221話
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赤き鎧を身に纏った戦士たちの地鳴りのような雄叫びが戦場全てに響き渡る
その様子を、冷たい目で見据える大男が天幕の奥で座っている。歴戦の勇士を絵から出したような大柄体型で、金髪を台無しにする厳しくも岩のような顔。顔から全身に至って傷だらけだ。しかしそれを見せびらかすような、胸元が大きく開いた服を着用しており、戦場には似つかわしくない。両腕には装飾付きの黒い石が埋め込まれており、体からは常に黒いオーラを発していた。
男は大部分が骨で作られた椅子に足を組み、肘をついており、不機嫌そうにアゴだけで給仕に指示を出した。
給仕は慌ててトレイに酒瓶と銀のコップを乗せ、男の元まで寄る。男は給仕から酒瓶を乱暴に奪い取ると、指で酒の栓を弾き飛ばし浴びるように飲み干す。
「ぐふぅ~……やはりシールドウェストの酒は美味だ」
「その酒も、女も、そして町全てが、我が君の物です…ケケケケ。愚かにも真なる王である我が君を『蛮族の王』などと宣う者全てが、今日この時をして己の考えを生涯に渡り改め恥じることでしょう」
「ケラ、お前はいつも俺を気持ちよくする言葉をかけてくれるなあ」
ケラと呼ばれた者は、大きく頭下げる。ヨボヨボの体を隠すように纏った黒いローブの爺。フードを深くまで被った彼の顔をよく見た者は居ない
「寛大なる王へ、感謝を…私は、当然のことを申したまでです」
「当然、当然か…フハハハ!全くもって、その通りだ。ケラ…いつも言っているが、お前は俺を名前で、アレックスと呼んでも構わないのだぞ?ここまでうまく事が運んだのも、お前の頑張りによる功績が大きいからな。側近が堅苦しくする必要はないだろう」
蛮族王アレックスは持っていた酒瓶をケラへ投げ渡す
ケラは爺らしくない敏捷力でそれをキャッチし、恭しく礼をした
「お戯れを…そのようなことは恐れ多く。下々の者に示しもつきません。……どうやら、シールドウェストの勢力が突撃を始めたようですね」
天幕に伝令が入り、ケラへと耳打ちした。ケラは頷き、アレックスへと補足を入れる
「先陣は領主自らとのこと…」
「ふん…」
アレックスはつまらなさそうに鼻を鳴らし、天幕のずっと先からこちらへ突撃を開始する赤き兵たちを改めて見据えた
「兵力、装備、魔物、そして俺の相棒…何よりも俺という存在。その全てに負ける要素などありはしない。領主自ら突っ込んでくるとは、噂に聞いていたよりもアイリスとは愚鈍の主!自殺に等しい行為に付き合わされる者も運がない。愚かしいを通り越して、同情の念すら感じるぞ。俺の元に来れば、全ては思いのままだというのに!」
アレックスは天幕の横に配置された、見上げるほどの巨大繭に視線を移す
「今から起きることは戦争などではない。俺だけのために用意された…余興だ」
「…開放なさるのですか」
「いいや、ケラ。お楽しみは後にする。今は愚鈍な領主が俺の兵に蹂躙される景色を眺めておきたいのだ…フハハハ!」
「…」
「全ての兵を進軍させろ!魔物は全て使っていい。あの忌々しい女の首をここまで持って来い」
「全て…補給部隊や後方支援は――」
「ええい、当たり前だろう!全てだ!もう一度は言わんぞ」
「……承知いたしました」
ケラは天幕から出て、迫りくる敵陣を冷静に遠視魔法で観察する
(統制のとれた動き。この時期での長期戦を見据えた補給経路の確保や砦の設計。想定数を超える兵の招集。兵の動きに無駄がない。練度の高さが並外れている…そして、例の冒険者ですか……精々、蛮族王には頑張っていただきたいものです)
「ケケケケ…」
ケラは足元に魔法陣を作り、その姿を人知れずくらました
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