212話
俺はアイリスから即席砦の建設の防衛という、非常に危険で面倒…いや、とてもありがたい任務を賜った。先陣きって戦うとは思ってはいたが、最前線の維持にまで駆り出されるとは思わなかった
今はメンバー全員分の補給品を買い漁り、手押し車に乗せて家に戻る道中だ。すっかり辺りは暗くなってしまった。町の様子を見ながら家を目指す。
戦が始まると広く知らされてからは町の雰囲気も慌ただしくなっている。家族と荷物をまとめて町を出る者、商魂たくましく、何割増しかも分からぬ商品を売り捌く者、戦に備えて武器を選ぶ冒険者…そこかしこに影響が出ていることが分かる。
一介の蛮族との戦いであれば、町ぐるみで警戒することなんてまず有り得ないが、相手は一大勢力を築いた者だ。戦う数も桁が違うだろうから、戦といっても差し支えない。本来であれば此方側が戦力を固めて攻める予定だったらしいが、想定外の季節に相手から攻めてきたせいで予定が狂いっぱなしだな
家の前に到着する。そこには少し服が汚れているフォノスがいた
「フォノス…?フォノスなのか?」
「お兄さん、久しぶり!待っていたよ」
フォノスは輝く笑顔で俺の元へ走ってくるので、勢いのまま受け止めてあげた。少しだけ鉄臭いフォノスは元気いっぱいに抱きついてくる
「心配したよ。どこに行っていたんだい?」
「お兄さん、心配かけてごめんなさい」
抱きついた姿勢で軽くペコっと頭を下げるが、肝心の顔が満面の笑みなので全然反省している様子がない。会えたのが嬉しいのは分かるが……全く、自由すぎる子である
「そのことで、お兄さんに知らせないといけない内容があるんだ」
「そうか…ここだと何だし、家に戻ろう」
フォノスを連れて家に入る。家では既に日課の素振りを終えたカルミアが寛いでいた。キッチンにはサリーがいて、何かを作っている。もしかしたら今日の晩御飯は彼女が作ってくれるのかも……イミスは新しいゴーレムの開発に勤しんでいるようだ
「フォノスの部屋で話そうか?」
「大丈夫だよ、お兄さん。皆に聞いてもらったほうが都合が良い」
「みんナ~!お料理できたよォ!」
丁度、サリーの食事が完成したようなので全員集めてフォノスの話を聞く
「…それで、話って何?」
カルミアはテーブルの上に並べられた料理をフォークで突きながら、単刀直入に聞いた。サリーが作った料理は見た目が謎めいており、食べるのに勇気がいる。いまカルミアが険しい顔で突いている料理は、スライムのようにゲル化した何かが蠢いている…。誠に個性的なお料理である
「うん…実は僕、蛮族王の先遣隊がいるっていう戦線まで偵察に行ってきたんだ」
「な…!フォノス一人でか?」
「…ごめんなさい。何かお兄さんの役に立てるかと思って」
なんてこった。単独で敵陣まで行っていたようだ。もしかして今フォノスの服が汚れているのも、戦闘があってか、敵から逃げたか…。いずれにせよ、危ない橋を渡っただろう…善意でやっているだろうから、心配したと頭ごなしに怒れないしな……
「…フォノスが一人で危ないことに首を突っ込んだことについては、今は一旦横に置いておこう。それよりも、察するに…そこで何かを見てきたんだろう?」
「お兄さん、その通りだよ。敵の先遣隊と戦った。そして、そのリーダーのような男が、これを身に着けていたんだ」
戦ったのかと突っ込もうと思ったが、そんな言葉すらも頭から吹き飛ぶシロモノがテーブルに置かれた。フォノスがテーブルに置いたものは紛れもない、悪魔化する黒い石だ!しかも、まだ魔力が石に滞留しており使用できそうだ
「…これは!もしかして悪魔化する石!?」
イミスがテーブルから黒い石を手にとって確認する。ゴーレムクリエイトによる技術からか、魔石に関する優れた造詣を持つのが彼女だ。偽物であってほしかったが
「サトル君、これ間違いないよ。ウチから見てもあの石の可能性が高いと思う」
彼女が言うなら間違いないだろう…何より不快感漂う魔力の質がそれを物語っている。唯一、今まで見た石と違う点といえば、装飾品の土台に石が埋め込まれていることくらいか
「何故これをフォノスが…いや、敵の先遣隊が持っている?」
「僕も分からない。そいつを倒して逃げてきたから持っている物もこれだけだよ」
「…明日、すぐにアイリス様に報告しよう。フォノス、悪いがそこでもう一度詳しく話してほしい」
「うん、わかったよ」
話が一区切りついて、沈黙の後…全員の目線が食事にいった。サリーが作ったお料理?の蠢くスライムは、まるで意思を持つように触手を伸ばし、付け合せの野菜や魚を自らの体内に取り込んでいる
「よし…明日のための準備だな」
俺は、それっぽい雰囲気を出しつつ、食事の席から離れようとするが、カルミアが俺の手をとって席を立たせない。彼女は蠢くスライムのようなナニカを指差す
「…食べよ?」
いやいやいや……食べたくないぞ。しかし、サリーはいつものニコニコ顔で俺を見ている。それは反則だからやめていただきたい。君が食したまえと言いたい。そもそも料理が蠢くって何だよ…何で動いているの!ポイズンクッキングも素足で逃げ出すよ!
カルミアの監視から逃げおおせるのは不可能なので、大人しく席に座りなおし、意を決してソレにフォークを刺そうとする。しかし、あと一歩の勇気を踏み出せない。なんならこの蠢くお料理?は俺のフォークを取り込もうとしている。
そんな様子を見かねたカルミアは、勢いよく蠢くソレを手で千切り取って俺の口に思いきりぶちこんできた!
口に入った瞬間、もはやこれまでかと覚悟もした
が……意外と美味だった