだ…高速移動するカルミアに担がれながらも、煮え切らず答えの出ない考えが頭の中をグルグルと巡回してしまう
「くそ…仲間を危険に晒して何も成せない、俺はパーティーリーダー失格だ」
カルミアは足を止めた。優しく俺とサリーを肩から降ろして、俺の背中をさすってくれる
「サトル…私たちは望んで選択している。あなたに強要されたからじゃないの。もちろん、サトルの力にはなりたいって思うよ。でもね、あなたが見ていないだけで、私たちだって、あの町を守りたいって思えるほどの思い出がいっぱいあるわ。人が100%納得して物事を選択することなんて、数えるほどしかないの。だからこそ、私たちは悩む生き物なのよ。でも、これだけは言える。私たちが貴方から譲り受けたこの力は、きっとたくさんの人を救える力。そして、あなたは既に、出会った人の礎を成してきた。かけがえのないものを与えてきた。私たちの幸せを願ってくれた。一つの結果だけで、あなたの全てを否定しないで。あなたを好きな人のためにも」
カルミアは真っ直ぐに俺を見つめている。その眼には何の哀れみも疑いもない。ただただ、真っ直ぐな眼
サリーも俺の肩を叩いてくれた
「カルミアちゃんが言う通りだヨ!ほら、悪の親玉が住まう天幕は目と鼻の先だァ!」
指さした先には確かに、天幕が目視できるほどに近づいてきている
スピード勝負。仲間は危険を承知で俺たちの時間を作ってくれる。蛮族王の首さえあげれば、それでこの戦は終わりなんだ。
戦が始まってすぐにたくさんの人が犠牲になっている。こうしている間も
俺は何度目か分からないほど挫けそうになっている心を奮い立たせ、頷いた
「…ごめん。ありがとう」
カルミアは頬を赤くして口端を吊り上げる
「ふふ…最初から決めているから」
何のことだろうか
「…何を?」
慌てたように取り繕うカルミア
「別に何でもないわよ。さてと…本拠地ではさすがに隠密行動で見つからないなんて、都合の良いことにはならないと思うの。敵は掃いて捨てるほど、警備も万全。だから、数分で到達できる地点まで到着したら、あとは突っ込む。力押しで敵をなぎ倒して蛮族王の天幕まで突っ走るのよ。それまでは私があなた達を運ぶわ…ん?」
サリーは俺たちから一歩離れる。表情は真剣
「……あちャ~…ウン、決めたヨ」
「サリーさん?カルミアさんが運んでくれるんだって。早くこっちに―」
サリーは暫く黙り込んだあと、カルミアを見つめる
「…カルミアちゃン」
「…えぇ、そうね。二人担いだ状況で、振り切るのは…難しいわ」
嫌な予感がする。
「サリーさん、まだ敵はいない。すぐに移動しよう」
サリーは首を横に振る
「んーン。サトル…もう遅いみたィ。ほら、上」
上空には殺意に満ちたオーラを纏う、例の空を飛ぶ魔物に跨った兵士たちが集まり、こちらに槍を向けている。怒り狂っていて、こちらに何か叫んでいるが、距離があるため聞き取れない。しかし今にも突撃してきそうなのは明確。総数は30以上。偵察部隊の本体と思われるが、仲間が帰らないことを察してか、俺たちに憎悪を燃やしていることだろう。飛行部隊から発見された以上、隠れながら移動することが難しい…