206話
アイリスは机を叩き、思わず立ち上がる。積み上がっていた資料が派手に散ったが気にする様子は無い
「なんだと…!?それは確かな情報か!」
「は、はい…。南方の地を巡回していた兵が確認したもので、沼地を超える見込みで進軍中です!先遣と見られる隊は30程度のようですが、後方に蛮族王の本隊と見られる布陣が確認できたとのことです」
「馬鹿な!寒冷の乙女もお構いなしか!?兵糧だって無限じゃない…攻める時期を明らかに間違えている。少なくとも花が咲く頃に動き出すはずだ…いや、まさか」
寒冷の乙女とは一体何なのかよく分からないが、焦っているようだ。冬のことをそう言っているのだろうか。それともこの時期に出てくる魔物か何かか…どちらにしても、アイリスの言う通り、攻める時期に適しているとは思えない。最近は外の風すら痛いほど冷たいのだ。暖かくなった頃の戦争を見越していたのであれば、準備もまだまだ整っていないはずだ。
俺だってまだ冒険者のランクはAまで行っていない。…アイリスの机には、よく見ると名前が空白になった仰々しい冒険者プレートが置かれていたので、もしかしたら近い内に選定されていたかもしれないが
「…はい。そのまさかです」
「…被害は?」
「確認できるだけで、既に二つの村が犠牲になりました。ご報告までにはお時間を要しますので、今は…」
アイリスは力強く握りこぶしをつくって歯を食いしばった
「っく…!蛮族風情が」
蛮族王は、アイリスの管轄である村々を襲い、兵糧を確保しているのだろう。寒さに対してどのような対策を講じているかは不明だ。この時期に対策を怠ってそのまま寝れば、最悪の場合、永眠することになりそうだ…暖を取るための魔道具を用意するにも、数を揃えようと思えば膨大な金がいる。領地を持った一盗賊の頭が持てる財力ではないな、資金提供者がいれば別だが…
「如何いたしますか?」
「…我が軍の練兵は十分ではない。サトルたちのような、強力な力を手にした冒険者の育成も十分とはいえないが…戦うしかないだろう。これ以上、罪のない村々を焼き払われるのは見過ごせん。我々は侵攻を再開した蛮族王を迎え撃つ。サトル、想定よりも少し早いが当初の約束を果たしてもらうぞ?あれからその力が、どれほどのものに成ったのか、成果を私に見せてみろ」
「はい!」
想定より早いが、ようやく蛮族王との戦いか…領主の館に集まった屈強な傭兵の中から、こうして自分が生き残り、アイリスからの信頼を一番に勝ち取ることができたと思うと嬉しいな。願わくば征伐が終わり次第、仲間たちとスローライフしたいものである
問題の蛮族王の戦闘能力は未知数だ。魔物を操るクラスはいくつかあるが、前線で戦闘もできるタイプのクラスは聞いたことがない。しかし、俺だって冒険者を始めた頃よりも、今はずっと実力がついてきていると実感する機会が多い。能力値もレベルが上がる毎に全ての値が上昇するため、ザコザコしい能力であった力も魔力も、今は常人よりも遥かに高い値になっている。普通に戦えば負ける要因は皆無だが、油断はできない。懸念があるとすれば、俺は未だに武器をまともに振るうスキルがなく、魔法らしい魔法が杖からでるファイアボールと最終手段のブレスだけという点くらいか。それもステータスの力によってカバーしている状況だが
「戦はスピードが命だ。明日には編成を完了させる。すまないがサトルも一仕事頼む。冒険者ギルドへ戦力確保の願いを届けてほしい…今、出すからそこで待て」
「はい。それくらいお安い御用ですよ」
蛮族王が魔物を操り、ならず者を使い潰して進軍するだけであれば、食料の問題はクリアされてしまう。長期戦になればこちらの村や開拓地が荒らされるだけだ。時期的に考えて、持久戦に持ち込むことができれば、俺たちが有利な展開にはなるのだろうが……アイリスは、領内の民を守るため、罪のない者を救う選択をとったのだ。…当然、軍の力だけでは足りないだろう。ここで活躍するのが冒険者たちなのだ
「よし、できたぞ。お前も報告ご苦労であったな。暫く休んでおけ、別の使いを走らせる。まずは沼地を抜けさせないことが先決だ。簡易的でも良い。砦を作らせる…休息が終わり次第、報告に来い」
「は!」
「サトルはこれを冒険者ギルドへ持っていってくれ」
アイリスは書状を俺に出すと、忙しなく執務室を出ていった
俺もギルドに向かうか…




