213話
フォノスから悪魔化の石を預かり、夜が明けてからすぐに領主のアイリスへ面会する。執務室は相変わらず資料が散乱しており、机には何本か酒の空き瓶があった
「なんだ、サトル。朝早くからどうした?今日から砦完成までは防衛の任の予定だろう」
昨日、遅くまで呑んだのだろうか?アイリスの顔は気分が悪そうだ
「はい、その前にどうしても見ていただきたいものがあったので…」
俺は例の石を机に置いた
「これは…!これをどこで手に入れたのだ!」
「俺のパーティーメンバーの一人、フォノスが先んじて偵察をしていた時に先遣隊と遭遇したらしいのですが…フォノス。詳しく状況を説明してもらえるか?」
領主の執務室まで同行してもらったフォノスは頷き、先遣隊と戦った経緯を簡単に説明した
一区切り聞き終えたアイリスの様子は一層はなはだしく具合が悪そうになった。
「……ひとまず状況は理解した」
俺の考えとしては、蛮族王の陣営は取るに足らない者ばかりだと踏んでいたので、確認せずにはいられなかった
「フォノス、本当なのか?君の攻撃を受けきっていたなんて信じられないが…」
「お兄さん、そうだよ。とは言っても、情報を引き出すために手加減はした。いつでも殺れたけどね…」
フォノスは俺の中でも戦闘能力が高いクラスだと思っている。特にタイマン形式や奇襲であれば、カルミア程ではないものの、無類の強さを持っているはずだ。彼が戦いで遅れを取るのは考えづらいし、一般的な兵士のまとめ役と対等に渡り合うなど通常では不可能…であれば
「アイリス様。その石が人へもたらす力の大きさは計り知れません。警戒を強めねばなりませんね…」
「あぁ…少なくとも、私の持っている兵数人でどうにかなる相手ではないし、倒すために必要な犠牲を考えると頭が痛くなる。かと言ってお前を派遣しても数が数だ。どこかで無理が生じるのも時間の問題だ」
アイリスは空になった酒瓶を顔に持っていき、飲み干そうとする。しかし、空っぽであることにすぐ気がついて、数回振って顔を更にしかめた
…彼女の言う事はごもっともで、戦闘能力に長けた俺たち少数精鋭で潰しにかかっても、指揮官クラスの者が皆同じ装備をしている場合、手が回らなくなるのは見えている。俺たちに与えられた主な役割は、蛮族王を倒すことだ。本格的な戦でぶつかりあった際に、指揮官に時間と体力を割いては奴を倒す機会を逃してしまう
「石の力を使ったのにも関わらず、悪魔化しなかったことも不可解です」
「フォノス…と言ったか。君はその指揮官の男と戦ったのだろう。他に気がついた点はないか」
フォノスは黙っており、何故か俺を見る。…彼は何故俺の許可を求めるのだろうか
俺が頷き、彼の背をぽんぽんを押して上げると、ようやく口を開いた
「…石はその男だけが持っていたね。戦いの途中、石から更に力を引き出したように見えたよ。クラス持ちでもないはずなのに、カルミアお姉さんのような魔法剣を使った。クラス持ちなら最初から使うよね。でも、最初から使わなかった辺り代償なしでは使えないものだと思う。あと、その男だけ服が違ったりしていて、装備にはお金がかかっていた。でもそれ以外は同じような装備と武器だったよ」
…蛮族王がならず者をまとめ上げただけなのであれば、装備にお金はかけられない。服の色を変えたり、装備の規格を統一したりするなど、国の正規兵でも無い限り難しいはずだ。
「アイリス様…これは」
「あぁ、間違いない。…バックにフォマティクスが関わっているだろう。石の存在がそれを決定づけている。これは、グリセリー殿に手渡された石と同様のものとみるべきだ。フォマティクス国の兵が蛮族王の勢力に扮している可能性も捨てきれなくなったな」
「この男の素性はさておき、何故悪魔化せずに戦闘能力を引き上げられたのでしょうか…?」
「それは、まだ何とも言えないが私の抱えている魔術師に調査させてみよう。何らかの情報が得られるかもしれない」
「…分かりました」
フォマティクス…表向きには攻め入る要素のない外交関係も、蛮族王を利用することで、建前を形成しつつもシールドウェストから切り崩すつもりなのだろうか。グリセリー・ステロールを息子ごと火種として使い捨てるような所業も含めて、どうしてもこちらと戦いたい存在がいるように思えてならない。
こうなってはアイリスの私兵と冒険者だけでは、戦力も心許ないな
「アイリス様、俺も知り合いを頼ってみます。戦力になってもらえるかはまだ分かりませんが」
「…ありがたい。今は誰の手でも良いから、力を借りたい」