22話
「サトルくん…何か人影が見えないかい?それも数人」
ドーツクが指を指した先には緩やかな勾配の先に見える人影だった。遠くからでも武装しているのが分かる。こんな早朝から武装して近づく怪しい者は盗賊くらいなものだろう。
「ドーツクさん、すぐに荷台の中へ。俺はカルミアたちを起こして警戒にあたります」
「わかった。すまないが頼む」
ドーツクを後ろに下げ、カルミアたちを起こす。すぐに武装させて盗賊共とギリギリ声が交わせる範囲まで互いに近づく。
「俺は冒険者ギルド、竜首のごちそう亭所属のサトルだ! こんな早朝から武装して何の用だ!」
盗賊共はニタニタした気味の悪い笑みを浮かべると左手を上げて合図を行う。すると、勾配になって、こちらからはうまく見えなかったが、一人、また一人と盗賊が顔を出してきた。軽く十名ほどおり、思ったよりもずっと数が多い。どう切り抜けるか考えていると盗賊が叫ぶ。
「見ての通りだぁ! てめぇらから全てを奪うもんだよぉ!」
それを聞くとカルミアはすぐさま剣を、サリーはクロスボウを手に取り構えるが、待ってましたと言わんばかりに盗賊は言う。
「おっとぉ!? てめぇらは背後の警戒を怠ってんじゃねぇか?ん~?」
ハッとなり後ろを振り返ると、いつの間にかヒポグリフ二頭とドーツクを乗せた荷車が四名の盗賊に囲まれている。やられた、気を逸らして護衛を剥がすのが目的だったんだ。
「…てめぇらが俺たちと悠長に戦っている間に護衛対象の商人様はどうなっちまうだろうなぁ~!?ヒヒヒヒ」
「っく…」
打つ手がなくなり拳に力が入る。朝は最も油断が生まれやすいタイミングだと知っていたが、こうも簡単に敵の術中にはまってしまうとは思わなかった。ドーツクを見捨てる訳にはいかない。
「てめぇら…少しでも動いてみろぉ?商人様の首は即刻、体と永遠におさらばしちゃうぜぇ! …よし、野郎ども!荷車ごと奪え! ヒポグリフはどうせ懐くまい。その場で殺せぇ…」
それを聞いたドーツクは急いでヒポグリフの前に出てきて必死にかばう。
「き、君たち!僕と荷物はどうなってもいい!だからこの二匹に手を出すのはやめておくれ」
ドーツクの願いも儚く盗賊は剣を手にヒポグリフを殺そうと襲ってきた。ドーツクは慌てて護身用の心許ないナイフを手にどうにか一人目の袈裟斬りをさばいた。何度か退けたものの、すぐにドーツクの息が上がってしまい敵の攻撃を許してしまう。しかし、幸運なことに敵のターゲットはドーツクになっているようだ。そして盗賊はドーツクをいたぶり始めた。
「てめぇ!さっきから鬱陶しいんだよぉ!」
盗賊がドーツクを蹴り飛ばすが、ドーツクはターゲットが自分に向き続けるように、何度も何度も這っては盗賊の足をつかむ。もちろんその様子をヒポグリフは黙ってみてる訳ではないが、荷車に繋がれた手綱をほどけずにその場で暴れまわっている。ドーツクを助けようとしているのかもしれない。
「ぐは…! や、やめてくれ。ヒポグリフは殺さないでくれ!」
「あぁくそ!離しやがれ!くっそ、人質じゃなかったらズタズタにしているところだぞ」
俺たち護衛側はその様子を黙って見つめるしかないのか。俺たちの周りには手を出すなと言わんばかりに残りの盗賊全員で円になるように俺たちを囲っている。少しの時間でもドーツクとヒポグリフの身の安全が確保できれば…そんな硬直状態が続き、とうとう盗賊はヒポグリフの前まで迫ったときだった。
「やめてくれぇええ!」
ドーツクの叫びに呼応するように、俺の本が光りだし、同時に無機質な音声が脳内を支配する。
*ゲストパーティー対象 ドーツクの救援要請を確認*
*ドーツクの限定的なクラスチェンジが可能となりました*
…限定的なクラスチェンジとは一体…しかし迷っている暇は無いだろう。俺は現状を打破できるならと思いすぐに本を開いて叫んだ。
「ドーツク! クラスチェンジだ!」
カルミア、サリーに続きドーツクにおいてもクラスチェンジ時には全く同じ灰の世界。その中にいる間は、俺以外の世界が止まったように見える。止まった世界ではやはり好き勝手はできず、本のみの事象干渉が可能だ。これも同じ。唯一の違いはクラスチェンジが『限定的』なものということだろうか?本を確認してドーツクのキャラクターシートを開いてみる。すると、クラスの項目が光っており編集可能ではあるが、カルミアやサリーと違い、クラスチェンジがひとつしかできず、マルチ化ができないようだ。
「ドーツクのクラスチェンジは、何故かひとつしかない…しかもサブクラスでマルチ化することができないぞ… でもチャンスを作るには十分だ」
*対象 ドーツクのチェンジ可能なクラスはこの通りです。限定的なクラスチェンジにより、本人の強い意思により【魔獣使い】が自動決定されました。また、現在のクラスである【マーチャント見習い】を失います*
*魔獣使い*
チェンジ可能なクラスは【魔獣使い】…てっきり商売に関するクラスを特化させる適正があるものだと思っていた。フタをあけたら意外なものだ。ただ、納得できる部分もある。それだけ魔獣を大切に思っていたのだろう。これを俺が選択すればきっとドーツクは商売に関する才能をクラスによって失うだろう。何かを得るには何かを失わなければならない。俺のマルチ化させる能力はそれをも覆すかもしれないが、条件が満たされてない以上、こうするしかないだろう。もしかしたら間接的にではあるが、ドーツクの夢を壊してしまうかもしれない、ただドーツクは荷物よりも自分の命よりも魔獣を助けてほしいと言った。もしここで助けなければきっとドーツクは…。それなら、やっぱり俺がやることはひとつだけだ。すまない、ドーツク…。
「さぁ、君の可能性を魅せてくれ!」
光のペンを取り、本へと書き込む。前回のようにはいかないが、せめてその道で大成できるよう最大限に祈りを込めて。
*対象 ドーツクのメインクラスを【魔獣使い】に設定しました*
*クラスチェンジの効果により魔獣の能力が強化されます*
*クラスチェンジの特典はありません*
*クラスチェンジ 完了しました*
「生まれ変わって! 新しい君へ!」