222話
アイリスが檄を飛ばし、兵たちの士気を上げて、我先に走り出す
「魔導兵と弓兵!ありったけを叩き込め!近衛と騎馬隊は私に続けええええ!」
敵が有効範囲に入ると、示し合わせたように双方の陣営が魔法の詠唱を開始した
アイリスが剣で合図し敵陣へ突っ込むと、後方の歩兵と弓兵部隊が遠距離攻撃を敵軍に叩き込む。蛮族王側も呼応するように、弓と魔法で応報を開始した。互いの魔法が空中で炸裂、運良く間をすり抜けた双方の魔法や弓矢が、互いに甚大な被害をもたらす。
「突っ込めぇええ!」「アイリス様に続けぇえええ!」「うおおおおお!」
数百規模の魔法が飛び交う中、アイリスは騎馬を率いて自ら先陣を切る。敵兵に騎馬はいないが、足の早い魔物や空を飛ぶ魔物、軽装の歩兵とぶつかる。
アイリスの騎兵は敵歩兵のみにターゲットを絞り、騎兵の突進力を活かした戦法で敵陣をかき乱しつつ、そのまま振り抜けるように離脱。相手と交差する度に敵兵の首を刎ね距離を取る。魔法や矢の着弾時には上手く距離を取り、また勢いをつけて突撃を繰り返す。この戦法はとてもリスクが高く、死亡率が極めて高い。しかし、アイリスの兵は誰一人離脱せずにアイリスの動きに追従し、ピッタリと息を合わせている。少しでもタイミングを間違えば、味方の攻撃に晒され、敵に貫かれてしまうだろう。しかし、そうはならない。彼女にはその腕前と士気を維持させるカリスマ性を持っているからだ
「空の魔物は無視しろ!歩兵をつぶせ!できるだけ敵のヘイトを私達に向けるのだ!私達に意識が向けば、それだけ後方の魔法が活きてくる。作戦成功までは絶対に時間を稼げ!」
「っは!」
「さて、後何度突っ込めるか!最期まで付いてこれた者には秘蔵の酒をやるぞ!」
アイリスと騎馬兵は敵陣への突撃を繰り返す
(サトル…後は任せたぞ!)
* * *
俺たちの遥か前方でアイリスが敵軍へ突っ込み、それを合図に魔法や弓矢の雨が双方の軍に降り注ぐ。至る所で地面が抉れて地鳴りが発生し、人が貫かれては倒れ伏す。怒号と衝撃…そして目まぐるしく変わる状況で耳鳴りもひどい…これが、戦場で戦うということなのか。
迫りくる大量の魔法、よそ見をしていたら目の前に幾つもの魔法が迫っていた。そして視界がフラッシュして何も見えなくなる
・・・
爆発音。キーンという音とホワイトアウトした意識をどうにか取り戻す
「…トル!…サトル!!」
「っは!?」
戦場の前線で立っていたと思ったら俺は地面に倒れていた。
今、俺の視界にはカルミアと様々な魔法が飛び交う空模様が見えていることから推測するに、俺は攻撃の余波でも受けて倒れて意識を失い、すぐに起こされたのだ
「…こんなところで、寝ている場合じゃないわよ」
「っく…いててて。カルミアさんが助けてくれたのかい?」
「…今回は悔しいけど、イミスがサトルへの被弾を防いでくれたの」
カルミアが優しく肩を貸してくれた。攻撃を受けた方角を確認すると、大盾を持ってディフェンシブモードに切り替えていたイミスがグッドサインを出す
「サトル君は…ウチが守るから!っと!」
イミスの立っている場所は無数の矢と魔法によって地面がめちゃくちゃになっている。もし彼女がいなければ、俺はその地面と仲良く炭になっていたことだろう。こうしている今も、飛来する矢や魔法をガンガンと大盾で弾いている
何が凄いって、そんな攻撃を受けてもびくともしない彼女とゴーレムの耐久力だ。パラディンの複合クラスは伊達ではない
「済まない。イミスさん…命を救ってくれて、ありがとう」
