181話
「申し訳ないが、ここからは徒歩で…」
馬車を停めて、御者さんが山間を指差す
目を凝らすと、かろうじて人が進めるような山道となっていた。山の頂上は温度が低いせいか、ここから見ても分かるほど白くなっている。…ここを超えていけというのか
進みたくない気持ちが溢れ出てくるが、カルボンの命がかかっている。サリーが作り置きしてくれたポーションだって無限にある訳じゃないから、頑張らないと。
俺は自分の頬をバシっと叩いて気合を入れる。そして、ここまで運んでくれた御者さんにお礼を伝えた
「御者さん。ありがとうございました。おかげでカルミアさんのスタミナも温存できましたし、道中はゆっくり体を休めることができました」
御者さんは少し照れくさそうに頭をかくと、すぐに手をふって馬車に乗りなおす
「あっしは何も…あ~…じゃ、これで失礼!今回の帰りは徒歩でお願いしますよっと!」
お礼を言われることに慣れていないのか、一目散に逃げ去ってしまった
「…行っちゃった」
さすがにここまで定期的に来てもらうのも悪いしな。こんな山は連絡用の鳥…ルチルちゃんでも往来が難しい。装備が悪くなっても、前のようにガルダインに出張してもらうこともできない。完全に俺たちだけで山登りを完遂しなくては。
「よし、全員準備は良いかー!」
「…いつでも」
「ファ~~…ねむィ」
「バッチリ!」
カルミアとイミスは体調も万全、山用の装備もしっかりつけている。サリーは眠そうで、背負子もなく何故か軽装。そして毛皮を体に巻きつけている。
よし、全員大丈夫そうだな!
「それじゃ、出発~!」
冷たい風に晒されながらも、着実に登っていく。
登り始めから、なかなかの傾斜があって思うように進まないのだが、カルミアが都度そばについてサポートしてくれるので、なんとか進んだ
しかし、下ばかりに目が行くので、岩…岩…岩…と、視界が退屈だ
たまに小さな虫がひょっこりと顔を出すので、立ち止まっては観察したりして……
「それハ、毒がある虫」
「ひぇ…」
ちょっと掴んでスケッチでもしようかと思ったが、サリーの警告ですぐに手を引っ込めた。やはり異世界。こんな小さな虫にも警戒を怠ってはいけないな。サリーと俺は進むペースが同じなので、助かった。ありがとう。サリー!
「助かったよ、ありがとう。サリーさん」
「エヘヘ…」
先行して魔物がいないか見てくれているカルミアとイミスのおかげで、比較して安心して進められてはいる。サリーも途中で、適宜サポートしてくれるのでとても頼もしいのだ。
体感で一時間ほど登ったあたりで、なだらかな地点があったため、そこで休憩をとることになった。
ゴツゴツした地面に、倒れていた大木の端材を使って即席の椅子を人数分用意し、食事を広げる
各々がそれを囲むように座って食事を楽しみ始める。ちなみに、今回の遠征のためにこの季節では食べられるのが最後になるだろうという、ランスフィッシュの干物も持ってきている。サリーの好物のひとつだ。もちろん彼女は喜んで食べてくれた。さっきのお礼になれば良いのだが
「ふぅ…サリーさんは意外と体力あるよね?なんだか悔しいよ」
俺の同じペースで歩いていたサリーは、食事を楽しむ余裕があるほどに体力を温存している
サリーは勝ち誇った笑みで腰に手をあてて胸を張った
「ふっふっふ…アタシ、こう見えてモ、町で薬を作っていたときハ、素材調達のためによく外に出ていたからネ。サトルよりも足腰が強い自信はあるのヨ!」
でた!マウントとり!サリーがやると無駄に悔しいのは何故だろう。でも、そんな彼女も実は普段から努力している側面もある。
たとえばパーティーの安息日では、彼女は薬の素材を自分で集めているらしい。しかも、町の知り合いなんかに、それを格安で調合し薬にして売ってまわっているらしく、広場で本を読み耽る俺とは過ごし方が真逆な感じだ。アルケミストって室内労働のイメージだけど、蓋を開けると全然違うんだよね。むしろフィールドワークがホームという…俺も、サリーに負けたくないので、普段から少しは体を動かすべきなのかもしれないな。
そんな話を繰り広げながら、食事を楽しんでいると、カルミアが何かを察知したのか立ち上がった
「…敵よ」