219話
あれから更に数日が経過した。砦は完成し、アイリスの本隊が常駐する土台が整った。これで、今までのように好き勝手に村々を荒らされる心配は減っただろう。
砦の完成目前を目処に、アイリスへは伝令を送っているので、早ければ今日中にこちらへ合流する予定だ
干し肉とパンで軽く朝食を済まして、朝の日課となっているオウルベアへの挨拶と哨戒に出るため、寒さを我慢しつつ砦から外に出た
「積もったなぁ…」
戦場の平地はすっかり薄雪に飾られていた。降り積もる雪に 腕を擦り合わせながらオウルベアが寝泊まりしている厩舎に顔を出す。凍てつく風を物ともせずに、オウルベアはふわふわした毛を膨らませて欠伸していた
「お前、寒さに強いんだなぁ…」
「グルウウ…」
俺はサモナーでもテイマーでもないが、ここ数日間で毎日欠かさずにオウルベアへ挨拶に行ってはスキンシップをしているので、仲良くなれてきたのではないかと勝手に思っている。…専らこのモフモフを楽しみたいという欲望が混ざっていることは内緒だ
「よーしよしよしよし…」
「グルウウ…」
「よーしよしよしよし!」
「…」
高速で毛を撫で回していると、オウルベアが呆れているように感じたが…多分気の所為だろう
「これが…いいのか!ほれほれ~!」
「…何してるの」
「のわ!?」
急に後ろから話かけられた。振り向くとカルミアがジト目でこちらを見ている。彼女はこんな寒さでも汗ばんでおり、手には訓練用の剣を持っていた。…もしかしたら近くで日課の素振りでもしていたのかも?
「こ、これはですね…スキンシップを」
「…オウルベア、嫌がっているじゃないの。それよりも、アイリスが昼には到着するそうよ。それと、敵側にも動きがあるわ」
「んな!」
オウルベアは俺から体を仰け反らすような体勢をしており、嫌がっているように見えなくもない。そんな……俺とオウルベアの数日間に渡るスキンシップは何だったのだ。無駄だったのか!
朝からショッキングな体験をした俺は最早動く気力もなくなってしまったが、アイリスが来ているとなると出向いてでも挨拶をしなくてはならないだろう。へたれた気持ちにムチを打ってどうにか気を立たせる
オウルベアとのスキンシップに名残惜しさを感じつつ、監視塔に登る。監視塔ではアイリスの兵が、遠視の魔道具を使用して辺りを見渡していた。
「おはようございます。高い場所は一段と冷えますね…」
「…!?サトル様!恐縮です!」
すごく畏まる兵ばかりなので、何故だろうと思っていたが、よくよく考えてみたら俺はアイリスから、この征伐にて将軍の位を賜っていたことを思い出した。ここを守る以外で何をしたら良いかよく分からない。偉そうにしていたほうが良いのかとも思ったが、ガラじゃないのでいつも通りに接する
「寒い中ご苦労様です。ところで、アイリス様と蛮族王の侵攻はどうなっていますか?」
「っは!アイリス様は現在、本隊を率いてこちらに向かわれているとのことです。蛮族王の勢力は、こちらの動きに気がついたのか、偵察が戻らないことを察したのかは不明ですが、この砦に向かって沼地から進軍を開始したようです。日が落ちる頃に砦まで侵攻してくるかと」
意外とギリギリだったな。アイリスが間に合わなかった場合を考えると、俺たちだけで2千の兵を相手にする必要があったが、その心配は無さそうだ。
遠視の魔道具を借りて、沼地の方角を見ると兵の言う通り、魔物と人の混成部隊らしき影が、雪景色を黒く染めている…。一回の開戦で全ての決着をつけようとしているのか、数えるのが億劫になるほどの数を動員しているようだ。恐らく全勢力だろう
「分かりました。引き続きよろしくお願いします」
「っは!承知いたしました!」
監視塔から降りて、アイリスが到着するまでは哨戒に時間を費やした
そして、陽が頭上に差し掛かるころ、アイリスの本隊が砦まで到着する
見る者を畏怖させるような、勇ましい赤を基調としたデザインの甲冑を着用したアイリスが部隊の先頭にいる。全員が同じ規格の装備を身につけており、横一列に並んだ姿は壮観だ。他の面々は歩兵が半分、馬が少しといった構成。アイリスの近衛だけは足が6つある馬?のような魔物に乗っていた。馬自体も鎧をつけており、めちゃくちゃ格好良い!数は全体で1千5百ほどだろうか…想定外の侵攻に対して用意した兵の数としては十分だろう
「アイリス様、お待ちしていました」
「サトルか、馬上から済まないな。私からお願いしたことだが、礼を言わせて欲しい。砦完成までの防衛、並びに戦線の維持に尽力してくれたこと、感謝する」
アイリスは足踏みする6本足の馬を御しつつ、頭を軽く下げ労ってくれた。俺としてはそんなことよりもその馬の詳細が気になって仕方がないのだが
「俺としても、シールドウェストの町を守りたいと思っています。そして、これ以上罪のない人々を苦しめるような者を放置できません。当然のことをしました。それにしても…この兵装で千以上の規模を数日で動かすなんて、一体どんな魔法を使ったのです?」
「ははは!魔法ではないぞ。私に貸している者が数多くいるとだけ言っておこう。グリセリー殿のお力添えも頂けたのだ。後は…ふふ、分かるだろう?」
アイリスに貸しなんて作ったら最後、骨の髄まで持っていかれそうだな…ステロール子爵は今回の件で、フォマティクスに対して愛想を尽かしただろうし、アイリスと俺たちには借りがあるはずだからな。物資も兵も、動員できるかぎりを寄越してもらったのは想像に難くない
「さて、サトルよ。敵も近いと伝令を貰っている。夜までに編成を整えて迎え撃つぞ!」
「はい!」
俺たちには、本隊がぶつかり合っている間に蛮族王を直接討伐する任務が与えられている。数では負けているため、迅速な対応が必要になるだろう
欲を言えば、もう少し兵が欲しいところだが…アイリスのカリスマ性故か兵たちの士気はとても高い。数の不利なんか覆してみせるぞ!