207話
冒険者ギルドの中は相変わらず騒がしかった。新顔も増えたのか、ちらほらと見覚えのない人もいる。
喧騒の中をかき分けてカウンターまで行くと、いつもの受付嬢さんがいた。どうやら新しく冒険者となる人の対応をしている様子
「はい、これで登録は完了です!あとは依頼をこなしてランクを上げてくださいね」
「ありがとう!ところで姉ちゃん、綺麗だね。彼氏はいるの?」
「はい?あ、いえ…おりませんが」
「やったぁ!フリーじゃん。どう?仕事終わり次第、一杯付き合ってくれよ」
「あはは…それはちょっと……」
なんか絡まれている…受付嬢も美人さんだと対応が大変なんだな
「こんにちは~お姉さん。お久しぶりです」
「あ!サトル様!お久しぶりです!」
受付嬢のお姉さんは、新人さんへの対応は終わったと言わんばかりに、カウンター前でポカンとしている新人君へ無視を決め込み、俺の元まで走ってきた。その表情はとてもにこやかで、心から嬉しそうである
「今回はどちらまで向かわれたのですか?」
「大変でしたよ…闘技場の催し物がありましたよね、実はあそこで―」
お姉さんとのちょっとした雑談を楽しむが、この新人君はそれを是としないようで
「ちょっとちょっと」
俺とお姉さんの間に入って、物理的に引き剥がされた。何なんだこいつ
「どうしました?」
「どうしたじゃないよ。この方はぼくが目をつけた人だ、勝手に仲良くしないでほしいな」
何の権利があってこんなこと言ってんだこの人は…
「今日は領主様から大事な要件を仰せつかっています。ちょっとした雑談から本題に入ることは、円滑にコミュニケーションをはかるためにも必要な時間でしょう?」
「…くっ口が減らない奴だな。サトルとか言ったか?俺と勝負だ!」
「そのような時間はありませんよ…」
新人君から謎のヘイトを買ってしまい、ギャアギャア言われているとギャラリーが騒がしくなる
「おい、サトルが喧嘩売られているぞ!」「喧嘩か喧嘩かー!サトルに賭けるやつはこの帽子に金をぶち込め!」「ルーキーよぉ活きが良いねぇ!」「サトルいつ戻ったんだー?」
人は人を呼び、あっという間に俺たちを囲み、即席プロレスリングが完成してしまった。その人混みの中には、ドワーフのブルーノーのパーティーが混ざっている。ブルーノーは俺たちと同期の冒険者パーティーで、領主の館襲撃事件での生き残りでもあり、一度パーティーを組んでいるから、互いによく知っているのだが……何してんだか
「おいサトルゥ!帰ってきたんだったら教えろよみずくせぇな!おもしれえことやってんじゃねぇか!ガハハ!もちろん、わしはお前に賭けた!」
「ブルーノーさん!?それに皆!ここで何しているんですか?」
「護衛依頼の帰りじゃ。それよりも戦うんじゃろ!早くアツい戦いが見たいのう!」
案の定、大笑いしながら茶々まで入れてきた…だから見世物じゃないっつうの
「ど、どうやらお前は有名人のようだね?…どうだい、今負けを認めるなら許してやってもいい」
新人君は、どうやら俺が周りの人間からよく知られていると分かると否や、後退りして眉をピクつかせている。…可哀想に、周りの熱気に完全にあてられているじゃないか。このギルドは本当に血気盛んである
「いや、それじゃ皆納得しないと思いますよ…賭けているみたいだし。仕方がないので戦いましょう。武器は禁止、素手のみで殺傷はナシ。これで良いですか?ここの人は皆、こうなると人の話を聞かないのです」
「ふ、ふん。提案してみたまでだ。受けて立とう」
…君から吹っかけたんだけどね?
「安心してください。俺は見た目の通り、後衛タイプです。素手なら貴方に勝ち目もあるでしょう」
それを聞くと新人君は、ケロっと元気を取り戻してファイティングポーズをとった…調子が良い奴だな
「そ、そうか!ははは!少し驚いたがそれなら安心だ!胸を借りる気持ちでかかってきたまえ!」
…胸を貸すのは俺だけどね?
「それじゃいくぞおお!せやあああ!」
新人君は拳を大きく振り上げて殴りかかってくる…が、遅すぎる
今までの俺であれば避けたり受け止めたりするのは出来なかったかもしれない。だが、様々な経験を繰り返す内にレベルも上がり、困難に立ち向かう勇気も備わった
今ならこんなもの、何とでもなる!
「俺はその拳受け取りつつ、懐に入って相手と同じ方向を向いた」
「…んな!?」
「もう遅いですよ」
相手の勢いをそのままに、膂力任せな力技で投げ飛ばす!
新人君は、自身の勢いと俺の力が乗ったスピードで地面と衝突。木製の床はバァンと大きな音を立てて派手にぶち壊れた。もちろん一撃ノックアウトで新人君は目を回している。俺、強くなったんだなぁ……と実感する暇もなく、その様子を見ていたギャラリーは口笛、拍手、叫び声、エールをその辺にぶちまけるなどやりたい放題。…ええい、こうなったら状況を利用するぞ!もうどうにでもなれ
「みんな!今日は美味しい話を持ってきたんだ!聞いてくれ!」