205話
アイリスとグリセリーの対談によって、スターリム国とフォマティクス国を介さない、都市間の契約が締結された。カルボンを救ってくれたとのことで、大きな感謝と借りをアイリスへ作ったグリセリーは、交易を始めとした相互扶助の取り組みで、終始アイリス側…つまりシールドウェスト側が有利な内容で進めた。もちろん表向きは、人を悪魔化させた例の石の共同調査のための建前である。
その間、俺はと言えば、町の広場で孤児のガキンチョたちと遊んだり、散歩中に見覚えのある絵描きさんを見つけたので、談笑しながら絵を見せてもらったりして、数日の休暇を楽しんでいたのだが…
「サトル様ですね。我らが領主、アイリス様がお呼びです」
広場で空を飛ぶ鳥型の魔物を観察していると、騎士の一人が声をかけてきた。…何故俺のいる場所知っているんだろう?と思ったがよくよく考えたら、結構な確率で何時もここにいるよな、俺…。
「分かりました。お勤めご苦労さまです」
「は!ありがとうございます!」
アイリスが呼んでるってことは、調印が終わって俺になにか頼みたいことができたってところかな?…また、面倒なことになりそうな気がする。そんなことを考えつつも足繁く出向いてしまう俺も俺なんだが
屋敷まで到着し、門番さんへ要件を伝えると顔パスで通してくれた。俺の顔もここまで知られるようになったのだろうか
アイリスの執務室まで案内してもらい、扉をノック
「アイリス様、サトルです」
「いいぞ、入れ」
執務室に入ると、資料に囲まれたアイリスが忙しそうにペンを走らせている所だった。調印の関係もあって、取り決めが多いのだろう。実に多忙なようでお酒も封印中のようだ
「なんだか忙しそうですね」
「あぁ、どうしても領間での取り決めが多くてね。私以外で代わりが務まらないのだよ」
来客用の椅子に座って、アイリスの仕事が一段落つくまで待った。暫くするとペンを走らせたまま、表情はこちらに向けずアイリスは語りだす
「今日は二つ、お前に伝えたいことがあってな。ひとつはタルッコの件だ」
アイリスの部下であり、熱狂的な信者でもあるノーム。そして、今は俺の活動を邪魔しまくっている迷惑なやつだ
「言いづらいのですが…度々、俺たちの邪魔をしてきます。アイリス様のためとかなんとか言って」
「それについては本当に済まない。各方面から似たような話が上がっているのだ。調べると、君に提供していたと思っていた資金は、そのまま奴が着服していたようだ。まだ君と知り合って浅かった頃に、サトルの素性を調べるように伝えたのだが…その内容も、奴は変に過大解釈してしまったようでな」
「いえいえ、彼が変なのは見ればわかりますから…アイリス様も被害者だと思いますよ」
俺のパーティー宛の資金が着服されていたのは看過できないが、それはアイリスが悪いわけではないからな
「そう言ってもらえると助かる…。本当に済まないな。彼は私の権限により即刻お尋ね者として処理させてもらった。ここへ帰ってくる気配も無いからな…手配書が交付されるのも時間の問題だろう」
これでタルッコはアイリスの庇護を離れ、官僚からならず者にクラスチェンジだな!もう邪魔してこないとも限らないが、少なくともやり辛くはなるはずだ
「タルッコの件は分かりました。よろしくお願いいたします…それで、もう一つの件とは?」
アイリスは手をとめて、ふぅと一息ついた
「例の…人を悪魔化させる石の件だ」
シールドウェスト領とステロール領間での親善試合。冒険者同士…つまり俺たちが町の代表として戦ったときだ。相手側の冒険者リーダーが使った石が、今はその呼び名で浸透している。その冒険者は、石を使い強大な力と引き換えに理性を失った。まるで悪魔のように変貌し、俺を殺そうとしたのだ。これがフォマティクス国からもたらされた技術による事態であれば、面倒なことになる。アイリスも溜息をつきたくなるだろう
「何かわかったのですか?」
「相手国に詰め寄る訳にもいくまい…そこで手始めに、カルボン殿を襲った暗殺者を探した。その者が、石に関与していたかどうかは分からないが、フォマティクス側である可能性が高いと踏んだからだ。そして暗殺者はすぐに見つかったよ」
「おお!それでは―」
「死体として見つかったのだ。この町にある安宿の部屋で、何者かと争ったような跡が見つかった。床には多数のナイフが散乱していたのだ。状況からして殺されたのだろう」
「他に持ち物は…?」
「衣服と暗殺に使用したと見られる武器、そしてナイフ以外は何一つ無かった。宿の店主によると、チェックイン時点では鞄は持っていたようなのだが…持ち出されたのだろうな」
「手詰まりですか…」
「念のため、私が囲っている魔術師に、使用済みの悪魔化する石を調査させたところ『魔力とは似て非なる力』が残留していたことが判明した。これが人の力を増大させる要因、そして人を変化させてしまう原因であると今は見ている。これ以上はサンプルが足りないがな」
もしこの石が大量生産されてしまえば、軍事的には大きな力を得るだろう。だが、人を悪魔化するなど人道の立場にかなうはずがない。俺個人としても止めさせたいと思っているが、これ以上の情報がないとなるとな…
その時、扉の向こう側から慌ただしい声が響き、無遠慮に扉が開かれる
「領主様!!アイリス様ー!!」
扉を開けた騎士は、肩で息をしており相当に焦っている様子だ
「なんだ騒々しい。サトルとの対話中だ」
「対話中恐れ入ります!火急の件故、失礼します!」
「言ってみろ」
「南方から、蛮族王の軍勢が!奴の侵攻が始まったとのことです!」
「なんだと…」