224話
フォノスを残してきた地点で、大きな衝撃音が幾度となくこちらまで響いた。彼は一人であの幹部クラスの敵と戦っているのだろうか。戦いの音が耳に入る…その度に胸が苦しくなって、今すぐにも戻って加勢したくなる。しかし、カルミアはそれを許さないだろう。パーティーメンバーは、誰一人口を開かないが、皆しっかりと前を向いて走っている。手を引かれながらも後ろを見ているのは俺だけか
フォノスと離れてから少し経過した頃。移動中ずっと、強く掴んだ俺の手を離してくれないカルミアだったが、俺の気持ちを察してか彼女が口を開いた
「…辛いと思うけど、彼の気持ちを無駄にしないで。今重要なのは何かを考えるの。それに彼は強いわ…必ず生きて帰るから、自分の心配をしなさい」
「…っく!」
俺はせめてもの抵抗として、カルミアに引きずられる姿勢を崩さない。こんなことをしても何の意味も無いのは俺自身が分かっている。…分かってはいるのだが。
暫くの沈黙が続くが、先頭を走るイミスの声がそれを打ち破った
「みんな!進行方向から何か来るよ…!?スカーレット!」「はいマスター」
瞬間、イミスが立っている付近で爆発が発生した
「イミス!?」
俺は立ち上がり、硝煙の中イミスの元に向かう。イミスはディフェンシブモードになっていたおかげか?無傷のようだ
「ふぅ~…スカーレットとの合体が遅れてたら、ウチやばかったかも…アハハ」
言葉と相反するように彼女の顔は自信に満ちている。服が少し汚れているくらいか…全然ヤバそうには見えないが。とにかく本当に無事で良かった
「無事で良かった…でも、一体何なんだ?何処からの攻撃だ?」
そうしている内に、また前方から魔法球が飛んでくる。しかし、イミスに二度目の油断はない。
「もうウチには通用しないよ!…はあ!」
大盾で弾き返し、魔法球は上空で派手に爆発した
「それはそれは…困りましたね。それに初見でアレを見切ってしまうとは…話に聞いていたよりもずっと、トンデモナイ御方達だ。ここで待っていて、正解だった」
「誰だ!」
光学迷彩を解除したように、俺たちを囲むほどの兵が突如前方に現れた。全員が俺たちに杖を向けている。魔法が主力の一個大隊が待ち伏せか…?しかしこの事象は…
「…透明化!?いやしかし…」
透明化の魔法はサリーのような変性術を得意とする者が使用できる魔法の類だ。文字通り、自身の身を隠すことに使えるし、今のように襲撃する用途でも使える。初めてお目にかかる魔法だが、かなり高度な魔法で、まだサリーですら会得していない。そのような魔法が一般的な兵に使えるのだろうか?
隊のリーダーと思われるこの男?が人差し指をふる。
「『透明化』だって?チッチッチ…我々の奇襲をそのようにお褒めいただくのは大変結構なことだ。しかし、それは違う。そもそも、失われた魔法技術と言われる『透明化』を使える者などいないのは誰もが知っている常識だろう。魔法のお勉強が足りていないようだ」
この者は長髪で顔全てを覆い隠している。何だか不気味だ。声からして男だと分かるが、足元まで伸びきった髪が彼の正体をあやふやにする。手の甲にはやはりあの石…しかし今回は最初から発動されているようで、黒い靄がこの男を包んでいる
「からくりを知りたい…そんな顔だな。しかし、そんなものを敵に教える義理は無い。そのまま死にたまえ…やれ」
蛮族王の兵達から一度に様々な魔法が放出される。さすがにこれを受けるのはまずい!
「オプショナル・ディフェンスフェーズ[希望のオーラ]!」
イミスが俺たちを庇うように大盾を展開、スキルを同時に発動した
地面が抉れるほどの爆発がイミスを襲うが、彼女は涼しい顔で立っている
「ふふん、それで終わりかしら?そんな攻撃、痛くも痒くもない!夕暮れの混雑した酒場を回す方が、ずっとキツかったわよ!」
「馬鹿な!?ありえない!」
顔は見えないが、奇襲をしてきた長髪男は驚愕しているように見える
「サトル君…、みんな。ここはウチが食い止める。見て分かるでしょう?ウチならここを完璧に抑えられる。でも、倒すのは時間がかかっちゃうと思うの」
まてまて…フォノスに続いてイミス、君までそんな
「イミスさん、それはダメだ。倒して一緒に進む。そして蛮族王と皆で戦う」
イミスは首を横に振る
「それじゃ、サトル君のお仕えする領主様は助からないと思う。はっきり言っちゃって、ゴメン。でも領主様は今こうしている間も、ずっと戦っている。時間がないの。お願いだから聞いて」
「いやだ!」
イミスの肩を掴もうとするが、またもやカルミアがその手をとって、俺を引っ張り出す
「…イミス。また後で」
「カルカル…ありがと!サトル君を頼んだよ!」
「…言われるまでもない」
カルミアはサリーと俺を担いで走り出した
「王の元へ行かせるな!」
長髪男たちは無数の魔弾をこちらに放つが、既にイミスは魔法の射線へと回り込んでいてその全てを弾いた
「サトル君は、ウチに希望を与えてくれた。笑顔をくれた。そして、おばあちゃんとウチのゴーレムをいっぱいいっぱい褒めてくれた。村で夢抱えたまま寂れて死ぬ運命だった少女を救ったの…ずっと、ずっと貰ってばっかり」
「ええい、邪魔だ!」
長髪男の魔弾が容赦なくイミスへ迫る
「だから、今度は……」
イミスの体からオーラがほとばしる
「今度は、ウチがサトル君のために尽くす番だああ!」
魔法とイミスの大盾がぶつかり合い、地が大きく揺れた




