223話
戦火に包まれた野を駆け抜け、最小の人数で蛮族王の座する天幕まで向かう
しかし、いくら彼女が目立つ行動をしているからといって、敵対勢力をアイリス側で全て引き付けることは不可能。大回りで迂回する俺たちの進行ルートには行く手を阻む者が…
「あらあらん…ネズミがここまで潜り込んでいるとは…向こうで大立ち回りしているシールドウェストの領主は…もしかして囮かしらん?」
そこには大型のムチを持ったハゲ頭がいた。戦化粧を口紅のように使っていて筋肉質だが体の動かし方は妙に女性らしい。着崩しているが、服装からして蛮族王の軍で間違いない。幹部の一人だろうか?立ち振る舞いからして只者ではないな。片手の甲には…やはりあの石。しかも土台のような装飾がついている
「隊長、あいつはアイリス軍の別働隊かと思われます!」
ハゲ男の部下の一人俺たちを指差し、武器を抜いた。それを合図にハゲ男の部下たち全員が抜剣
「あら、イケない子ねん!ボスの願いを邪魔する悪い子は、ここから先へは通せないわね!」
ムチをバチンと地面に打ち鳴らし、交戦の意思を見せてくる
部下も数十人ほど連れているな。全員倒して進むとなると、時間はかかるだろう。そして、ここで時間を食うのはまずい…迂回ルートとはいえ、まとまった交戦をしては余計な注目を集めてしまう。それではアイリスの囮が意味をなさない
「くそ…こんなところで時間をかけてはいけないのに!」
俺が杖を出して交戦に応じようとすると、俺の前にフォノスが出てきて手で制す
「お兄さんは先に行ってほしい。ここは僕一人で抑えられる」
「何を言っているんだ!そんなことをしたら―」
フォノスが心配だ。相手は数十人もいる…それにあの幹部からは嫌な感じがするんだ
「僕は死なない。まだ、お兄さんの理想を叶えるその日まで」
フォノスは横顔を優しく緩めると、殺人刀と活人剣を腰から抜いて叫んだ
「さぁ、早く!みんな!お兄さんを任せたよ」
「フォノスを置いて行けるわけないだろう!」
俺がフォノスを止めようとすると、カルミアが俺の手をとって、走り出した
「…サトル、時間がない。この方法に賭けるしかない」
「カルミアさん!?離してくれ!」
カルミアの膂力は俺にはどうしようもない。為す術がなく、カルミアに引っ張られる
「あらあら、ネズミたちの作戦にしては合理的ねん…でも、逃さな…!?」
ハゲ男がムチをバチンと鳴らすと、ムチの一つ一つが意思を持っているように、俺めがけて飛んでくる
「お兄さんの行く手を阻むことは許さない」
フォノスは殺人刀で伸びるムチを攻撃し、サトルへ届くまえに断ち切ってみせた
「あらん…?」
「さぁ!早く」
「…死なないで」
カルミアは頷き、フォノスを置いて俺と仲間を連れ走り出した。フォノスたちが少しづつ遠くなる。
ハゲ男は冷静にムチの切り口を確認した。ムチは切り口から触手のように新しく生えてくる
「あらあら…一瞬であんなに遠くまで…。只の子供と思ったのだけれど、考えを改めなくてはならないようねん?…あなた達、囲んじゃいなさい。このガキをとっとと殺してネズミを追うわよ」
「は!隊長!」
舌なめずりしながら、クネクネ歩きでフォノスへ接近しつつムチを向けると、ハゲ男の部下数十人が一斉にフォノスを囲って槍を突き出してくる。ハゲ男は空中にジャンプし、フォノスの頭上からムチを叩きつける。フォノスを回避型の戦闘スタイルと山を張った面での攻撃。…このハゲは、髪は無いが頭が切れるぞ。
「魔法武器だね…賊程度が持てる代物じゃない」
「お・姉・さ・んとお呼び!このガキャア!」
フォノスは冷静に槍の包囲を掻い潜って、ハゲの部下数人を羽交い締め、攻撃を防ぐための盾にすることでムチの連打をやり過ごす
「ぐああああ!?」
ムチの力には魔法力が宿っているらしく、ムチに打ち付けられた男は体が燃え上がりもがき苦しむ
「この攻撃を避けたのはあなたで二人目ね…それに、私の武器が普通じゃないことも見抜いたなんてステキよ…もうちょっとお兄さんだったら、わたしのタ・イ・プ…だったのにん!殺すのがもったいないわねん」
ムチでバチンと地を叩くと、またムチは空駆ける蛇の如くフォノスに襲いかかる。フォノスは圧倒的な敏捷力で、迫り来るムチを斬り落とす。防げない面での攻撃は近くにいるハゲ男の部下を盾に使う
「うわああああ!あつい!あついいいい!」
部下は怪しい炎で包まれ、体を掻きむしるようにもがき動かなくなる
(これ…一撃でも攻撃を受ければ、おしまいだな。呪いの類か…?あんまり時間をかけてたらマズイな)
「ッはぁ!」
フォノスは腰のポーチから小さなシリンダーをひとつ取り出し、ハゲ男に投げる
「そんな攻撃…いやん!?」
防御するため、咄嗟にムチでシリンダーを割ると、その中から赤黒い煙が吹き出した。直感か、ハゲ男は既の所でバックステップを踏んで煙から距離を取った。しかし数滴は顔に付着してしまったようで、無傷では回避できなかった。ジュウウ~と肉が焼ける音
ハゲ男は手で顔を多い、膝をつく
「どう?サリー姉さんから教わった特別なポーションだよ。皮膚が爛れるくらいなら、まだ運が良かったかもね」
ハゲ男は恐る恐る自身の顔を触れる。綺麗に整えられた顔は半分爛れてしまっていて、見るも無惨
「あぁ…あああ!…ああああああ!?あああああ!!!………よくも、よくもあたしの顔をおおおお!」
「む…!?」
手の甲に装着している黒い石が、ハゲ男の怒りに合わせて黒いオーラを色濃くハゲ男を包みこむ。すると、みるみるうちに傷が癒えている。顔の爛れもすっかり治り、同時に魔力が高まっていくのをフォノスは感じた
「許さないわ…このガキィイイ!」
「お兄さんに敵対する者が誰であれ、ここから先へは通さない…お前は[お兄さんと僕の敵]だ!」
フォノスも全力で応戦するため、活人剣を回転させ帯刀し、片手に殺人刀…もう片方の指の間に幾つものポーションを持った、独特の構えで応戦する