211話
フォノスは一歩後退り、状況を確認する。明らかに異常な事態だ。靄は石から出ている魔力と同じような質を感じる。状況から察するに…
「石から…力を取り出しているのか?」
「ご明察。とは言っても、それで正気を失ったり、体は変化したりしないがな」
指揮官の男は剣を抜刀して靄を払うと構えをとった。先程の弱体化など何も無かったかのように、体中から力が満ちている。男もそれを知ってか、態度や言動が大きくなっているようだ
「その石から力を取り出せば、体は悪魔のようになり理性は思うようには働かないはず。何故お前は何もない?」
「…そこまで知っているのであれば、尚更生かしておく理由が無くなったな」
男が踏み込むだけで足元が陥没し、勢いのままにフォノスへ斬りつける
「ッチ…答えては…くれないようだねッ!」
フォノスは殺人刀と活人剣を取り出し、双方の剣で上段受けしつつ、相手の剣を体の脇へと逸らす。男の剣はフォノスの脇を通り、その力のみで地面を大きくえぐった
「ほう…この力と対等に渡り合うか」
「力だけなら、知り合いの女の子の方が上だからね。空いている時は毎日のように稽古をつけてもらっていたし」
「それはそれは、是非とも紹介してほしいものだ」
「その時は未来永劫訪れない。お前はお兄さんの敵となるからだ」
男の剣は常人では捉えられないほど強化され、剣戟はの音が止むことはない
雑談と剣を交える余裕がフォノスにはあるのだが、彼の内心は驚きでいっぱいだ。自分の剣を受けきれる者など、知る限りで数えるほどしかいない。そしてそれは全てサトルのパーティー内の面々であるからだ。この者が石の力で身体を強化した。だがそれだけで、これほどの力となるのだろうか?情報を引き出すために加減しているとはいえ、常人がこのような力を発揮するのは脅威でしかない
フォノスの涼しげな表情を察してか、男の顔色が次第に悪くなっていく。石の力をもってしても、自分の剣が届かないことを知ってしまったのだ
「どうしたの?もう手品は終わりかい?その石の力は…そんなものなのかな?」
「く……いいや。まだだよ少年。おじさんにも意地ってもんがある」
男は石がはめ込まれている拳を強く握った。すると男の体から魔力が吸い出されて、石に入り込んでいく。生命力に等しい力を注いだ男は吐血しつつ、フラフラと剣を構える
すると剣は魔力で覆われて、炎を纏ったのだ
「魔法剣!?メイガスでもないはずなのに、何故…?」
男は見るからに弱っており、剣先もふらついている。数度吐血を繰り返すが、戦う意思はあるようだ
「グボォ…はは。驚いたか?これで、お前を…はぁ、はぁ…殺ってやるぜ!全力でな!」
男は全力でフォノスに上段斬りを打ち込んだ
「それなら、僕も全力でそれを打ち砕くまで」
フォノスは殺人刀を収めて活人剣を構えた。剣が自身に到達する前に、風のような速さで空中回転で躱し、男の後ろをとったあとは刺突の構えから無数の突きを繰り出す
「これに耐えて起き上がってくるといい…『活殺自在抜刀・アンジュ エ ディアーブル』!」
無数の突きが男の体へ容赦なく叩き込まれると、男は叫びそのまま倒れ伏した
「ぐおおあああああ!」
男の意識が消えたと思われる時、男を包み込んでいた濃厚な魔力は霧散した。そして石はまた黒っぽい色へと変色する
フォノスは男の手から素早く装飾品ごと石を取り外し、ポーチへ入れる。
一介の兵とは思えないほどの強さだった。この情報は必ず戦局を左右することだろう
「お兄さんに知らせないと…!」
戦いの音を聞きつけてか、遠くから人の声が聞こえる
「剣の音だ!野営地からだぞ!」「誰か戦っているのか!」「急げ、こっちだ!」
先遣隊の残りだろうか…数十人を相手することに抵抗はないフォノスだが、まずは情報を届けることが先だと判断したようだ
フォノスは闇に溶け込み、風のように野営地を去っていった