197話
リンドウが真っ赤な祭壇に上がり、錫杖のような杖を持ちながら舞い始める。その舞に合わせて演奏が入った。彼女が舞う毎に、小さく赤い発光体が無数に空中に現れては消えて…現れては消えてを繰り返す。広範囲に、大量のホタルが生み出すような幻想的な明滅が生み出され、彼女の舞いをより神秘あふれるものにしている。夜空を飾る無数の光はとても綺麗だ…これが精霊降ろしの儀式か
「わー!キレイ♪」
サリーが空中で明滅する赤い光を手で掴もうとするが、光はサリーの手をすり抜けて上空へ昇っていく
「…すり抜けた?」「ウチもそう見えたよ」
カルミアもイミスもサリーの真似をして、手を使い光を捕らえようとするが、赤き光はただただすり抜けて、生み出されては消えていくだけ。彼女たちは不思議そうにしている
「もしかして、これは精霊の一部なんじゃないかな?」
精霊が本来、特殊な状況で許可された場合を除いて、視ることも触れることも叶わない存在であるなら、精霊降ろしの舞いで現れた無数の光も、きっと精霊の一部なのではないだろうか。でも俺、普通に触れることができたんだよな…
やがてリンドウの舞いは終わり、彼女は持っていた錫杖の尖端に炎を灯した。そして錫杖の炎を祭壇の篝に近づけて火を移す
すると篝の炎は天に向かって勢いよく燃え盛る。同時に、周囲で明滅していた赤い光が吸い寄せられるように、炎へと集束する
「我らが竜人を守護する精霊様へ、感謝を捧げます」
リンドウが精霊へ感謝の言葉を紡ぎ、錫杖を数度地面にコンコンと打ち付けると、一極集中した赤き光の輝きが更に強くなり、やがて里全体を白く染めるほどの輝きを見せた
思わず目を瞑ってしまったが、光が消え去ると供え物の上には宙に浮いた女性の姿があった
女性は宙に浮かんだ状態で足を組んでおり、こちらを見下ろしている。見た目はフォティアをまんま大人の女性にしたような姿で、服装も露出部分が多くどこか妖艶的だ。祠で出会った彼女とは印象がまるで違う…ちんちくりんな感じがない!
「フォティア…さん?」
「…サトルか?ふむ、どうやら成功したようじゃの。これが我の本当の姿…と言うべきか。正式な契約を交わし、現世に姿を出すときは余計な力を使わないからの。ちからのロスもない。故にこの姿こそが我の完全体なのだ。ほほほ」
「は、はぁ。そうですか」
…見た目は大人びているが、どうやら中身はそのままらしい。得意げに笑ってみせる様は、まんま小さめフォルムの彼女と同じである。…精霊は力のリソースで容姿すらも変わってしまうのか。
リンドウが膝をついた
「精霊様…此度は―」
「良い。それよりも、我の好物は用意してあるのか?それがあれば、あとはどうでも良いのじゃ」
リンドウの段取りとしてはまず謝罪の意図があったのだろうが、フォティアは子供が菓子を迫るが如く奉納品を急かす。儀式の手順なんてお構いなしか、やっぱりフォティアはフォティアだった
「はい、精霊様の膝下にございます果実は、祝福頂きたいものとは別で全てお召し上がりいただけるよう竜人の我らが用意したもの…どうぞお召し上がりください」
「おお!これは立派な物だ…うむうむ!我はすっかり気分が良くなったぞ。今なら何でも許してしまいそうじゃ。もちろん祠が汚れたことだってな」
上機嫌で果物を次々と口へ放り込む。
…機嫌をなおしてくれて本当に良かった。フォティアは子供っぽく、気分屋なところがあるのは、知り合って浅いが十分に伝わっている。まるで炎の性質を性格に取り込んだような子だ。機嫌を損ねないようにしないと……
「む?なんじゃ、これは」
ご機嫌で食べ進めていたフォティアは、果物の中でひときわ大きい物を発見する
見ればそれは果物にしては巨大で、人一人ほどのサイズがある。しかもフォティアの大好物だ
「お、おい…あんな大きいもの奉納したか?」「俺は知らないぞ…?」「そもそもあれはあんなデカくならないよな?」
里の者は果物への違和感を感じ取ったが、フォティアの手前、彼女が手をつけようとしているものを奪う訳にもいかず、ソワソワしだした
「ふむ!我の好物でも斯様に大きなものは初めてみたぞ!食すのが楽しみじゃな!どれ」
露骨なまでに怪しい果物だが、フォティアは奉納品ということで疑うことなく二つある巨大な好物の内、小さめの方を両手でつかみ、がぶりと齧り付く
「ウヒョ!?イデデデ!なにすんだ!」
フォティアが噛みついた果物から、なんと!手足が出てきたではないか。しかも、よく見れば果物にはノームの顔が。そう、この果物はタルッコが変装していたきぐるみなのだ!彼女はそのきぐるみをかじったが、その部分が不運にもタルッコの頭だった。それだけでも異常事態だ
あまつさえ手足をつけた果物はフォティアを威嚇するようにシャドーボクシングを始める始末
「よくもこのチャーミングな頭を攻撃したな!やられたらやり返す!シュ!シュ!シュ!」
これにはフォティアも驚き腰を抜かす
「のわあああぁ!?なんじゃこりゃあ!果実から手がぁ!?ヘンテコな生き物だぁ!」
フォティアは半ば本能的に、残った大きな果物の影に隠れる
すると、その果実からも手足が伸びて、振り向きざまにフォティアへ一言
「驚かせてしまってすまない。それより祝福をたの―」
「のわあああぁぁぁぁ!?果実の化け物がこっちにもおお!?」