214話
アイリスへの報告を終えた俺たちは、依頼で知り合った知人たちへ救援を求めるお手紙を出し、シールドウェストを発った。
…俺からの手紙で、どれほどの戦力が望めるかは未知数だが、やらないよりは幾分かマシだろう。相手がただの烏合の衆ではないと分かった以上、手落ちや抜かりなどが無いように自分にできることは何でもやっておくつもりだ。
その一環として…砦の完成までの間、防衛にあたってほしいとアイリスから仰せつかっていたので、俺たちはその任務を引き受けたのだ。こちら側の戦力を集めつつ、砦を完成させるまでは戦線を維持し続ける必要があるが、相手が大人しくその様子を見守ってくれているはずもないだろう。間違いなく邪魔が入る
しかし、俺たちがいる限りは蛮族王の兵たちに好き勝手はさせるつもりはない。完成までは守り切る
魔術を応用すれば、俺たちの到着から一週間程度で簡単な防衛施設が完成する見込みらしいので、長期的に守る必要がないのは救いだ。
シールドウェストから南方へ移動すること数日。
俺たちは見渡しの良い平地に到着する。平原の向こう側は沼地になっていて、蛮族王は今そこに布陣しているようだ。
そこでは商人のドーツクが現場の指揮をとって、防衛拠点の完成を急いでいた。
きれいに整頓された資材の山と目録を交互に見ては、度々行き来する職人さんや出稼ぎにやってきたのであろう冒険者たちに指示を飛ばしている。
「ドーツクさん?」
ドーツクは俺の声にハっとしたのか、作業の手を止める
「ん…?その声は…サトルさん!?」
俺だと気がついたのか、飛ぶように俺の元まで来て両手をとって、ぶんぶんと振る
「サトルさん!サトルさんではないですか!もう暫くの間は会えないかと……!いやぁ嬉しいです。私、少しでもお役にたてるようにと、運搬のほかにも色々とやらせてもらっています。今はなし崩し的に建設現場の指揮を執っておりますが!まさかここでお会いできるとは」
「あ、あぁ…えっと、こちらも嬉しいです」
ギルドでも思っていたが、本当に何があったのか…前会ったときはもう少し勝ち気なイメージだったが……雰囲気すら違うというか…。まぁ、ともかくシールドウェストのために一肌脱いでくれていることには違いないないわけで
「ドーツクさんが力を貸してくれると聞いたときには本当に嬉しかったです。まさか運搬だけに留まらずに、防衛拠点を整えるまでお力添えいただけるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます」
お礼を伝えるとドーツクは目に涙をうかべ、俺を捕まえている両腕をさらにブンブンと振る。そろそろ手がちぎれそうだから、やめていただきたい
「とんでもない!あの時力になってくれたお礼は、この程度では返しきれるものではありませんから。そうだ!あれから新しい魔物も扱えるようになったのですよ?サトルさんには是非とも見ていただきたいと思っています」
新しい魔物!テイムが可能なクラスはこれが強いんだ。自身の才やレベルが高ければ高いほど、より強い魔物さえ使役できる…並の者であれば数に上限はあるが、熟達者であればその限りではない。このクラスは何よりワクワクする。男の子であれば、強い魔物を使役する素晴らしさとロマンから来るこの昂りを、皆理解してくれると思う程には好きなクラスだ
「ぜひ!どんな魔物とお友達になれたのです?」
「ふふん…ではご紹介しましょう。私の新たな友人です!」
ドーツクは人差し指と親指で輪を作り、それを口に持っていき勢いよく息を吹きかける。するとピューっと耳がキンとするほど高い音が鳴り響く
暫くするとドスドスと重たい音が近づいてくる
「来ました」
「ヴォオオオン!」
姿を現したのは…
「オウルベア!」
四足の熊型モンスター…オウルベアだ。フクロウグマとも言われている。背丈は成人ヒューマンの三倍ほどある大型の剛毛な熊で、顔だけがフクロウのような姿をしている。口はクチバシになっているため、鳴き声は鳥のそれであり、夜でもよく見通す目は小さな光も集めきるためか、澄みきった大きな丸い目をしている。その顔が可愛らしいと感じる者もいるかもしれない。
しかし、その顔に騙されてはいけない。本来のオウルベアは、熊とフクロウをかけ合わせたような獰猛さと攻撃性、一度決めた獲物は死ぬまで逃さない執拗さとそれに見合う体力を持っているからだ。同じ森に住む、体格的にオウルベアよりも勝る他の魔物だって、こいつと関わるのは避けるだろう。一般人であれば、出逢えばまず死を連想することから、一部の地方では死を司る動物とされている
そんなオウルベアだが、普通の魔物よりもずっと知性が高く、十分な根気と運さえあれば訓練を施すことでこのようにテイムすることが可能と言われている。あくまでも設定的なものだったため、まさかこの目でオウルベアがテイムされた状態で見られるとは思わなかった
元々が高難易度のテイムになる魔物なので、並の冒険者を一捻りするほどの強さを持っているはずだ
「さすがはサトルさんです。この子の存在を知っていたとは…恐れ入りました」
しまった。さすがに不自然だったかな。話題を変えよう
「え、えぇ…しかし素晴らしいですね。こんなに強そうな子を一体どうやって?」
「それが、不思議なことに自分でも特別なことをした覚えがなく…この子と出会った時も森で採取をしている時でした。護衛は私を置いて一目散に逃げてしまい、取り残された私はその場で死を覚悟したのです…しかし、見つめ合ってても一向に攻撃をしてくる様子がなく、むしろ私に懐いてしまって、頭を擦り付けるものですから…そのままこの子と友達になれたのですよ。こんな調子でテイムできてしまった魔物が沢山います。サトルさんと出会って、あれからずっと調子が良いのです。今ならどんな魔物でも、心を通わすことができそうです」
俺に心当たりがあるとすれば、彼のクラスチェンジを行ったことだろう。魔物に関してのみで言えば、彼のクラスの横に並ぶ者はいない。彼自身の成長が、想定を超えているのだ
「また、やってしまったか…」
俺はオウルベアの首元をなでてやる。するとベアは嬉しそうにフンスと鼻を鳴らした
これはまた頼りになる傭兵がいたものだ