196話
「サトル様のおかげで、精霊祭の準備を終え、こうして無事この日を迎えることができましたの。本当にありがとうございます」
皆で協力することで一瀉千里に精霊祭の準備を進められ、どうにか開催まで持っていくことができた。精霊降ろしの祭りは星降る冬の夜という条件があるらしく、このタイミングを逃すと雪が積もってしまい、開催が難しくなるらしい。…間に合って良かった。ひとえに彼女が頑張って指揮を執った成果だろう。
「俺は何もしていないよ。ただ君を応援していただけ。皆をまとめあげて、目的を達成できたのはリンドウさんが頑張ったからだ」
精霊降ろしが上手くいかず、鱗の色も赤とは対極にある彼女に辛く当たる者も少なくなかっただろう。それでも彼女はここまでやり遂げた。リンドウのひたむきな意識が、里の皆の意識を少しずつ塗り替えていったのだ。全員とまではいかないが、リンドウの気持ちに応え、動いてくれる者が徐々に増え始め、精霊祭の準備が終わる頃には、里の殆どをまとめ上げることに成功したのだ。
「サトル様は、いつもそうなのですね」
「いつもそうって…何だい?」
リンドウは手で口元を隠してお上品に笑ってみせた。どうやら教えてくれないらしい
すっかり風変わりした里をぐるっと見回してみる
住居はもれなく赤を基調とした布を屋根伝いに渡した紐にぶら下げ、精霊を模した木製の彫刻を家の前に飾ったりしている。どれも精霊からの恩恵を授かるための験担ぎらしく、祝福を受ける上では重要な役割があるらしい。精霊の彫刻は、俺がこの目で見た姿よりもずっと大人びているのが気になった。儀式を行うための真っ赤な祭壇の周りには、客人用の席、巫女の席、里長の席、一般の席が設けられている。
精霊が降臨すると思われる台座の足元には、果物が山盛りに積み上げられており、その他様々な供え物が所狭しと配置されている。…山盛りの果物が一瞬だけ動いた気がしたが、気の所為かな。
お供物の台座の上に、精霊を降ろし祝福を賜るのだろう。その役割を巫女たる彼女が担うのだ。この儀式は竜人にとっては神聖なもので、普段であれば客人用の席は存在せず、巫女が最もこの舞台から近い位置に席が配置される。次いで里長の席が配置となる。今回の儀式は、巫女と里長、そして里の大多数の強い希望で、何故か客人である俺たちが儀式に最も近い席に座ることになった。そのため、巫女であるリンドウは俺たちのパーティーの横に座っている。机の上には贅沢な食事が並んでおり、こちらがかしこまってしまうほどだ。
「リンドウさん。あのたくさん供えられている果物って何?」
「あれは精霊様の好物です。とても甘い果物で、この近辺でよく育ち、よく採れます。精霊降ろしをする際はたくさん用意しておくよう仰せつかっていますの」
「ふ~ん…」
確かにフォティアは甘いのが好きそうだったから納得だ。だが恩恵を受けるためだけにアレだけの物を用意するなんてなぁ…。今回の精霊祭の気合いの入れようが伺える
ここで、見たことがない弦楽器を巧みに操る奏者の見世物が終わった。この音楽も、精霊降ろしのための前座的な役割があるらしい。…俺たちは完全に観光気分でそれを見ている訳だが。
「サトル様、パーティーの皆様方。そろそろ精霊降ろしの時間ですの。私、絶対に成功させてきます」
「あぁ、ここで見守っているよ」
カルミアのコップに果物酒を注ぎつつ、手をふった
「…貴方なら大丈夫よ」
カルミアはぐいっと呑み干し、とても気分が良さそうだ。ちなみに彼女は成人しているらしい。具体的な年齢を訪ねたら殺意を込められそうなので聞いていない。顔が良いためか、とても若く見えるので心配になる
「もぐもぐもぐ…コレ、おいひイ!あ、頑張ってネ♪」
「こら!それウチの食べる分だよ!なんでウチの皿から取るの!」
サリーとイミスはテーブルの上の食料を奪い合っており、それどころではなさそうだ
俺のパーティーはどんな状況でもマイペースだな。一体誰のせいなんだ…?
* * *
「ウヒョヒョ…バレてな~い!バレてな~い!!」
「黙れ!その声でバレるだろうが!」
灯火に照らされて、サトルたちがわちゃわちゃと楽しく食事をしている様子を伺う者がニ名
今回の騒動を巻き起こした張本人でもある。…そう、タルッコたちである。
驚くことにこのニ名。体を大きな果物へときぐるみ化することで、精霊降ろしのための、お供物に紛れ込むことに成功していたのだ!
「わたくしめ、実は裁縫もお手の物でしてね、一晩もあればこの通り誰も見抜けぬほど本物そっくりな果物になりすますことができるのです!ウヒョヒョ」
「それは凄いと思うが、何故私達はこんなことをしているんだ?」
サザンカの疑問も最もである。タルッコとサザンカは今、顔と手足が出た地方のゆるキャラのような姿になっており、強さを突き詰めたいと願い、行動する者とは到底思えない過程と姿になっている。
「まったく、これだからシロウトは怖いのです」
「きぐるみに素人も玄人もないだろう」
タルッコは山盛りになった果物を一つ手にとって口に運ぶ
「もぐもぐもぐ…うまい!ウヒョヒョ、これは甘くて美味しい!」
「食ってないで説明しろ」
「はぁ…やれやれ、ちょっとはその頭を絞りきって考えてほしいものです。良いですか?彼らは精霊の力を借り、毎年の恒例行事として祝福を授かっている。ここまでは良いですか?」
「あぁ、竜人は炎の力を自在に使う。それは精霊と縁が強いからなのは、戦いを生業とする界隈では有名な話だ」
「そこで、です。わたくしめ、かんがえました。我々も果物に偽装することで精霊から直接大きな祝福を授かることができるのではないかと!」
「…!」
サザンカの顔に驚愕の二文字
「ウヒョヒョ…良い顔です。竜人ではない我々が祝福を受けるためにはこうするしかないのです。精霊とはいえ、生物です。生物は勘違いを起こすもの。しかーし、勘違いでも祝福は祝福。一度受ければ、我々も炎の力を自在に扱える!そうすればもっと強くなれる!完璧な作戦です。サトルめの邪魔が失敗した今、タダでは起き上がりません」
「お!お前!……あたま良いな!」
サザンカが感動し、思わず体が動いてしまい、積み上げられた果物の山が少し崩れ落ちる。たまたまそれを見ていたサトルがこちらの様子を伺っているようだ。何やら果物と化した我々に指まで指し巫女と話をしている。
「ウヒョヒョ!何をしているのです!動いてはいけません!バレます」
「す、すまない!」
……巫女とサトルとのお喋りが終わったようだが、サトルがこちらに来る気配はない。祭りも続行されているから、バレていないだろう。
「ウヒョ?どうやら始まるようですね。手足を引っ込めますよ」
「わかった」
二人は手足を引っ込め、より果物っぽいゆるキャラと化した。これで精霊を誤魔化すことができるのだろうか
リンドウが舞台に上がった。精霊降ろしが始まる