「ふふ~ん。最近ずっと良いところ取られっぱなしだったからね!…とと」
「…サトル。あなたにはアイリスからの使命がある。こんなところで、寝ている場合じゃない」
…そうだ。俺は突撃前にアイリスから念押しされていたことを思い出した。
* * *
時は少しだけ遡る
突撃を目前に控えた昼下り。簡単な天幕の中、これまた簡素な机の上に配置された戦略マップに指で指し示すアイリス。今この場に居るのは俺と彼女だけだ
「事前に軽く伝えてはいたが、改めてこの場で作戦を言い渡す。この戦争は…サトル。君たちの活躍に左右されると言っても過言ではない」
机に配置された戦略マップには、青と赤で分かれたフィギュアが並べられている。赤が俺たちで青が蛮族王の勢力だ。青が若干多く、横一列に配置されている。アイリスは赤いフィギュアをひとつとって、俺に指差す
「アイリス様…本当に本気ですか」
「こんな時に冗談を言う趣味は無いな。そのために、私自らが囮になるのだ。そして、この限りある時間でお前を見つけた。そしてここまで育ってくれた。だからお前に全てを賭けても良いと思った。竜をも殺す単体戦闘能力をここで使わずに何時使うというのだ?」
アイリスは赤いフィギュアを、戦略マップで蛮族王がいると思われる場所の横に力強く配置した
作戦はこうだ。
俺たちは、アイリスの軍と蛮族王の正面衝突には一切加わらず、アイリスが横一線の敵からヘイトをもらい、そのまま砦まで引き返す形で迎え撃つ。敵の陣形が薄くなったところを俺たちは少数精鋭で切り抜けて、蛮族王との直接対決をするというものだ。確かに敵将の頭を速攻で挙げてしまえば、戦力差だって覆せるだろう。相手は戦う意味がなくなるだから
…しかしこれではアイリス側の被害が大きすぎる。当初は、全員で迎え撃ってから敵兵が少なくなった段階で首を取りに行く作戦だと思っていたが…。
…兵力が足りないうえに、敵の隊長クラスはあの石を身に着けている可能性だって高い。俺たちであれば対処は可能だろう。その分に万全では無くなるだろうが、アイリスたちの死亡率はぐっと低く抑えられる。何もこの戦争だけでケリをつけなくても良い訳で…
「ふぅ。…また、そんな顔をさせてしまったな」
「…え?」
アイリスは俺の頬に優しく手を添えた
「サトル。お前の気持ちは嬉しい。私たちのことを考えてくれているのだろう?それは嬉しいとも ただ、少しでも良いのだ。私と私の軍を今一度信じてはくれないだろうか。私は強いぞ?それこそ、百人相手でも負ける気はしない。腕一本でここまでのし上がった女だ。だから、絶対に死んだりはしないさ」
「…約束ですよ?」
「あぁ、この酒に誓って!」
アイリスは何処からともなく酒を取り出してニカっと笑ってみせる
「また、この人はこんな時にも酒を…」
「ハハハハ!うまいぞ…こんな時だからこそな。サトルも呑むか?」
「いりません!」
この後、軍の編成があるとかで彼女は席を外した。俺も、作戦の内容を仲間に伝えたのだ
* * *
そうだ…!俺には、今俺にはやらなくてはならないことがある。こんなところで寝ている場合じゃない!俺が動かねば、時間をかけてしまえばアイリスが討ち取られる可能性が高くなっていく。こうしている間にもだ
俺は立ち上がり、戦局を見据える。今はアイリスたちの騎馬が大立ち回りをしてくれているおかげか、横一線だった敵陣が、頭を潰そうと躍起になってか片翼側に向いていた。これで、俺たちは最小の損害で敵陣を抜ける
「…そうだな。急ごう!時間を使いすぎた」