180話
アイリスが修行場として使っていた里には、一応の通り名があるらしく、竜の言葉による名称でつけられているそうだ。しかし、その言葉はヒューマン…つまり俺たちのような人には『発音』が難しい、竜人特有の独特な発声方法があるらしい。そういった事情もあって結局『竜人の里』の方が通りが良いそうだ。あえて共通語で発音するのであれば『ジョナークヴィーン』というらしい。
「竜人の里…ジョナークヴィーンか」
俺はいつもの御者さんの荷車の中で、ルールブックを開き、竜人の項目を参照する。これから出会うであろう種族のことは、馬車の移動時間を使って少しでも知っておきたい。
スターフィールドにおける竜人の設定は、人の形をとった二足直立の竜である。魔物に該当する竜と違い、破壊衝動が少なく、高い知性で手先が器用だ。竜人の先祖は『真なる竜』トゥルードラゴンの中でも、特に長い時間を生きたエンシェント・ドラゴンの血をわかつ一族であると信じられ、祖なる竜や、ゆかりある者、特に強い先祖返りを起こした竜人を信仰対象にする。
強い先祖返りを起こした竜人は、鱗の色が祖となる竜の属性に応じ、鮮やかになるという特徴がある。里長や重要な役職に就く者は、肌色が派手な者で身寄りをかため、集まるようだ。
男性の竜人は二足歩行するリザードマンに近い。ヒューマンというよりは、全身を強靭なウロコで囲い、鋭い爪や強い足腰を持つことから、亜種族寄りの見た目だ。ただし彼らを勘違いし、リザードマンなんて呼べば最後、謝罪がなければ、命尽きるまで戦うことを選ぶだろう。誇りが高く、自らが上位種であるという自覚が、共通認識としてあるかもしれない。
勘違いされやすいが、リザードマンには尻尾があるが、竜を起源とする一般的な竜人は、基本的に翼や尻尾が無い。
もし、翼や尻尾を持つ、自称竜人のような者がいれば注意が必要だ。その者は、奇跡的な先祖返りを起こした竜人か、竜そのものが、人へと化けている場合があるからだ。
女性の竜人は、ヒューマンに近しい。見目麗しい姿をしており、角が生えている以外は至って普通だ。もし、竜人の里にいる者が、スターフィールドのルールブックとイコールであれば、スタイルも抜群だろう。背丈が高く、男の竜人と違い大人しい。年頃の女の子でも、身長は俺と同等ほどあるだろう。
俺の持つ本から得られる情報は、今のところこんなもんだろう
「ふぅ…」
本を閉じて外の景色を眺める。外は空気が澄みきっており、勾配があるためか、標高も徐々に高くなっていることも相まって、遠方まで景色を見通せる。
…寒くなってきたな。
何枚も毛皮を被ってぐーぐー寝ているサリーの横に、無造作に積まれている毛皮の山をひとつ拝借…身をつつむ。一緒に寝ていたカルミアも寒そうだったので、毛皮の中へ一緒に入れてあげた。イミスは起きているが、保存食の干し肉を口でくわえつつ、スカーレットの背中をガチャガチャと弄っている。集中しているので、邪魔しちゃ悪そうだ。
最近は、この温度のせいか?空を飛ぶ生き物もめっきりと減り、恒例となった野生の生き物観察や、植物観察が難しくなった。
そういえば、この世界に降り立ってから迎える初めての冬になるのだろうか。この世界に四季がしっかりと存在するのかどうかは不明だが、確実に寒くなっているのは分かる。里に向かうためには、麓付近で馬車を降りて、山岳地帯を抜けなければならないので、装備と人員が万全であっても油断は禁物だ。
…山は、本当に舐めちゃいけない場所だからな。
「お~い、そろそろだぞ~」
馬車での快適な移動も、終わりのようだ。
ここからは徒歩で移動する必要がある




