203話
リンドウたちと別れを告げてシールドウェストまで戻ってきた。移動途中は各村で補給と移動手段を確保したため、到着までそこまで時間はかかっていないが、あまり余裕もない状況だ。
帰ってきた気分を満喫する暇もなく、シールドウェストの町に入るとすぐに仮設闘技場へ。闘技場の殆どは既に撤去されているが、ステロール子爵の子供であるカルボンが居る控室だけは残してあった。カルボンは特殊な麻痺毒にかかってしまっているため、自ら体を動かすことができない。下手に動かして状況を悪化させるのもまずいと判断したため、彼には悪いが控室で延命措置を施している。
「遅くなりました!」
俺たちは急いでカルボンが居る元へ向かった。扉を開けると、カルボンの父であり現ステロール子爵であるグリセリーとその妻らしき方が。カルボンは相変わらず苦しそうにしており、そこらにはカラになった延命措置用のポーションが散乱していた。二人共、この世の終わりのような絶望めいた表情だった。いつ解決するのか分からない状況は、神経を著しく磨り減らすだろうからな…。
扉が開くや否や、ステロール子爵はパっと顔を明るくして俺へと迫り、肩をひしっと鷲掴みにして揺さぶってきた。奥様も一歩下がった位置から両手を組んで見守っている
「おぉ…おぉ…!サトルか!ずっと ずっと待っておったのだ!」
「貴方がサトル様ですのね…この度はなんとお礼を言えば良いか…」
「長らくお待たせしました」
「して、首尾は?カルボンは助かるのか!?」
俺は祝福されたドラグリリーを取り出した
「カルボン様に使われていた毒は、ドラグリリーから採れる成分だとアイリス様は仰いました。そこで原生地に出向いて、住人の竜人…里長から解毒にまつわる手がかりがないか訪ねた所、炎の大精霊から祝福されたドラグリリーは、本来の麻痺毒の作用とは真逆の効果が現れることが分かりました。この効果でカルボン様の麻痺毒を打ち消せるかもしれません」
グリセリーは、まるで宝物のように花を崇めた
「おぉ!ではそれが…?」
「はい。祝福されたドラグリリーです。目の前で調合した方が信憑性があると思い、ドラグリリーは現物のまま運び出しました。そのまま煎じて飲んでも解毒効果は見込める可能性がありますが、せっかくですからプロに任せましょう。今からサリーに調合して頂きます…サリーさん、頼めるかな?」
「モチロンモッチ♪移動中に沢山練習したからネ!」
モチロンモッチってなんだろう…?まぁいいか
帰還の間、その辺で襲いかかってきた一匹のゴブリンを捕獲して毎日毎日、解毒ポーションの実験台にしていたサリー博士。祝福されたドラグリリーもフォティアが沢山用意してくれたので、数には困らなかったしな。捕獲した初日、次の日あたりではゴブリンも威勢がよく、夜もギャアギャアと煩かったが、3日目くらいから死んだ目をして鳴き声すらあげなくなっていた。俺は元気の無いゴブリンを生まれて初めて目撃したのだ。一体サリー博士は何をしたのか
こちらの命を奪いに来たとはいえ、あまりにも可哀想だったので、サリーにバレないように夜、ゴブリンを森に返してあげた。ゴブリンはお辞儀をして去っていった。俺は行儀が良くなったゴブリンを生まれて初めて目撃したのだ。一体サリー博士は何をしたのか(2回目)
練習の成果が出ると良いのだが
「じゃ、よろしく頼む」
サリーに祝福されたドラグリリーを渡すと、手慣れた様子でどこでも調合キットを取り出して何やら配合したり混ぜたりしだす。彼女のクラス特性によって、本来であれば考えられないスピードで仕上げられるし、薬の効果もダントツだ。ただ一つ欠点があるとすれば…
「フンフンフン~♪これも入れテ~あれも入れテ~…あ!色が変わっちゃっタ!?そしたらゴブリンのツメも入れようかナ?」
素頓狂というか…奇抜な言動のせいで、見ている方がどんどん不安になっていくというところくらいかな…
「お、おい。サトル…その、其奴が作っているものは本当に大丈夫なのか?」
「え、えぇまぁ…いつもこんな感じですので」
「そうか…ならば良いのだが………仲間の前で済まなかった。ゴブリンの爪がどうとか言っていたので、よもや薬に使うのではないかと思ってな」
「いえ…大丈夫です」
グリセリーよ、安心してくれ。俺も内心不安だから…
「できタ!」
サリーがポーションを自慢気に見せてきた。ポーションの中身はドス黒く粘性の高い液体で、たまにプクプクと気泡が漂っている。しかもなんか生臭い
控えめにいって、見た目が劇物のそれ
持っているだけで臭いが服にしみつきそうな具合である
「えぇ…」
「お、おい!サトル…本当に大丈夫なのか!?」
「…」
「サトル!聞いているのか!?」
「サリー、ヤるんだ」
「ハ~イ♪」
「ま、待て!」
グリセリーはつんのめりながらも、サリーが持っているポーションを取り上げようとする。…まぁ不安になるのは分かるのだがもうちょっと信頼してほしい。……多分大丈夫だから
「カルミアさん、イミスさん。ごめん、ステロール子爵を抑えてて」
「…わかった」「アハハ♪おじさん面白い顔~、ちょっとは落ち着きなよ~」
さすがにこの二人から抑えられたら、動けまい。奥様は不安そうではあるが邪魔をする気配はなさそうだ
「エ~イ!」
サリーがカルボンの口に勢いよくポーションの中身をぶちこんだ
黒く粘性が高い液体がカルボンの口に到達した瞬間、全く動けなかったカルボンは体を痙攣させはじめる。若干、白目をむいているが気のせいだ。そうであってくれ
「我が息子おおおおお!」
全て飲み干すと、カルボンの体から煙まで出てくる始末。なんだか体にも異変が起きているような…もうダメかもしれないと思っていたところで、痙攣が収まりカルボンが自力で体を起こした!?
「こ、ここは…お父様?お母様まで…?」
麻痺毒の治療が上手くいったようだ!そして、驚くべきことはもう一つあった